第202話 家庭科部でのぬいぐるみ作り② ~お茶会での指摘~

「よし。それじゃあ少し切りの良いところで休憩しましょうか」


 裁縫の講師役をやりつつお茶を準備していた怜がそう声を掛けると、たちまち家庭科室内の空気が変わる。


「はあ……思ったより難しいなあ」


「うんうん。でもさ、こうやって形になっていくのってなんだか楽しいよね」


「あ、それ分かるかも」


 裁縫を行ってみた部員達の感想が室内に広がっていく。

 怜の言った通りほとんどの部員が切りの良いところで手を止めて雑談したりスマホを触ったりと思い思いの方法で休憩する。


「さてと、それじゃあお茶にしましょうか」


 そう言って家庭科部に備え付けてある何台かの炊飯器を開けると中から濃い橙色のスポンジ状の物が顔をのぞかせた。


「おっ、きょーかん、何それ」


「うわっ」


 さっそく奏が怜の肩越しから炊飯器の中を覗き込む。

 いきなり背後に登場した奏に少しばかり驚く怜。


「炊飯器で作ったキャロットケーキだ。昼に仕込んでおいた」


「おっマジ? 相変わらず凄いねー!!」


 中からは橙色をしたスポンジ状の物体が顔を覗かせている。

 感心したような口調でキャロットケーキを眺める奏。


「まあ普通に作るんじゃなく時短技だけどな」


「いやいや。こーいうのが作れるだけでウチらからすれば凄いんだって。ねえ、クーちゃん?」


「はい。確かに凄いですね」


 奏を追って怜の傍まで来ていた桜彩もその言葉に同意する。

 二人の褒め言葉に怜としては少しばかりむず痒さを覚えてしまう。


「はいはい。褒めるのは良いから切り分けるのくらいは手伝ってくれ。俺一人じゃさすがに面倒だ」


「はいはーい。それじゃあお皿用意しちゃうねー」


 そう言って奏が怜の背中をポンと叩いてから食器置き場の方へと向かって行く。

 そんな奏の後姿を見て桜彩の口から不満げな声が漏れる。


「むぅ……」


 怜に対する奏の距離の近さに本人も気が付かないうちに桜彩は少しばかりむくれた顔をする。


(分かり易いよなあ)


(分かり易いよねえ)


 そんな桜彩の表情の変化を陸翔と蕾華はなんだかなあ、と言った感じで眺めていた。

 


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「それじゃあいただきます」


 皆の所へキャロットケーキとお茶を配り終えてお茶会が始まる。

 ちなみにお茶を用意したのは家庭科部部員ではなくボランティア部の陸翔と蕾華である。

 この二人がお茶の用意をした理由としては、怜がケーキの準備を始めた段階でお茶が必要だなと先読みしたのがこの二人だからだ。


「これ美味しいねー」


「うんうん」


「この部活って毎回お菓子が出て来るのが良いよね」


 などと他の部員からも好評だ。

 ちなみにこの部のお菓子は毎回怜が作っているわけではなく市販品を食べることも多い。


「でも炊飯器でもケーキって出来るんだね。初めて知ったよ」


「まあな。他にもガトーショコラとか簡単な物なら色々と作れるぞ」


 もちろんリュミエールなどで売っている本格的な物に比べれば味は落ちるが、それでも時短で作った物としては悪くない。


「そーなん? でもさ、これ作るの面倒なんじゃないの?」


「そうでもない。基本的にフライパンの代わりに炊飯器を使ったホットケーキみたいなもんだからな。今回は人参をミキサーにかけて入れてみたけど、それさえ面倒なら野菜ジュースでもいいわけだし」


