第180話 こちょこちょこちょこちょ

ちょひょ痛っひはっ!」


「反省した!? 反省した!?」


し、しましたひ、ひまひは……」


 桜彩から一方的に両頬を引っ張られて散々な怜。

 とはいえ反撃しようにも両手は桜彩の両足により自身の体にぴったりとくっついた状態で挟み込まれており反撃の手段はない。

 本気で抵抗しようとすれば怜の力なら抜け出すことも出来るのだが。


「えいっ、えいっ!」


「んーっ! なんではんで!?」


 反省したと言っているのに引っ張るのを止めない桜彩。

 何度も食うルと言われた鬱憤を晴らすかのように両頬を引っ張り続ける。

 しかしそこでふと怜はあることに気が付いた。

 先ほどから桜彩は怜の両頬を引っ張るのに夢中で徐々に注意力が欠けてきている。

 具体的には怜の両手をガードしている両足の力が緩んできている。


(これは千載一遇のチャンス!)


 そこで怜は一瞬気を抜いた後、一気に力を溜めて両手を抜いた。

 両手を引き抜くときに、桜彩の柔らかな両足に手がこすれて少しばかりドキッとしたのだが。


「あっ!」


 一瞬遅れて桜彩は自らの失態に気が付き、いきなりのことに怜の両頬から手を離してしまう。

 と同時に怜の両手が桜彩の両頬へと延びる。

 桜彩が怜の顔を見ると怜はニヤッとした表情をでようやく自由になった口を開いて


「さて。よくもやってくれたな」


「えっ?」


「お仕置きの時間だあ!」


 言葉の通りに桜彩への反撃として、先ほど自分がされたのと同様に桜彩の両頬を掴んで左右に引っ張る。

 もちろんちゃんと力加減はしているが。


きゃっひゃっ! れ、れいっへ、へいっ!」


「よくもやってくれたな! そらっ!」


ちょ、ちょっとひょ、ひょっと……むーっ! えいっへいっ!」


 すると負けじと桜彩も怜の両頬へと手を伸ばして再度怜の頬を引っ張る。


このっ、このっほのっ、ほのっ!」


負けるかはへるは! えいっ!」


や、やったなーっひゃ、ひゃったなーっ!」


 マウントポジションをキープしたまま怜の両頬を引っ張る桜彩と、マウントポジションをとられた状態から反撃を試みる怜。

 もちろんお互いに本気でやっているわけではないが、それでも痛い物は痛い。

 それ以上に楽しさというものを感じてはいるが。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そんな怜と桜彩の姿を相も変わらず少し離れた所から少々呆れ顔で眺める陸翔と蕾華。

 二人を見ていたい気持ちはあるのだが、それはそれとしてこのままでは埒が明かないだろう。


「…………ねえ、いいかげんそろそろ止める?」


「…………つってもなあ。別に本気で困ってるわけじゃなさそうだし」


「…………でもこのままじゃいつまで続くか分からないよ」


「…………確かにな。昼休み終了までこのままってこともあるよな、あの二人なら」


「…………そうでしょ? あっ、そうだ! 良いこと思いついた!」


 そこで蕾華はとあることを思いついてニヤッとした笑みを浮かべる。


「なんだ? 何かあるのか?」


「うん。ちょっとね」


 そう言って蕾華は怜と桜彩の方へと足を向けた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「むーっ! へい! 放しなさいはなひなはい!」


「さ、桜彩こそ放せってさやほほはなへっへ!」


 お互いに相手の頬を引っ張り合う怜と桜彩。

 するとそこで先ほど陸翔と共に部屋の隅へと移動していた蕾華がこちらへと近づいてくるのに気が付く。


蕾華さんっはいははんっ! 手伝って下さいへふはっへふははい!」


蕾華っはいはっ! ヘルプへふふ! 桜彩を引きはがしてはやをひひはがひへ!」


 同時に二人揃って現れた親友へと助力を頼む。

 すると蕾華は二人の顔を交互に見てニヤッと笑って


「うん。つまりサーヤはれーくんにお仕置きするのを手伝ってほしくて、れーくんはサーヤに頬を引っ張ってもらうのを止めさせてほしいってことだよね」


「はい!」


「そう!」


 蕾華の言葉に頷く二人。

 すると蕾華は


「ねえサーヤ。そんなことよりももっと面白い……れーくんに効果のある手段があるよ」


 とそう告げる。


「おい、蕾華……?」


 不安そうに問いかける怜の言葉を無視した蕾華は桜彩の方を向いて


「れーくんって実はくすぐられるのに凄く弱いんだよね」


「へえ……」


 その言葉を聞いた桜彩が怜の頬を引っ張る手を止めてしばし考えこむ。

 一方で蕾華の言葉を聞いた怜は背筋に冷たい物が走る感触を覚える。


「蕾華っ!? いったい何を!?」


 マウントポジションをとられたまま慌てて蕾華の方へと顔を向ける。

 そこで怜の瞳に映ったのは笑顔――怜にとっては悪魔の微笑を浮かべた蕾華だった。

 怜がくすぐりに弱いという蕾華の言葉は事実である。

 それをこの状態で桜彩にばらされてしまうのは怜にとってはまず間違いなく地獄の始まりだ。

 そんな怜の抗議を蕾華はどこ吹く風と言った感じで受け流す。


「え? だってさ、れーくんはサーヤに頬を引っ張ってほしくないんでしょ? ほら、サーヤがくすぐりに移行すればれーくんの両頬は解放されるし!」


「そういう問題じゃねえ! それ以上の苦痛を味わうことになるじゃねえか!」


「ふーん。ってことは、怜がくすぐりに弱いのは事実なんだね」


 真上から聞こえたその声に視線を動かせば、こちらも笑顔――怜にとっては悪魔の微笑を浮かべた桜彩がいた。


「さ、桜彩……?」


「ふふっ。いーこと聞いちゃったなーっ」


 満面の(悪魔のような)微笑で怜を見る桜彩。

 その両手を先ほどのようにわきわきとさせながら怜へと近づけていく。

 しかし先ほどとただ一点だけ違うのは、その目的地が怜の両頬ではなく体だということだ。


「さ、桜彩っ! お、落ち着いて! まず話し合おう! 人間が他の動物と決定的に違うのは言語を介したコミュニケーション能力を持っているということがあげられる! とにかくまずはその両手を収めて話し合おう!」


