第178話 からかいとじゃれ合い

「ふふっ。やっぱり美味しい」


「だな。いくらでも食べられそう」


 部屋の隅で内緒話をしている親友二人を横に置いて、怜と桜彩はデザートのカヌレを食べていく。

 いや、正確にはデザートのカヌレを食べさせ合っていくと表現した方が適切か。


「カヌレか。今度家で作ってみるか」


 おいしそうにカヌレを食べる桜彩を見て怜がそう提案する。


「えっ、本当に!? やった、嬉しい!」


 怜の提案を嬉しく思った桜彩が喜びではしゃぐ。

 怜の作ったカヌレはリュミエールでも売られることがあるということで、光のお墨付きが付いている。

 リュミエールのスイーツは桜彩ももう何度も食べている。

 故にそこで売られることのある怜のカヌレの味はもう太鼓判が押されているも同然だ。

 飛び切り美味しいことは既に約束されているといっても過言ではないだろう。


「そこまで喜んでくれると作り甲斐があるよな」


「だって怜の作るお菓子って全部美味しいもん。チーズケーキでしょ、プリンでしょ、パンケーキでしょ。他にも……」


 そんな風に指折りしながら今まで食べた怜の手作りスイーツを列挙していく桜彩。


「それじゃあ今度、休みの日に桜彩も一緒に作ろうか」


「えっ? 私も?」


 怜の提案に目を丸くして驚く桜彩。


「ああ。ほら、前にプリンを作る時に言っただろ? 時間と分量さえしっかりとしてれば大きな失敗はしないって」


「そう言えばそうだね。ふふっ、あの日、初めて私達二人で料理を作ったんだよね。懐かしいなあ」


「そうだな。まだ一か月も経ってないけどな」


「あの時はまだ私、怜の事を光瀬さんって呼んでたよね」


「俺も桜彩のことを渡良瀬って呼んでたよな」


「うん。それに私はまだ口調も硬かったしね」


 まだあの時は二人ともそんなに打ち解けてはいなかった。

 当時のことを懐かしく思う。

 こうしてみると本当にこの一か月、桜彩とはとても深い付き合いをして、心を通わせていった。

 それがとても感慨深い。


「そうそう。それで話を戻すけどさ、カヌレ、一緒に作ってみないか?」


「うーん……難しくない?」


「さっきも言ったけどそんなに難易度は高くないって。それに隣には俺もいるわけだし。まあ生地を寝かす時間が長いから、すぐに完成とはいかないけどな」


「それってどのくらい?」


「まあ最低半日ってところかな。だから土曜日に生地を作って日曜日に焼くのが良いと思うぞ」


「そっか。でも待ってる間、全然落ち着かないかも」


「それも含めて料理の楽しみだって。それにさ、一緒に作るのってやっぱり楽しいだろ?」


「ふふっ。そうだね。それじゃあ今度のお休みに一緒に作ろうね」


「ああ、一緒にな」


「約束だよ」


「ああ、約束だ」


 そう言って二人はそっと右手の小指を立てて相手へと差し出す。

 そして小指同士を絡ませて約束の指切りをした。


「ふふっ。怜と一緒にお菓子を作るの楽しみだな。今からもう待ちきれないかも」


「おいおい。まだゴールデンウィークが終わったばかりだぞ。まだ月曜なんだから当分先だって」


「そうなんだよね。あーあ、早く週末にならないかなあ……」


 残念そうな表情でソファーへと背を預けた桜彩が天を仰ぐ。

 そこまで楽しみにしてくれると怜としてもとても嬉しい。


「まあ今はこのカヌレを食べるか。はい、あーん」


「あーん」


 雛鳥のように口を開ける桜彩の口へとカヌレを送り込む怜。

 自分と桜彩との関係を家族のような関係と評したことがあるが、こうしてみると親子のようにも感じられる。

 傍で見ている陸翔と蕾華からすれば親子ではなく恋人なのだが。


「うん。美味しいよ」


「桜彩は本当に美味しそうに食べるよな」


「うん。だって本当に美味しいんだもんっ!」


 怜の言葉に楽しそうに頷く桜彩。

 そこでふと怜は昨日の会話を思い出す。


