第185話 相合傘② ~下校デート~

「ふふっ」


「どうかしたのか?」


 歩きながらふと桜彩の口から笑い声が漏れたので気になって聞いてみる。

 すると桜彩はにこやかな顔をして


「あ、うん。朝さ、雨に良い思い出が出来たって話をしてたでしょ?」


「ああ。俺と桜彩がもっと仲良くなるきっかけを作ってくれたって話だよな?」


「うん」


 雨をきっかけとしたさまざまな偶然により、桜彩との距離が近づくこととなった。

 もしあの時雨が降らなければ、今こうして一緒に並んでいることもないだろう。


「それでね、また一つ雨に良い思い出が出来たなって思ったんだ」


 嬉しそうに桜彩が怜にそう告げる。


「ほら、私と怜の関係って皆には内緒でしょ? だから普段はこうやって一緒に帰ることが出来ないけどさ。でも雨のおかげでこうして怜と一緒に並んで帰れるなって」


「そうだな。新しい雨の思い出が出来たな」


「うんっ」


 桜彩の言葉に怜も心から同意する。

 今の生活でも充分すぎるほど幸せなのに、こうして桜彩と並んで下校するという新たな幸せを味わうことが出来た。

 惜しむらくは、明日以降はこの幸せを味わうことが出来ないということだろう。

 一度蜜の味を知ってしまった二人としてそれはかなり残念だ。


「明日も雨が降ってくれたらいいのにな……。そしたら怜とまた一緒に帰れるのに……」


「いや、その場合はまた俺が傘を忘れてこないといけないぞ」


「ふふっ。それじゃあ怜、次に雨が降った時もちゃんと忘れずに傘を忘れてね」


「忘れずに忘れてってのもおかしいけどな」


「ふふっ、そうだね」


 他愛もない冗談に二人の表情が一段と緩む。


「でもさ、傘を忘れてってのは冗談だけど、雨の日なら一緒に帰ってもバレないんじゃないかな? ほら、傘もさしてるし後ろから見ても私達だって気が付かないって」


「む……確かにそうかもな」


 桜彩の言う通り、傘をさしている人の後姿を判別することは困難だろう。

 さすがに正門を出た直後からというわけにもいかないが、近場で待ち合せて一緒に帰ることくらいは出来そうだ。


「でしょ? あーあ、また雨が降ってくれないかなあ」


「まあ現実的なことを言えば雨ばっかりでも困るけどな。洗濯物とか」


「むぅ……。まあ確かにそうだけどね」


 朝にも言ったように、雨は嫌なことも多い。

 桜彩もそれは分かっている為に、不満そうにしながらも怜の言葉に頷く。


「まあ残念に思ってるのは俺も一緒だけどさ」


「うん」


「でもさ、たまにあることだからより楽しめるってこともあると思うんだ。ほら、この前ピクニックに行った時みたいに」


「あ、うん。そうだね。確かに怜の言う通りかも」


「だろ、だからさ、今はこうやって二人で下校するのを素直に楽しもう」


「うん。そうだね。あっ……」


 怜の言葉に頷いた桜彩が、ふと何かに気が付いたように声を上げる。


「どうかしたのか?」


「ふふっ。怜、よく考えればさ、これって下校デートだよね」


「あっ……、確かにそうかもな」


 二人で一緒に並んで下校する。 

 陸翔や蕾華の言っていたことを思えば、これも立派なデートだろう。


「ふふっ。スーパーとかショッピングモールから一緒に帰ることはあったけどさ、こうして学校から一緒に帰るのは初めてだね」


「ああ。初めての下校デートだな」


「うんっ。こうして怜とデート出来るだなんて、やっぱり雨には感謝だなあ」


「だよな。あ、でもこの前のピクニックデートの時には降らないでくれて良かったけど」


「ふふっ、確かにね」


 先日のピクニックの時は絶好のデート日和の快晴だった。

 もし今のような天気ではせっかくのデートが台無しになってしまったろう。


「あの日の前日は必死になって晴れるように願ってたから」


「うんっ。お互いにね」


 そう言って再びふふっ、と笑い合う二人。


「登校の時もこうして一緒に歩けたらいいんだけどね」


「まあな。いつもエントランスまでだからな」


「うん。登校デートはエントランスで終わっちゃうからね」


「だからこそ今はこの下校デートを楽しむか」


「うんっ! 下校デートの続きをしよっ!」


 楽しそうにはしゃぐ桜彩。


