第201話 家庭科部でのぬいぐるみ作り① ~家庭科部の後輩~
「はい。準備は出来ましたね。それじゃあ早速切っていきましょう」
火曜日の放課後、家庭科部でぬいぐるみ作りを開始する。
家庭科部の活動は、参加不参加については本人の意思にゆだねるという緩い雰囲気の部活である。
その中でも人気なのは調理系、特に製菓系の内容で、それ以外については若干参加率が落ちてしまう。
例外として、クリスマス前に行われた手編み講座では部員外からの参加もそこそこ多かったのだが。
そして今回の内容はぬいぐるみ作りということもあり、参加率はそこまで高くはない。
とはいえ少なくとも半数以上は参加していることに加え、この日はボランティア部の皆も参加することになった為にいつもとは違う賑やかさだ。
陸翔と蕾華は昨年度も何度か家庭科部の活動に参加している為に、今の二、三年生からは普通に受け入れられている。
これは家庭科部の男女比率が女性に偏り過ぎている為に、怜が多少なりとも居心地を改善しようとした結果である。
残る桜彩についてもゴールデンウィーク明けにボランティア部に入ったという話はもう仲の良い生徒には伝わっている為に、陸翔や蕾華と共に桜彩が参加することに疑問を持つ生徒もいない。
ちなみに怜と陸翔、蕾華の三人の中の良さは広く知られており、桜彩がボランティア部に加わることを知った皆は一様に驚いていたのだが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
各自が思い思いに選んだ型紙を手に生地を切っていく。
先日怜が作った物に比べてサイズも小さいしパーツも少ない。
とはいえ未経験者や経験の浅い者にとっては一つ一つの作業に四苦八苦することも少なくない。
「きょーかんせんぱーい。これってこんな感じで良いんですか?」
「うん、大丈夫。そのまま切っていけば良いから」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ちょっときょーかん、ここ間違えちゃったんだけど」
「まだ生地に余裕はあるので切り直して下さい」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「きょーかん。これってどうするの?」
「ああ、そこは……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
早速怜に対していくつも質問が飛んで来る。
先日奏が言っていた通り、下級生にまできょーかん呼びが浸透しているのは問題だが。
「ね、ね、きょーかん。これって模様は付けないん?」
「だからきょーかんはやめろ、宮前。お前のせいで下級生にまできょーかん呼びが浸透してるじゃねえか」
「だから言ったじゃん。きょーかんはもうきょーかんだって」
「…………」
もう何と言えば良いのか分からない。
頭を抱える怜に奏はケラケラと笑いかける。
「まあまあ。それできょーかん。話を戻すけど模様はどうするん?」
「……模様に関しては制作後に後付けだな。この段階で模様まで作ってしまうと時間が掛かりすぎる」
先日ポインテッド模様のれっくんを作った際に分かったことだが、この時点で模様に合わせて生地を切るのははっきり言って難易度が高い。
それならば完成品に後付けで模様を付けた方が良いだろう。
「ふーん、そっかー。でもさ、それだと結構でこぼこにならない?」
最大の難点は奏の言う通りそこだろう。
完成品の上に新たな生地を縫い付けることにより、その部分が盛り上がってしまう。
とはいえ理想と現実の折り合いは付けなくてはならない。
「まあな。ただ模様の生地はフェルトじゃなく薄い奴にすればそこそこ良い感じになる。それで妥協だ」
「ふーん、なるほどねー」
ふんふんと納得したような感じで頷く奏。
「ていうか、そもそも作るのに時間かかるからな」
今回皆に用意した型紙は、先日怜が作った物に比べてかなり簡略化されている。
そもそも怜が作ったれっくんは各パーツが多く、作るのにかなり時間が掛かる代物だ。
あれを半日足らずで作ったのは、単に怜が手慣れているだけである。
「つーわけで、とりあえず口よりも手を動かせって。完成しないぞ」
「はいはーい」
作業に戻る奏を見送りながら、怜は他の皆へと視線を動かす。
やはり皆普段から裁縫をやっているわけではないので怜よりも遥かにペースは遅い。
まあ怜としてもそれは予想の範囲内ではあるし、だからこそ簡単な型紙をチョイスした訳だが。
とはいえその中でもやはり個人差というものは存在する。
「すみません光瀬先輩。生地切れました。次の工程へと進んでもよろしいですか?」
家庭科部にあるまじき、もとい領峰学園の家庭科部員として珍しく怜に対してリスペクトを持った声が聞こえてきた。
怜がそちらの方へと視線を向けると一年生の責任者である佐伯美都が真剣な目で聞いてくる。
「ああ、それじゃあ先に進めてくれ。作り方は最初に配った紙に書いてあるからな」
「はい、分かりました。分からないところがあったらお願いします」
「はいよ」
それだけ確認すると自分の席へと美都が戻っていく。
その際に軽く頭を下げることも忘れない。
怜としてはぜひとも他の部員に見習ってほしい態度だ。
