第207話 お弁当作り① ~ローストビーフを作ろう~

「それじゃあ始めようか」


「はい。よろしくお願いいたします」


 翌日の放課後、家庭科室にて弁当作りのレクチャーを始める。

 参加者は怜と美都の他、家庭科部から奏、一般参加で桜彩、陸翔、蕾華の三人の計六人で思った以上に少ない。

 さすがにこの日に部活を行うと決まったのが昨日ということなので、参加するのが難しいことは理解しているが。

 まあ本日の目的を考えればむしろこのくらいの人数の方が良かったともとれる。

 ちなみにボランティア部の三人が参加している理由は昨日の夕食の席まで遡る。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ってわけでさっき送ったメッセージ通り、明日の放課後は時間かかりそうだから」


 帰宅後、夕食の席で桜彩へと詳しい説明を行う。

 いつも一緒に夕食を作って食べている以上、早めの説明は必要だ。

 美都の事情についても話すこととなったが、あの後家庭科部のグループメッセージで詳しい話を求められた美都が答えていた為に怜としても公にしていいと判断した。

 とはいえ必要以上に言いふらすことでもないが、桜彩が相手なら問題ないだろう。


「桜彩の夕食をどうするかだよなあ」


 頭を悩ませていると、なぜか桜彩が不満そうな顔で見つめてくる。


「……そっか。佐伯さんのお弁当作りを……」


「ああ」


「…………むぅ」


 桜彩の口から漏れた小さな唸り声は怜の耳には届かなかったが。


「ちなみになんだけどさ、明日の部活って他に参加する人はいるの?」


「えっと、ちょっと待ってくれ。」


 そう言ってスマホを取り出して家庭科部のグループメッセージを確認する。

 本来食事中にスマホを触ることをしたくはないのだが、まあこの場合は話題が話題なので良いだろう。


「えっと、参加者は……宮前だけだな」


 突発での部活ということもあり、グループメッセージには参加出来ない旨のメッセージが何件か書き込まれていた。

 返信は十八時までと言っている以上、他の者も不参加扱いで問題ないだろう。


「そっか。宮前さんもなんだ」


 怜の言葉に桜彩は再び不満そうな表情をする。

 もっともグループメッセージを確認している怜にその表情は見えてはいないのだが。


(宮前さん、怜にくっつきすぎだよね……)


 桜彩の脳裏に思い起こされるのは本日の昼休みの出来事。

 怜に背後から抱き着くように密着してスキンシップをとっていた。

 それを思い出すと胸の内がさらにムカムカとしてくる。

 もっともそんなことを思っている桜彩自身も奏以上に怜に対してスキンシップをとっているのだが。


(佐伯さんも、前に怜が褒めてたし……)


 先日家庭科部の活動でぬいぐるみを作った時に、怜が美都のことを褒めていたのを思い出す。


(そ、それに皆さんが言っていたように、可愛いし……)


 昼休みの会話を思い出す。

 実際に美都は桜彩から見てもかなり可愛らしい。

 男子の間で噂になるのも分かる。

 もっともそんなことを思っている桜彩自身も美都に引けを取らないレベルなのだが。


「桜彩?」


「あ、ううん。なんでもないよ」


 深く考え込んでいる様子の桜彩を気にして言葉を掛ける怜。

 その言葉に桜彩は意識を現実に引き戻して慌てて答える。


「それで、桜彩の夕食をどうするかって話なんだけど」


「うん。それじゃあ明日は……」


 それぞれ食べようか、と言おうとしたところで桜彩の頭にある考えが思い浮かぶ。


「桜彩?」


「あのさ、明日の部活って私も参加出来ないかな……?」


 わずかな焦りと淡い期待から桜彩の口からそのような提案がこぼれ出た。


「まあ大丈夫だぞ。明日の材料はこれから買いに行くからな」


 材料の買い出しは怜が行う為、この時点で桜彩が参加を表明したところで特に問題はない。


「それじゃあさ、明日は二人共、家庭科部で作った物を食べない?」


「あ、それ良いかもな。それじゃあ明日の夕食はそうするか」


「うん。決まりだね」


 共に家庭科部で弁当作りを行えば、それがそのまま夕食となる。

 というわけで桜彩の参加が確定した。

 加えてそのことを陸翔と蕾華に雑談ついでに話すと二人も参加を表明した。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 奏や桜彩、陸翔や蕾華が参加してくれたのは怜としても有難い。