「おいおい、そんなにはしゃいだら濡れちゃうって」


「あっ、そ、そうだね……」


 苦笑する怜の言葉に、ついはしゃいでしまったことを恥ずかしく思って桜彩が顔を赤くする。

 そして会話が途切れてしまう。

 傘に当たる雨音や近くを通っていく車の音が耳に響く。

 ふと視線を前に向ければ、四人ほどの小学生男子がこちらの方へとやって来た。

 そこまで広い道でもない為に、怜と桜彩は端によって彼らに道を開ける。


「「「「ありがとうございまーす」」」」


 するとその小学生男子達がお礼を言って通り過ぎた。

 今時こうしてお礼の言葉を言うことが出来る子は少ないだろうと思っていたのだが、案外そうでもないのかもしれない。

 そんなことを思っていると


「なーなー、今のってカップルだよなー!」


「そりゃそーだろー! だって相合傘してたんだぜー!」


 通り過ぎた小学生のの話し声が怜と桜彩の耳に届く耳に届く。


「えっ!」


「あっ!」


 その内容に驚いて振り向くと、すでにその小学生たちはパシャパシャと足音を響かせながら曲がり角を曲がっていた。

 周囲にはだれもおらず怜と桜彩の二人だけ。

 そんな二人だけの空間で怜と桜彩は今の小学生の言葉について考えてみる。

 一緒に下校しようと言った時はそこまで深く考えていなかった。

 桜彩は怜が濡れるのが嫌だったわけだし、怜としても桜彩の好意に甘えただけ。

 相合傘というカップル特有の行動については全く気が付くことが出来なかった。

 陸翔と蕾華は分かっていて黙っていたのだが。


(わ、私、もしかしてもの凄く恥ずかしいことを提案しちゃった……?)


(あ、相合傘……。そ、それにカップルって……。いや、これまでに何度か間違えられたことはあるんだけど……)


 陸翔と蕾華が聞いたら『何言ってんだ、こいつら』と思うことだろう。

 怜も桜彩ももはや相合傘よりももっとカップルらしいことをいくつも実行しているのだが。


「…………」


「…………」


 再び無言になってしまう二人。

 周囲の音は雨音だけ。

 他に音が無いからか、気持ち雨音が強くなったように思えてしまう。


「い、行こうか」


「う、うん、そうだね……」


 顔を真っ赤にした怜の提案に桜彩も同じく顔を赤くしたままに頷く。

 そして二人はゆっくりと歩き出し――


「あっ、その、怜……」


「え?」


 歩き出そうとしたときに聞こえた桜彩の声に怜の足が止まる。

 そして桜彩の方へ振り向くと、顔を真っ赤にして照れくさそうな、恥ずかしそうな顔を桜彩が向けて


「あの、手、繋いでいい……?」


 そう提案してきた。


「その、ね……。やっぱりデートなんだからさ、手、繋ぎたいって思ったんだ。ダメ……?」


 いつも通りに上目遣いでそう問いかける桜彩。

 もちろん怜としてはこのお願いは断れない。


「ああ。でも手を繋ぐって難しくないか。下手したら濡れちゃうぞ」


 今の怜の右手は傘を持っている。

 桜彩の左手が傘を持つ怜の手を掴んでは二人の距離が離れてどちらかが濡れることになるだろうし、桜彩が怜の左側に回って怜の左手を掴んではより濡れてしまう。

 そんな怜の指摘に桜彩は恥ずかしそうにしながら


「うん。だからね……」


 そう言って傘を持つ怜の右手に自分の右手を重ねた。

 そして左手を怜の左わき腹へと回してより密着するような体勢になる。


「こうすればさ……」


 確かにこうすれば濡れることはないだろう。

 しかしそれ以上の問題というものが存在することになるのだが。

 桜彩の体の感触が伝わってきて、恥ずかしさから言葉が出ない。


「あ、もしかして、迷惑だった……?」


「い、いや、迷惑なんてことは絶対に無いから!」


 不安そうに聞いてくる桜彩の言葉に怜が即答する。


(……そ、そうだよな。うん、俺が気にしなければ良いって)


 そう理性を総動員して無理やり自分を納得させる。


「それじゃあ行こうか」


「うん。それじゃあ下校デートの再開だね」


 そして二人はアパートまでの道のりを仲良く下校デートを開始した。

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