「えーっ、さっき充分すぎるほど話したよね?」


「い、いや、ちょっと待った! 落ち着け! 落ち着いて!」


「え? 私は落ち着いてるよ?」


「ま、待て! まだ話し足りない! 桜彩は良いのか? 人間としての誇りを捨てて!」


 すると桜彩はふっ、と笑って怜へと近づけていた両手を軽く握りこむ。

 その形は包丁でキャベツを刻むときの左手と同じ。

 いわゆる猫の手、と呼ばれる形である。


「にゃー。私、猫だからそういうことを言われても分からないにゃーっ」


「ッ!!」


 その反応に怜の心が揺さぶられる。

 ただでさえ可愛い桜彩がそのような行動をとっては可愛さが倍増だ。

 ちなみにそれを近距離で見ている猫好きの蕾華もその可愛さに震えており、陸翔はそんな怜を見て遠くからニヤニヤとした視線を送っている。 


「あれ? 怜、どうしたのかにゃーっ? もう抵抗しないのかにゃーっ?」


 桜彩の可愛さに放心状態の怜なのだが、それを桜彩はくすぐられることに対する恐怖で黙り込んでしまっていると解釈し、更に猫言葉で怜を煽る。

 それが怜にとっては別の意味で大きな攻撃となっている。


「怜? 本当にどうしたにゃ?」


「……いや、そうやって猫のマネをする桜彩が可愛くて…………」


「えっ……」


 不意打ちでそう言われた桜彩が顔を真っ赤に赤くして自分の両頬へと手を当てる。

 ちなみに蕾華はスマホを取り出して、この二人のやり取りの録画に入っている。


「か、可愛いって…………も、もうっ! か、からかうのはや、やめるにゃ!」


「だ、だからそれが……」


 桜彩だけではなく怜の顔も既に真っ赤に染まっている。

 お互いに真っ赤になって照れた顔でしばしの間見つめ合って


「うーっ、えいっ!」


 その空気に耐えられなくなった桜彩が、恥ずかしがったまま怜の体へと手を伸ばしてくすぐり始めた。


「ひゃあっ! ちょっ、待った! そ、それダメ! ダメ! はははっははっ! いやっ! ホント待って!」


「むーっ! 私のことをからかう怜には、お、お仕置き……だにゃ」


「い、いやストップ! っははははっはは! ダメ、苦しい!」


 恥ずかしがりながらも猫言葉を止めない桜彩に、怜のドキドキが止まらない。

 しかもその状態でただでさえ弱いくすぐり攻撃をもらっているのだからもうどうしていいのか分からない。


「私のことを食うルだなんて言えなくしてやる、しっかりと体に教えてあげる……にゃ!」


「い、言わない! もう桜彩のことを食うルだなんて言わないから! 多分!」


「多分!? 絶対じゃないの……にゃ!?」


「ぎゃははははっ! く、苦しい! 苦しい!」


「こちょこちょこちょこちょこちょこちょ……にゃ」


「ひーっ! やだっ! やめっ! ストップ! ぎゃはっははははは!!」


 敏感な体に這い回る桜彩の手にこらえられずに声を上げてしまう。

 このままではまずいと思い、自由な両手で桜彩の手を止めようと試みる。

 しかしただでさえマウントポジションをとられて不利なことに加え、くすぐられた状態では上手く狙いが定まらずに桜彩の攻撃くすぐりを防ぐことが出来ない。


「む、無駄な抵抗は、やめる……にゃん!」


「ひゃぅっ! ちょ、もうダメ! ホントやめて! ストップ! ギブ! はははははは!!」


 なす術もなく一方的に蹂躙される怜。

 くすぐられたことにより制服は乱れ、中のワイシャツもボタンがいくつか外れてしまう。

 それを好機として桜彩は更にダイレクトに怜へとくすぐりを続けていく。


「ひゃっ、無理! ストップ! やめっ!」


 制服のブレザーの上からでさえくすぐりに悶えていたのに、更に桜彩の指の感触が直接的に伝わって来てもう怜はひたすら悶えることしか出来ない。

 何とか逃げようとしても、怜の体は桜彩の両足に挟まれて身動きが取れない状態だ。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「…………あれで恋人じゃないってのがね」


「…………だよなあ」


 怜と桜彩を見ながらもう何度目か分からないため息を吐く親友二人。

 スマホでの録画を継続しながら顔を見合わせる。


「……でも食うル、か。さやっちにはなんだかピッタリなあだ名だよな」


「……うん。てゆーかれーくんのあれってさ、もしかしなくても、好きな子にちょっかい出すっていう思春期特有のアレじゃない?」


「多分、いや間違いなくそうだよな。思春期特有ってか、男子小学生特有ってか」


「……だよね、全く。れーくんって精神年齢高いのに、なんで自分の恋愛ごとに関してはあんなに子供っぽくなるんだろうね」


「それはさやっちにも当てはまるけどな」


 そして二人は大きくため息を吐き、そろそろ怜を助ける為にソファーの方へと戻って行った。




【後書き】

 次回投稿は月曜日を予定しています

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