第184話 相合傘① ~もっと近くに寄り添って~
「よしっ、それじゃあ帰るか」
陸翔と蕾華が雨合羽を着用して四人揃って部室を出る。
「それじゃあ蕾華さん、陸翔さん。また明日」
「うんっ。それじゃあね、サーヤ!」
「じゃーなー」
怜と桜彩の関係は他の生徒達には内緒の秘密の関係だ。
故にこのまま一緒に帰るのを避けて、一度桜彩は怜達三人と一旦別れる。
「しっかしなー、さやっちももっと普通に話せるようになればいいんだけどな」
「まあな。ただ出会ったころに比べれば教室内でも話すようにはなって来てるからな」
「うん。やっぱり同じ部活ってのが大きいよね」
怜達仲良し三人組が所属しているボランティア部に桜彩が入部したことは、三人を知る生徒にとっては少しばかり大きなニュースだった。
だがそれも蕾華のフォローにより邪推も無く普通に受け入れられている。
その為、怜や陸翔は他の男子よりも桜彩とは仲良く話す機会が多い。
もっとも仲良くといっても桜彩はクールモードを崩してはいないのだが。
「アタシもサーヤとはよく話すしね。このままなし崩し的にもっと仲良くしていこうか」
「だな。ありがとな、蕾華」
「お礼なんていいって。アタシがサーヤと話したいんだしさ」
怜や陸翔と違い、教室内で蕾華と話す時の桜彩はクールモードが崩れて笑顔でいることも多い。
そもそも蕾華は桜彩が転入してきた初日からコミュニケーションを取りに行っていたし、傍から見たら奏と並んで桜彩の一番の友人という立ち位置にいる。
そんな蕾華と仲の良い怜や陸翔が相手ならすぐに教室内でもクールモードが剥がれるかもしれない。
「さてと、それじゃあな、怜」
「ああ、それじゃな」
「またね、れーくん」
昇降口まで来ると、自転車通学の二人はそう言って手を振りながら怜と別れて自転車置き場の方へと向かって行く。
二人を見送った後、怜も靴を履き替えて外へと出る。
そして正門の方ではなく、軒や庇の下の雨の掛かりにくい場所を通って裏門へと向かう。
「お待たせ」
「ううん、待ってないよ」
裏門に到着すると、先に着いていた桜彩と合流する。
他の生徒にはバレないように学園の裏手での待ち合わせだ。
念の為に周囲を軽く見まわしてみても、他の生徒の姿はない。
少し部室に残っていた為に、帰宅部の生徒は大半が既に帰っている。
加えて室内の吹奏楽部や体育館を使う運動部などはまだ残っている為に、帰宅時間がずれたのが功を奏した。
「それじゃあ行こっか」
そう言って傘を広げる桜彩。
雨の降る空に向かって広げた傘を差し出してゆっくりと怜に微笑みかける。
「それじゃあ失礼するよ」
「うん。どうぞどうぞ」
桜彩の笑みに怜も頷いて差し出された傘の下へと体を入れる。
そして二人はゆっくりと雨の中、アパートへの道を歩き出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「怜、腕、大丈夫? 辛くない?」
「え? ああ、大丈夫だぞ」
一瞬何のことか分からなかったが、傘を持つ手のことだと理解する。
(こういうところ、優しいんだよなあ)
怜としては大した問題ではないのだが、細かな気遣いをしてるれるのがとても嬉しい。
「そろそろ私が持とうか?」
「いや、大丈夫だって。それに身長も俺の方が高いし、それこそ桜彩の手が疲れちゃうだろ?」
「別に私は気にしないんだけどな」
「俺が気にするんだよ。それにさっきも言ったように別に辛くはないからな」
「そっか。ありがとうね」
「いや、傘を忘れた俺が入れてもらってるんだからこれくらいはな」
「それこそ気にしなくてもいいのに」
拗ねるような顔で桜彩が目を逸らす。