 もし美都と二人だけで弁当作りを行うことになってしまった場合、先日の教室でのように邪推から根も葉もないことを言われかねなかったのだがこれなら問題はないだろう。

 ちなみに新入生に対する部活紹介で行ったマドレーヌ作りの時とは違い、今回は制服ではなくジャージにエプロンという格好だ。


「それじゃあ組み合わせだけど、佐伯の他は二人一組にするか。陸翔と蕾華、渡良瀬と宮前で組んでくれ」


 怜の指示に皆が頷く。

 怜としてもさすがに五人のフォローを随所に入れるのは難しい。

 それなら二人一組にしてしまった方が数は減るし、加えて作業の手間も減ることになる。


「それじゃあまずは牛肉に調味料を擦り込んでいこうか」


「はい。分かりました」


 弁当のメインはローストビーフ。

 厚切りにしたこれをご飯の上に乗せればそれだけで見た目からして豪華になる。

 遠足というイベントを考えても上々だろう。

 早速美都が秤で塩と胡椒の量を計って小皿へと移していく。

 怜であれば日頃の慣れから目分量で出来るのだが、経験の浅い美都にとってはそのあたりはしっかりとやった方が良い。

 一手間を惜しんで適当なことをすると台無しになるのが料理というものだ。


「えっと、これで良いのでしょうか?」


 ビニール手袋をして塩胡椒やニンニクなどを擦り込みながら、後ろに立っている怜に美都が確認する。


「えっと……よし、大丈夫だ」


「ありがとうございます」


 美都の隣に移動して牛ブロック肉を確認すると、まんべんなく刷り込まれているので大丈夫だと頷く。

 他の二組へと目を向けると、どうやらそちらの方も作業が終わっているようだ。

 そちらも問題ないことを確認してそれぞれの肉を真空パックへと入れる。

 空気を抜いて十五分ほど室温で放置、その間に鍋に水を張って火に掛けたりと次の作業を進めていく。


「ってかローストビーフって放課後みたいな短時間で出来るんだねー。ウチ、もっと時間を掛けて作る物だと思ってたよ」


 作業の合間に感心したように奏が呟く。


「本来であればもっと手間暇かけて作るんだけどな。まあ今回は流石に時間が限られてるから時短レシピだ。それに手間暇かけた分、それに見合った味になるかって言われたらそうじゃないし。それよりも火入れとかでミスしない方が重要だ」


 数時間かけて九十点の味を九十一点にするのはタイムパフォーマンスが悪い。

 加えて人の味覚は千差万別だ。

 テレビによれば、情報無しでグラム数万円の高級肉とその辺りのスーパーで売っているグラム百数十円の肉を食べ比べた際にスーパーの肉の方が美味しいという人もいるらしい。

 もちろんそれが悪いことだとは思わないが。


「へーっ。ってことはきょーかんは普段はもっとちゃんと作ってるってこと?」


「ちゃんとって言い方が気になるけどな。まあ漬け置きの時間とかはもっと長いぞ」


「そーなんだ」


「とは言っても俺も普段は学生としての生活もあるからな。手間暇かけるのはあくまでも時間の有る休日だけだ」


「なるほどねえ。きょーかんって料理テクあるからいつもきっちり作ってるのかと思ってたよ」


「ないない。ってか普段家庭科部で作る時も時短レシピばかりだろうが」


「あ、そー言えば確かにね」


 ケラケラと笑いながら奏が頷く。

 実際に新入生に対する部活紹介の時のマドレーヌをはじめとして、基本的に教えるレシピは放課後のクラブ活動用の時短レシピばかりだ。

 まあ時短といっても本人の言うように手間暇をかければ良いというものでもないし、それでも充分に美味しい。


「前にれーくんの作ってくれたローストビーフ食べたことあるけど美味しかったよね」


「そうそう。半年くらい前だっけ? あの味は忘れられないって」


 昨年、陸翔と蕾華が泊まりに来た時にローストビーフを作ったのを思い出す。

 あの時は前日から気合を入れて下ごしらえをして、自分でもかなりの出来だと自負する物が出来た。


「お二人は光瀬さんの作ったローストビーフを食べたことがあるのですね」


「うん。去年一回だけね」


「そうそう。夕食にいきなり出てきて驚いたよな」


 その時の思い出を離す二人に桜彩が少し羨ましそうな表情をする。

 とはいえ二人からしてみれば普段から怜の料理を食べている桜彩の方が羨ましくあるのだが。


「まあ今日作るのも時短レシピとはいえそこまで味が落ちるわけじゃないからな。渡良瀬も宮前も楽しみにしといてくれ」


「はい」


「うんうん。楽しみーっ」


 そんな感じでローストビーフの完成を楽しみにしながら次の準備を進めていった。

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