第183話 傘の行方

「あーあ、雨かよ……」


「マジで最悪っ!」


「天気予報外れてんじゃねえかよ。ふざけんなって」


「これいつ止むのかなあ?」


「傘持って来たー?」


「あたしは持って来たよー」


「マジ? 入れて入れて!」


「ジュース一本で手を打とう!」


 ホームルームが終わると教室内のあちらこちらからそんな声が聞こえてくる。

 午後の授業の途中から降り出した雨は、もう外を見るまでもなく耳に届く雨音でその強さを理解する。

 豪雨というほどでもないが、パラついている程度というわけでもない。

 さすがに傘が無いと歩くのは辛いだろう。

 この天気を予想出来なかったクラスメイトも何人かいるようだ。

 天気予報を確認しておいて本当に良かったと安堵する怜。


「光瀬は傘持ってきたのか?」


「ああ。俺はいつもバッグに入ってる。お前は?」


「俺は持ってきてねえよ。そっか。光瀬は持ってきたのか。どうすっかなあ」


「コンビニで買うのが一番じゃないか? そこまではそんなに距離ないし」


 傘を忘れたクラスメイト、工藤にそんな提案をする怜。

 学園の正門を出て百メートルも行けば最寄りのコンビニに到着だ。


「距離ないって言っても正門まではそこそこ長いじゃん?」


「まあな。つってもそれ以外に方法なんて無いだろ? そっから先家まで濡れるのも嫌だろうし」


「しゃーねえか。で、傘っていくらくらいだ?」


「五百円くらいじゃない? 知らんけど」


「五百円かあ。痛い出費だぜ」


 社会人ならともかく高校生にとって五百円の出費は小さくはない。

 それは怜にも良く分かる。

 怜はお金に困っているわけではないのだが、それでも日頃から無駄遣いをせずに節約する生活を心がけている。

 その分、先日のデートのように楽しむ時はちゃんと使うのだが。


「おいおい工藤。お前、傘忘れたんかよ」


「うっせーよ。そういうお前は持って……きてるみたいだな……」


 折り畳み傘を見せびらかすようにひらひらとさせながら、別のクラスメイト、酒井が現れた。


「ちゃんと天気予報を見とけっての」


「そうそう。それかちゃんと折り畳み持っておいた方が良いぞ」


 酒井の言葉に怜も同意する。

 折り畳みを一本携帯しておけば、例え天気予報が外れても最低限何とかなる。


「てかさ、無駄話してないで買うんなら早く行った方が良いんじゃないか? 他にも買おうとしてる人がいるとすぐに売り切れるぞ。幸い今はまだそんなに雨が強くないし」


 外を見ながらそう提案する。

 予報によるとこの後降雨量が増えていくはずだ。

 怜の言葉に工藤は慌ててバッグを担ぎ直して帰宅の準備をする。


「だな。それじゃあ急ぐわ。サンキュー」


「転ばないように気を付けろよ。雨の日のグレーチングとかマンホールは滑るからな」


「そうそう。雨の日に転ぶと最悪だからな」


「分かってるって。それじゃあな」


 そう言って工藤は急いで教室を出て行った。


「んじゃ、俺も帰るわ。光瀬は?」


「俺はこれから部室に行く」


「そうか。それじゃあまた明日な」


「ああ」


 話が一段落したところで酒井の方も教室から出て行った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ふーっ。これで終わりだね」


