第206話 家庭科部員達と不機嫌になるクールさん

『明日の夕飯についてだけど 今のとこどうなるか未定 詳しいことはまた放課後に話す』


 明日の放課後は美都の弁当作りの手伝いがある為に、いつも通りの時間に桜彩と夕食を食べるのは難しいかもしれない。

 ボランティア部の部室を出た所で桜彩へとメッセージを送るとすぐに返信が来た。


『うん 分かった』


 それに加えて『了解』と頷いているいつもの猫スタンプも送られてくる。

 それを見てクスッとしながら少し早歩きで教室へと戻り扉を開ける。

 そんな怜を出迎えたのは、いくつもの好奇の視線だった。

 クラスメイトの大半の視線が怜の方へと集中する。

 それを訝しげに思いながらも自分の席へと戻って行くと、いきなり武田が近寄って来て肩に手を回し


「おかえり、光瀬。さあ白状しろ!」


 いきなり肩を組んで訳の分からないことをのたまって来た。

 白状しろと言われても何のことか怜には全く分からない。


「おい誰か、こいつの通訳をしてくれ」


 呆れて他のクラスメイトを見ながらため息を吐く怜。

 しかし武田はそんな怜の言葉を無視して更に顔を近づけてくる。


「あの佐伯美都からなんの要件だったんだって聞いてんだよ! 告白か!? 告られたのか!?」


 なぜそのような発想になるのかと頭を抱える怜。

 しかしまあこれに関しては武田の言うことも一理あるだろう。

 その証拠に周囲のクラスメイトも興味深そうに怜の方へと視線を送っている。


「あのな、佐伯が人に聞かれたくないって理由で話をするのに場所の移動までしたんだぞ。その内容を俺が話すわけないだろうが」


 さすがに美都の家庭の事情を軽々しく他人に話すことは出来ない。

 これは陸翔や蕾華、桜彩のように信用出来る相手であっても同様だ。


「ってことは告白ってことで良いんだな!?」


「おい誰か本当に通訳を呼んでくれ。てか今の俺の話聞いてたか? まあ一言言っとくと告白ではないからな」


 このままでは勘違いからあらぬ噂が広まりそうだったので、それを防ぐ意味で呆れながらそう言うと教室のあちらこちらからため息が漏れる。

 むしろ呆れたいのはこちらの方だと怜は頭を抱える。


「えーっ、マジ!?」


「なんだよー。つまんねえな」


「告白だと思ったんだけどねえ」


 等の声がそこかしこから聞こえてくる。

 そんなにも色恋沙汰に結び付けたいのか。


「なになに? きょーかん、ほんとーに告白じゃなかったの?」


 興味深そうに近づきながら聞いてくる奏に怜はゆっくりと首を横に振る。


「だから違うって言ってるだろうが。部活の話だよ、部活の」


「部活の? 部長じゃなくきょーかんに? なんで?」


「そう、俺に。なんでって言われても、それは普段の家庭科部の活動から必然だろうが」


「ははっ。まあねー」


 ケラケラと笑いながら怜の言葉に奏が頷く。

 それこそ普段から怜を『きょーかん』と呼んでいるだけあって、家庭科部で一番頼りになるのが怜なのは皆が理解している。

 この説明で納得するのは家庭科部員としては問題だと思うのだが。


「それで、部活の話ってなんだったん?」


「明日突発的に料理を教えてくれって。その理由については俺の口から言うことじゃないな。まあ詳しい話は放課後辺りに部長か佐伯から連絡があるだろ」


「ふーん」


 美都の家の事情について怜があれこれ周囲に話すことはない。

 美都も怜を信用しているからこそ打ち明けたのだから、それを裏切るようなことは絶対にしてはならない。


「でもよー、つまり佐伯は光瀬に色々と教えて貰うってことだよな?」


「色々ってか料理をな」


 再び怜の方へと顔を寄せてきた武田に面倒くさそうに答える怜。

 色々、というところに何か含みがありそうではあったのだが、それは華麗に無視することにした。


「ってことはよ、それをきっかけに二人の仲が急接近って可能性にも繋がるわけだな?」


「だからお前は何を言って……」


 バサッ


 武田の言葉にため息を吐きながら発した怜の言葉の途中で左隣から何かを落とした音が聞こえてくる。

 そちらの方へと目を向ければ、次の授業の内容を予習していたであろう桜彩が教科書を落として拾おうとしていた。

 拾った教科書をパンパンと叩いて埃を落とし、机の上で桜彩が予習を再開する。

 しかしその空気がどことなくピリピリとしているようにも思える。

 その空気の変化に全く気付かない武田は怜へと絡み続ける。


「で、お前の方はどうなんだ? 実際のところ」


「少なくとも俺と佐伯は部活の先輩後輩同士。多少付け加えたとしても他学年の友人同士ってだけだ」


「だからそれが今回の件をきっかけとして先に進む関係になるって……」


 バサッ


 再び隣から何かを落とした音が聞こえてきた。

 何が起きたかを予想しながらそちらへと目を向ければ、予想通り先ほどと同じく桜彩が教科書を落としていた。

 先ほどと違うのは桜彩の視線。

 教科書を拾いながら怜と武田の方へといつものクールモードで冷たい視線を向けてくる。


「光瀬さん、武田さん」


「はい……」


「あ、ああ……」


 その静かな迫力に怜も武田もたじろいでしまう。