そして再び怜の方を向くと、傘を持っていない方の手の肩が濡れていることに気が付く。
「怜、もっとこっちに寄って。体、濡れてるよ」
「あ、ああ」
桜彩の要求に少し戸惑いながら怜が答える。
確かに桜彩の言ったように怜の肩の辺りは傘からはみ出しており、降り続く雨により濡れてしまっている。
これは傘を持つ怜が桜彩が濡れないように桜彩の方へと傘を近づけて持っているからだ。
これまでかなり近い距離のスキンシップをとっている二人ではあるが、それでも恥ずかしい物は恥ずかしい。
「もう、何してるの!? 濡れちゃったら風邪を引いちゃうでしょ!?」
「わっ!」
もじもじとしている怜にしびれを切らせたのか、桜彩が怜の体を自分の方へと引き寄せる。
怜の体が桜彩の体と密着して、その体温が伝わってくる。
制服越しとはいえその女性としての柔らかい感触にドキッとしてしまう。
これまでにも二人が近づくことは何度かあった。
例えば家のソファーに隣同士で座ってあーんと食べさせ合っている時。
例えばプラネタリウムで並んで横になり夜空を鑑賞した時。
例えば桜彩がからかってきた怜を押し倒されて馬乗りになった時。
しかし今はそれ以上に体同士が密着してしまっている。
慌てて桜彩から体を離そうとする怜。
しかし桜彩の手は怜をしっかりと捉えたまま離さない。
「もう、どうしたの? そんなに濡れたいの?」
少しばかり怒ったように怜を睨む桜彩。
頬を膨らませたその表情もいつも通り魅力的で、密着している体の感触と相まって思わず怜は目を逸らしてしまう。
「怜?」
「い、いや、そのな……、その、体が近すぎないかなって……」
「え?」
怜の指摘を受けた桜彩も自分達の状況を確認する。
無意識にやっていたことだが、今の桜彩は怜の体を思い切り自分の元へと引き寄せて。
おまけに自分の胸元にある比較的大きな柔らかい部分が怜の右腕に。
「あっ、ご、ごめんっ!」
「い、いや……」
今の状態に気が付いた桜彩が慌てて怜から距離を取ろうと――したのだが、それではどちらかが傘からはみ出してしまうのでぎりぎりで思いとどまる。
とはいえさすがにいつまでも胸を押し当てたままでは恥ずかしいので少しばかり体の向きを変えはしたが。
怜の方も体から離れていくその柔らかい感触を無意識の部分で若干残念に思いながらもとりあえずは一安堵する。
「そ、その、ごめんね……」
「い、いや、桜彩が俺のことを思ってくれたのは嬉しいから……」
恥ずかしそうに顔を伏せる桜彩をフォローするように言葉を掛ける。
もっとも怜の方も桜彩の顔をまともに見ることが出来ずに伏せてしまっているのだが。
「…………」
「…………」
「で、でもね、やっぱりさっきみたいな立ち位置じゃ怜が濡れちゃうでしょ? だからさ、もっと…………近くで良いよ」
最後の方につれて小さくなっていく声でそう言って怜の元へと体を寄せる桜彩。
そして縋るような瞳で怜を見上げる。
さすがにここまでされては怜もその好意を受け入れないわけにはいかない。
「そっか。ありがとな」
そう言ってにっこりと桜彩へ笑いかけると桜彩も怜へと笑顔を返す。
「うん。ねえ怜、遠慮なんてしちゃダメだからね。遠慮される方が私には辛いんだから。怜だってそうでしょ?」
桜彩のその言葉に怜はゆっくりと頷く。
「確かにそうだな。うん。俺達の間で変な遠慮はなしだよな」
「うんっ」
そして二人はゆっくりと、これまでよりも近い位置で一つの傘の元に身を寄せ合いながら歩き始めた。
【後書き】
次回投稿は月曜日を予定しています
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