「はい」


「ああ。お疲れ様」


「おつかれーっ」


 部活の方も一段落したところで一息つく。

 だがこのままゆっくりとしているわけにもいかない。

 今はまだ雨脚はそこまで強くないので、この状態の内に帰宅したい。


「それじゃあ今日は帰るか」


「うん。この後はもっと雨が強くなりそうだしね」


 陸翔と蕾華の言葉に怜も頷く。

 天気予報ではこの時間から夜にかけてがもっとも雨量が多くなると言っていた。


「怜も早いとこ帰った方が良いぞ。持ってきたの折り畳みだろ?」


「うんうんん。りっくんの言う通りだよ。ただでさえ傘小さいんだから本降り前に帰った方が良いって」


「そうだな。そうするか」


 そう言って怜はバッグの中に手を伸ばして目当ての物を取り出す――ことはなかった。


「…………あれ?」


 鞄の中を手探りで探すが折り畳み傘が見つからない。


「どうかしたのか?」


「れーくん?」


「怜?」


 挙動不審な怜を見て三人が不思議そうに集まってくる。


「傘が見つからない……」


「え?」


 手探りでは埒が明かないと思いバッグを開けて直接目視で確認する。

 中身を一つずつどかしながら見ていくが、目当ての物は最後まで出てこなかった。


「…………あれ? マジで無いぞ」


「マジか? お前、いつも折り畳み傘持ってたよな?」


「ああ」


 朝に確認した時は確かにあった。

 朝食の席で傘を持ち歩いていることを桜彩にアピールして――


「…………あっ!」


 そこで怜は自分の犯した失態に気が付いた。

 桜彩へ傘を見せた後、確かそのままバッグへと戻さずにテーブルの上に置いたはずだ。

 おそらくは今もテーブルの上に置かれたままなのだろう。

 その事実を思い出し目の前が真っ暗になる。


「れーくん、どしたの?」


「リビングのテーブルの上に置いたまま……」


「マジかよ……」


 怜の失態に陸翔もそれしか声が出ない。


「れーくんどうする? アタシとりっくんで家から傘持って来ようか?」


「いや、さすがに遠すぎるだろ」


 二人の家は学園からかなり離れた所にある。

 だからこそ自転車で通学しているわけだし、そんな二人を雨の中無駄に往復させるわけにもいかない。


「でもそれじゃあどうするの?」


「雨に濡れて帰るのか? ダメ元でコンビニまでダッシュしてみるか?」


 授業が終わってからしばらく時間が経っている為に、コンビニの傘が売り切れていることは充分に考えられる。


「まあしょうがないからな。とりあえず部室に大量にビニールがあるからそれで何とかするさ」


 最悪ビニールを被ればなんとかなるだろう。

 見た目こそ悪いが雨合羽にならなくもない。


「それじゃあ私の傘に入っていく? どうせ家ま一緒だし」


 すると桜彩がそう提案する。

 桜彩は朝の怜の忠告通りに傘を持って来ている。

 折り畳み傘と違ってそこそこ大きいそれは桜彩一人ならまず問題ないだろう。

 しかし


「いや、さすがにそれは迷惑だろ」


 桜彩の傘はそこそこの大きさではあるが、怜と二人で使うとなると少しばかり小さい。

 二人で使ってしまってはさすがに濡れてしまうだろう。


「ううん、迷惑なんてことはないよ。それに怜が雨が降るってことを教えてくれなかったら私も傘を持って来なかったんだからさ」


「でもこれからもっと雨脚が強くなりそうだし」


「だから気にしないでって。それにこれから雨が強くなるんならここで話してないで早く帰ろ」


 にっこりと笑みを浮かべて怜を見る桜彩。

 そして桜彩の言葉に陸翔と蕾華が顔を合わせてニヤッと笑う。

 こうなればもうすることは一つだけだ。


「うんうん。れーくん、サーヤに入れてもらいなって」


「そうだぞ。これでお前が雨に濡れて風邪でも引いたらさやっちも気に病むだろ」


 当然、桜彩の提案を受け入れるように怜の説得にかかる。


「む……」


 親友二人の言葉に怜が少し考えこむ。

 陸翔も蕾華もその言葉は本心ではあるが、なにより怜と桜彩に相合傘をさせたいというのが本音だ。


「ほら、二人もそう言ってるんだからさ。怜、一緒に帰ろ?」


「……分かった。それじゃあ桜彩、傘に入れてくれ」


「うんっ!」


 怜が首を縦に振ったことで桜彩が嬉しそうに頷く。

 ちなみに陸翔と蕾華は相合傘の成功に見えないように握手をしていた。

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