 実際にこれは昼食後の昼休みの残り時間で仕込んだ為にそこまで時間もかかっていない。

 むしろ片付けの方が面倒ではあった。


「でも光瀬先輩もこういった物を作るのですね」


 すると今度は別方向から感心した声が聞こえてくる。

 そこでは美都がキャロットケーキを食べながら感心したような表情で怜を眺めていた。


「光瀬先輩は料理が上手ですので、失礼ですがもっと手の込んだ物ばかり作っていると思っていました」


「いや、そうでもないぞ。こういった感じで手軽に作れるものも結構作る。プリンとかも簡単に作れるしな。もちろんもっと本格的に作る場合もあるけど」


 先日桜彩と一緒にプリンを作ったことを思い出す。

 そもそも怜はある程度の物は美味しく食べることの出来る人間だし、料理自体が楽しい。

 だからこそこのような簡単なレシピから複雑な工程の料理まで色々と幅広く作ることが出来る。


「あの、よろしければこのレシピを教えていただけますか?」


「ああ、構わないぞ。それじゃあ近いうちに家庭科部のグループメッセージの方にアップしておく」


「ありがとうございます。それではよろしくお願いいたします」


 そう言って律儀に頭を下げる美都。

 正直この部活で誰よりも家庭科部としての活動をしているのは一年生の美都なのではないだろうか。


「へー。美都ちゃんもこういうの作りたいん?」


「そうですね。母が甘い物が好きですので、その影響で私もケーキをよく食べるんです。なので自分でも作ってみようかと思いまして」


「そっかそっかー。あ、家庭科部に入ったのもそーゆー理由?」


「はい。それが全てというわけではないですが、一番の理由はそれです。中学までは料理をする機会などはほとんどなかったのですけれど、実際にやってみると楽しいですね」


 奏の問いに微笑みを浮かべながら答える美都。

 そんな美都に奏はうんうんと頷きながら美都の作りかけのぬいぐるみを眺める。


「でもさ、美都ちゃん経験ない割には結構上達早いよねー。今日だって一番進んでんの美都ちゃんじゃね?」


「えっと、そうでしょうか……」


「うんうん、そーだって! この前料理作った時も結構手際よかったし。ねえきょーかん?」


「ん? まあな。まあ一番この部活に真剣に取り組んでるのが佐伯だから、それに結果が付いて来てるんだろ」


「あ、ありがとうございます……」


 怜の言葉に美都が少し照れて俯く。

 家庭科部の雰囲気は基本的には緩く、部活中にお喋り等もよく行われている。

 もちろんそれがこの部の特徴でもあるので全く悪くないのだが、その中にあって美都は作業中はかなり真剣に集中して取り組んでいる。


「お、きょーかんのお墨付きだ。良かったね、美都ちゃん」


「は、はい。ありがとうございます」


「別にお礼を言うことじゃないぞ。本人がちゃんと頑張ってることだからな」


「は、はい……」


「へー。きょーかんって美都ちゃんの評価高いんだねー」


「というか、お前はもう少し佐伯を見習え。緩い雰囲気が悪いとは言わないが、多少なりとも先輩としての威厳を見せてみろ」


「えへへー。まあまあそれはおいおいねー」


 笑いながら怜の苦言を受け流す奏を見て怜はため息を吐く。



(……やっぱり怜、佐伯さんのこと結構褒めてるよね。それに可愛いし勉強も出来るって)


 以前奏が話していた内容を思い出す。

 あの時、怜は美都のことを『単なる後輩』と言っていたが、こうして直に見てみるとかなり高いスペックを誇っているのが桜彩にも分かる。


(……凄いなあ)



「つーかな、佐伯以外にも手際が良い人はいるからな。例えば渡良瀬とか」


「え?」


 突然聞こえてきた怜の言葉に驚く桜彩。


「わ、私ですか……?」


「ああ。渡良瀬の方も結構早いぞ」


「そ、そうでしょうか……」


 お茶会の為にテーブルの端へとどけた作りかけのぬいぐるみへと視線を移す。

 先ほど見た美都の作っているものに比べれば遅れていると思うのだが。


「佐伯のに比べて渡良瀬の作ってるのは多少工程が複雑だからな。正直初心者でここまで早く作れるのは普通に凄い」


「あ、ありがとうございます」


 怜の言葉に照れる桜彩。

 一応作るのは簡単な物を数種類選んだのだが、その中でも難易度の差は存在する。

 それを考えれば桜彩の手際は充分に良い。


「確かにね。サーヤも結構手際良いよねー」


「そうそう。渡良瀬も佐伯も初心者としては充分だって」


 話に割ってきた蕾華の言葉に同意する。

 というか怜の見た所、このぬいぐるみ作りにおいて手の進みが早いのがボランティア部の桜彩、陸翔、蕾華と新入部員の美都だ。

 過去一年以上家庭科部として活動してきた者達の立場はどうなのだろうか。


「うんうん。きょーかんや蕾華の言う通り、クーちゃんも結構上手だし早いよね。ってあれ?」


 そう言いながら桜彩の方へと視線を向けた奏が首を傾げる。


「あれ? クーちゃん、ちょっと嬉しそう?」


「え?」


 怜に褒められて自分でも気が付かないうちに、普段のクールフェイスから笑みが浮かんでいた桜彩。

 それを奏に目ざとく見つけられてしまう。


「もしかしてきょーかんに褒められて嬉しかった?」


「い、いえ、そ、そういうわけじゃ……。というか、う、嬉しそうな顔なんてしてないですから……」


「……え? あれ、マジでそーなん?」


「い、いえ、だ、だから違います……」


 奏としては適当に言ったのだが、この桜彩の反応からすると事実かもしれないと感づいてしまう。

 その指摘に更に桜彩が慌ててしまう。


「はいはい。あんまりサーヤをいじらないの」


「えへへ、ごめんねークーちゃん」


 それに対して即座にフォローを入れる蕾華。

 軽く頭をはたくと奏は桜彩の方を向いて片目をつぶりながら両手を合わせる。


「み、宮前さん!? か、からかいすぎですよ!」


「えへへ、ごめんって」


 顔を真っ赤にして抗議する桜彩。

 それに対して自分が何か言おうものなら泥沼になりかねないので怜は口をつぐむことを選択する。

 顔を真っ赤にした桜彩と明後日の方を向く怜を陸翔と蕾華はなんだかな、というように見つめていた。

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