第199話 怜と猫耳ヘアバンド

「これで全部だな」


 テーブルの上に散乱していた生地の切れ端をまとめ、裁縫道具を裁縫箱へと片付ける。

 すると桜彩の方もお茶の片付けを終えてテーブルの方へと戻って来た。


「こっちももう片付いたみたいだね」


「ああ。ひとまずな」


「……あれ?」


 すると桜彩がテーブルの上に置かれていた二つの三角形へと目を向ける。

 先ほどれっくんへと取り付けなかった猫耳だ。

 桜彩の視線を追って怜も桜彩が何を見ているのかを理解する。


「ああ、これか。まあ使わなかったとはいえなんか捨てるのがもったいなくてな」


「ふふっ、確かに分かるかも」


 これはこれとして結構可愛い猫耳だ。


「壁に飾っておく?」


「いや、猫耳だけ飾っておくのもなあ」


「確かにね」


 しばし二人で考え込む。

 何かに使えそうではあるが、その使い道が思いつかない。

 かといって捨てるのももったいないので二人揃って苦悩する。


「……あっ、そうだ」


「え? 何か思いついたの?」


「ああ。少し待っててくれ」


「え、う、うん……」


 そう言って怜は一度寝室へと入っていく。

 一人リビングに残された桜彩は、机上のれっくんを胸に抱く。


「怜、いったいどうしたのかな?」


『……』


 そんなふうにれっくんに問いかけてみるが、当然ながられっくんからの返事はない。


「ふふっ。れっくんにも分かるわけないよね」


『……』


 言葉を発することはないが、なぜかその顔が不思議そうな表情に見える。

 もしかしたられっくんも『なぜだろうな』等と考えているのかもしれない。

 自分の考えに桜彩が苦笑していると怜が自室から戻って来た。

 その手には一本のヘアバンドが持たれている。


「怜、それどうしたの?」


「ああ、ちょっとな」


 そう言って再び桜彩の横へと座る怜。

 そして裁縫セットを再び開けて、先ほど使わなかった猫耳をヘアバンドへと縫い付ける。


「怜? もしかしてそれ……」


 怜の作っている物が何か分かったのか、桜彩の顔がぱあっと明るくなる。

 もう古くて使っていないヘアバンド。

 それに猫耳を縫い付けて猫耳ヘアバンドの完成だ。


「ふふっ。どうだ?」


 自家製の猫耳ヘアバンドを着用して桜彩の方を向く。


「わあっ! とっても素敵だよ!」


 猫耳を着用した怜の姿を見てテンションを上げる桜彩。

 大好きな怜が大好きな猫を模した格好をしている。

 先日蕾華に見せてもらった猫耳バージョンの怜と同じような格好だ。

 しかし写真も良かったが、今のように直接見ると細かなところまで目が行き届き、こちらの方が断然良い。


「ふふっ。怜、可愛い」


 猫耳姿の怜にウキウキとする桜彩。

 手を伸ばして怜の頭の上の猫耳部分に触れる。


「可愛いなあ」


「ははっ。ありがと……ニャ」


「……ッ!!」


 猫耳モードの怜が猫になり切って語尾に『ニャ』を付けるのを聞いて桜彩の時間が一瞬止まる。


(ニャ……だって! もう最高だよ!)


 先ほどは猫のぬいぐるみであるりっくんの腹話術をした時にも語尾に『ニャ』を付けていたのだが、今は完全に怜が猫になり切っている。


「ふふっ。可愛いなあ。ねえ怜、もう一回ニャって言って」


「え……わ、分かったニャ」


 指摘されると意識してしまいとたんに照れくさくなってしまう。

 しかし桜彩のリクエストということで、恥ずかしながらも再び猫語で答える怜。


「わあっ! 可愛い可愛い!」


 怜の猫語に桜彩のテンションが爆上がりし、目をキラキラと輝かせて怜を見つめる。


「ふふっ。とっても可愛いなあ」


「ん……。ありがと、で良いのかニャ?」


「うんっ!」


 正直なところ怜としては猫耳を付けた状態で可愛いと言われても褒め言葉だとは思えないのだが、桜彩が喜んでいるようなので良しとする。


「ふふふっ。今の怜は猫ちゃんだね」


「え? そ、そうなるのかニャ?」


「うんっ。だって猫耳付けてるし、語尾も猫語になってるしさ。というわけで、はい、どうぞ」


「え?」


 そう言ってソファーに座っている自分の太ももを指差す桜彩に怜は戸惑いの声を上げる。

 いきなりどうぞと言われても何が何だか分からない。


「えっと、桜彩、どうぞって何?」


「ふふっ。私、猫ちゃんを可愛がるの好きなのは知ってるでしょ? ほら猫ちゃん。私の膝の上にどうぞ」


「え? 膝の上って……」


 それはつまり膝枕ということで。


「あっ、怜! 語尾のニャが抜けてるよ!」


 思わず普通にしゃべってしまった怜に桜彩が少しばかり頬を膨らませて抗議する。


「いや待った……ニャ。それは……」


「むーっ。ほら、良いからこっち来て!」


「わっ」


 言いよどむ怜に業を煮やしたのか桜彩が少々強引に、隣に座っていた怜の肩を掴んで太ももの上へと寝そべらせる。

 これまで何度か桜彩に膝枕されたことはあったが、その時は決まって後頭部が触れていた。

 しかし今は右頬が薄いスカート一枚を隔てて桜彩の太ももに触れており、その柔らかい感触や暖かな体温がこれまで以上に伝わってくる。 


「ふふっ。よしよーし」


 そんな怜の葛藤をよそに、やっと太ももの上に顔を載せた怜の左頬をゆっくりと撫でる桜彩。

 右頬からは桜彩の太ももの感触が、左頬からは桜彩の優しい手の感触が伝わってくる。

 加えて目の前には女性としての魅力に溢れた桜彩の体。

 思わず恥ずかしさから目を瞑ると、今度は桜彩の香りが怜の鼻を捉えた。

 更に視覚を制限された為か両頬から伝わってくる感触をより鮮明に感じてしまう。

 これでも怜は年頃の男子であり、決して女性に対してそういった欲求がないわけではない。

 こうまでされると、怜としても嬉しいのは間違いないのだがそれと同時に耐えるのが辛くなってくる。


「ふふっ。怜、気持ち良い?」


「き、気持ち良い……ニャ……」


 恥ずかしさと耐えることの辛さで語尾が小さくなってしまう。


(……も、もう少し自分の魅力を理解してくれよ…………)


 そんな怜の葛藤が桜彩に届くことはない。

 大喜びで怜の頭を撫でまわす。


「ふふっ。可愛いなあ。えいっえいっ」


 ぷにぷにと怜の頬をつつく桜彩。


「さ、桜彩……も、もういいから……ニャ」


 目を閉じたまま恥ずかしさで顔を赤くしながらそう言う怜。


「ふふっ。もう少しね。ふふふっ、可愛いなあ。ずっと撫でていたいなあ」


 そして桜彩が満足するまで怜は幸せかつある意味で辛い時間を過ごすこととなった。

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