「ちょっとちょっと美都ちゃーん。きょーかんのことを光瀬先輩なんて呼んだらダメだって。ちゃんときょーかんって呼ばないと」
具体的にはこういう台詞を当たり前のように吐く奏に。
「黙れ宮前。後輩を悪の道へと誘い込むんじゃない」
先ほどの怜と美都の会話を聞いていた奏が茶々を入れてくる。
そんな奏をキッと睨む怜。
「いえ、光瀬先輩がそう呼ばれたくないようですので私はこのままの呼び方にしますね」
奏の提案をにっこりと笑って一蹴する美都。
その返答に奏は不満そうに頬を膨らませる。
「えーっ、ねえきょーかん、きょーかんって呼ばれても良いっしょ? ねえねえきょーかん、美都ちゃんにもきょーかんって呼ばせてあげようよーっ」
「良くねえよ。っていうか、佐伯のこれが正しい対応だからな。全くどいつもこいつもきょーかんきょーかんと……」
別にそこまで嫌というわけではないのだが、怜としては普通に呼ばれたいところだ。
「まあまあ、細かいことは気にしないでって。あっ、きょーかん。ウチもここまで出来たから確認してもらえる?」
「……分かった。見せろ」
そう言って切った生地を確認する。
しゃべりながらも手を動かしていたようで、型紙通りに生地が裁断されていた。
「オッケー。それじゃあ次の工程だな」
「はーい」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「えっと、光瀬先輩、ここはこれで良いのでしょうか?」
そのまま少し進んだところで美都が確認を求めてくる。
見ると既に綿を詰め終えるところまで進んでおり、このままいけば今日一日で完成するかもしれない。
(結構簡略化したとはいえ早いな)
正直ここまで早く進むとは思わなかった。
このぬいぐるみの作成は本日と後一日の予定を組んでおり二日がかりで完成させる予定だったのだが。
そう感心しながら美都から作りかけのぬいぐるみを受け取る。
綿を詰めた部分を閉じる為にラダーステッチを少し行ったところのようだ。
その部分に注目して見ると、縫い目が他の個所に比べて目立っている。
「えっと、そうだな。これでも良いんだけど、もう少し縫い目が目立たないようにした方が良いかも」
基本的にぬいぐるみは裏返して裏から縫い付けるのだが、構造の関係上、ある程度縫ったら表に返して綿を詰めて閉じる必要がある。
ここに関しては裏から縫うことは出来はしない。
必然的に縫い目が表に出てくる為に、出来る事なら目立たせたくない。
「まあそこまで気にしないのであればこれでも良いし、なんなら他のやり方もあるけど」
ラダーステッチの他にも難易度の低い巻き掛かり縫い等の方法もある。
しかし怜の提案に美都は首を横に振る。
「……そうですね。ですが時間もまだあるようですし、この方法でチャレンジしてみます」
「そっか、分かった。悪かったな、変なこと言って」
美都のようにより上を目指す相手にする提案ではなかったかもしれない。
「いえ、変なことだとは思っていませんよ。あ、それと申し訳ないのですが、一度お手本を見せてくれませんか? 動画だとやはり分かりにくいですので」
「手本? まあ構わないけど」
一応縫い方の参考として、動画サイトからラダーステッチを行っている動画を探してモニターに表示させている。
だが美都の言う通り、実際に一度見せた方が分かり易いだろう。
美都の言葉に頷いた怜は、適当な切れ端と裁縫セットを準備する。
「それじゃあ縫っていくぞ。ゆっくりやるし、分からないところがあったら聞いてくれて構わないからな」
「はい。ありがとうございます」
礼儀正しく頭を下げる美都。
こういった所を他の部員は見習ってほしいと切に願う。
いや、一応奏達他の部員もお礼くらいは言ってくれるのだが。
「まずは――」
「あ、すみません。そこのところ、もう一度お願いできますか?」
「ああ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いやー、それにしても美都ちゃんも凄いよね。裁縫とかあんまやったこと無いって言ってたんだけど」
怜と美都が話しているのを桜彩も自分の作業を行いながら眺めていると、急に奏から話しかけられた。
そちらを見ると奏も尊敬するような表情で二人の方を見ている。
「え? そ、そうですね。凄いですね……」
いきなり話しかけられて少しばかり焦る桜彩。
ふと自分の手元に視線を移すと、まだ各パーツの縫い付けが終わっていない。
美都に遅れていることに若干の焦りを感じてしまう。
「ていうかさ、実は美都ちゃん料理とかもあんまやったこと無いって言ってたけどのみ込みが早いんだよね」
「そ、そうなのですか?」
「うんうん。珍しくきょーかんも褒めてたし」
(えっ……?)
奏の言葉に桜彩が驚く。
(そ、そうなんだ……。怜、佐伯さんの事褒めてたんだ……)
その事実に桜彩の胸が少しばかりモヤっとする。
「あれ、クーちゃんどしたん?」
「え? ああいえ、何でもないですよ」
奏の言葉で我に返って、作業が止まっていた手を再び動かし始める桜彩。
そんな桜彩を奏は少しばかり不思議そうな目で見ていた。
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