 そんな二人に桜彩はゆっくりと底冷えするような冷たい声で


「もうすぐ昼休みが終了しますよ。席に戻られた方が良いのでは?」


「は、はい……」


 その言葉におずおずと席へと戻る武田。

 クールさんと呼ばれる桜彩の予習の邪魔をしてしまい、多大な気まずさを感じてしまったのだろう(実際は違うが)。

 これで怜もやっと授業の準備が出来ると桜彩へ視線で感謝を伝えようとするが、桜彩は怜の方を見ることなく授業の準備を進めていく。

 そんな感じで殺気立った桜彩のオーラにタジタジとしながら、怜も授業の準備に取り掛かった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 昼休み後の五、六限終わりの休み時間、家庭科部のグループメッセージに新規投稿があった。

 それを開くと


『明日突発で部活やるから 出る人は今日の十八時までに連絡ちょうだい』


 と部長である立川からのメッセージが表示されていた。

 さっそく美都が放課後を待たずして立川に許可を貰いに行ったのだろう。


「あ、ほんとーに来た。でも唐突だね」


 奏が怜の元にやって来てメッセージを見ながら呟く。

 するとグループメッセージが新たな着信を知らせる。

 差出人は美都からで


『申し訳ありません 私の都合で明日光瀬先輩にお料理を教えていただくことになりました』


 と表示されている。

 おそらくこれを見た他の部員から色々と聞かれる前に自分から答えたのだろう。

 それを見て怜もメッセージを打ち込んでいく。


『とりあえず明日はお弁当を作る予定です』


 するとすぐに複数人からの既読表示が付いた。


「へー、お弁当作るんだ。何を作るん?」


「まだ考え中だ。まあ放課後までには決めるよ」


「ふーん。でも何でお弁当?」


「佐伯のプライベート関わることだから俺からは言えない。聞きたければ本人に聞け。ただし無理強いするなよ。本人が言いたくないって言ったら諦めろ」


「うんうん。分かってるって」


 そう笑いながら奏が頷く。

 まあ怜も奏とは一年以上の付き合いで、そういった所はちゃんと判断が出来ると信じてはいる。


「でもさー、きょーかんもいきなりでよく引き受けたよね」


「まあ、明日の放課後は特別急ぎの用事が無かったからな」


「ふーん。でもさー、きょーかん本当に美都ちゃんの事、何とも思ってないの?」


 昼休みの終わり際と同じようなことを聞いてくる奏。

 その質問に、隣に座る桜彩の動きが止まる。

 表情はいつものクールモードで次の授業の予習を行いながら、それでいてチラチラと視線を横へと送りながら二人の会話へと耳を澄ませる。

 そんな桜彩に気が付かず、怜と奏は話を続ける。


「昼休みに言ったろうが。勝手に盛り上がるな。佐伯に対して失礼だぞ」


 今回美都は弟の為に意を決して怜の元を訪れたのだ。

 それを邪推するのはさすがに美都に対して悪すぎる。


「いやいや、でもいきなりの頼みでしょ? ぶっちゃけ時間ないしきょーかんにも少し負担あるんじゃね? あ、もちろん引き受けるのが悪いって言ってるわけじゃないけどさ」


 確かに奏の言う通り、美都の頼みはいきなりすぎる。

 しかし美都にも言った通り、そこは美都の切実な願いを聞いただけであり、色恋沙汰などは一切関係ない。

 しいていうのなら、弟思いの美都に心を打たれたからだ。


「まあ俺に対してまともに接して来る数少ない家庭科部員だからな。少しくらいなら無茶な願いでも構わん」


「えーっ、それってウチがまともじゃないってこと!?」


 不満そうに口をすぼませながら怜の肩を揺らしてくる奏。


(む……)


 そんな奏の行動に、桜彩の視線が一段と険しくなる。

 もはや机の上に開いた教科書の内容など一切頭に届いていない。


「当たり前だろうが! 俺のことを何度きょーかんと呼んでるんだ!」


 怜としてはこれまでに何度も奏にきょーかんと呼ぶなと言って来たのだが、未だに聞き入れられていない。

 それでまともに接しているなどとどの口が言うのか。


「いやいや、それはあくまでもきょーかんのことをリスペクトしてるからじゃん。ねーきょーかーん。ウチのきょーかんに対するこのリスペクトの気持ちを分かってよーっ!」


 そう言いながら背後から怜の首に手を回して軽く首を絞めて揺さぶってくる奏。

 とはいっても全く極まっておらず呼吸が苦しくなるわけでもない。

 むしろそれにより背中に感じる柔らかな感触が怜の心を惑わせる。


「リスペクトの意味を調べてこい! それときょーかんと呼ぶなと言ってるんだ! ていうか離れろ!」


「えーっ、きょーかんがウチに対する誤解を解くのが先ーっ!」


「ええい、何が誤解だやかましい!」


「きょーかーん!」


「だから離せ!」


 ほとんど後ろから怜に抱きつくような奏と、それを引きはがそうとする怜。

 そんな二人のじゃれ合いに対する桜彩からの視線は時間が経つにつれ加速度的に冷たくなっていくのだった。




【後書き】

 すみません

 中編長くなりそうなので分割します

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