「ははっ。やっぱり桜彩は食うルだよな」


 昨日散々からかった言葉。

 その言葉を聞いた桜彩が幸せそうな表情から一転して眉を吊り上げる。


「れーいーっ! 今、私のこと『食うル』って言ったよね!」


 ゆっくりと近づきながら隣に座る怜へとプレッシャーをかける桜彩。

 とはいえ今の怜にはその程度で引き下がる理由はない。


「ああ、言ったぞ。桜彩は『食うル』だって」


「むーっ!」


 先ほどよりも目に力を入れて怜へと迫る桜彩。

 ずいッと顔を近づけて怜の顔を睨む。

 もっともあまり怖くはないのだが。


「れーいー? 私、昨日言ったよね? これ以上食うルなんて言ったらもっと強くお腹を押すって。まさか、忘れちゃったのかな~!?」


「いや、もちろん覚えてるぞ。あれだって桜彩との大切な思い出なんだからな。そう簡単に忘れたりしないって」


「えっ!? う、うん……」


 自分との思い出を大切に想ってくれていると言われた桜彩が照れてしまう。

 少しばかり赤くなった顔を引いて、その両頬に手を当てると微かに熱を持っているのが分かる。


「そっか。うん、そうだよね。あれは私にとっても大切な思い出だから」


「ああ。お互いに大切な思い出だ」


「うん……って違う!」


 照れていた桜彩がその前の会話を思い出してはっとする。

 今重要なのは、怜が自分のことを食うルと言ったことだ。

 それを思い出して再び眉を吊り上げた桜彩が怜へと迫る。

 いや、先ほどよりも鬼気迫るといった感じでだ。


「そ、その、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、それとこれとは話が別だから! 怜!? 食うルっていったこと、後悔させてやるんだから! えいっ!」


 そう言った桜彩が隣に座る怜のお腹へと手を当てて軽く押す。

 しかしながら怜の反応は桜彩が思っていた物とはかなり違う。

 てっきりすぐにもだえ苦しむと思ったのだが全然そんなことはなく、むしろドヤ顔を桜彩へと向けてきた。


「ふふふ、残念だったな。今日のお弁当はそこそこ量が多かったとはいえ、昨日のビュッフェほどじゃない。故に俺のお腹にその程度の攻撃は通用しないぞ!」


「むーっ!!」


 昨日ダメージを与えられたのは本当に限界直前まで料理を食べていたからであり、この弁当程度の量ではダメージにはならない。

 必殺の一撃を放ったにもかかわらず、勝ち誇った笑みを向けられてむくれる桜彩。

 そんな桜彩の表情もなんだか可愛らしくてつい怜の顔に笑みが浮かぶ。


「ちょ、ちょっと! なに笑ってるの!?」


「いや、むくれる桜彩も結構可愛らしくて」


「か、可愛いって!」


 再び顔を赤くして照れる桜彩。

 しかし次の瞬間またもや眉を吊り上げて怜を睨みつける。

 だがそんなもの怜にとってはどこ吹く風だ。


「ふふふ。今の俺に弱点はない。もう桜彩のことを食うルと言って痛い目に遭うことはないぞ」


「むーっ!」


 また食うルと言われたことに憤慨する桜彩。


「ていうかさ、むしろ桜彩の方はどうなんだ?」


「えっ、何が? ……ひゃんっ!」


 油断していたところ、今度は逆に怜が桜彩のお腹へと手を当てて軽く押す。

 不意打ちで訪れたいきなりのその感触と刺激に思わず変な声を上げてしまう桜彩。


「ちょ、ちょっと怜!?」


「むしろお腹が弱点なのは俺じゃなくて食うルさんの方じゃないのか!?」


「あーっ、また食うルって言った! 食うルって言った!!」


「はははははははっ!」


「むーっ!!!」


 怜にからかわれすぎて顔を真っ赤にする桜彩。

 しかし現状このままでは反撃の効果がない。

 もっとも桜彩の方も今のお腹は大した弱点にはなってはいないのだが、このままでは食うルと言った怜に対して反撃が出来ない。


「そらっ!」


「きゃっ! ちょっ、ちょっと! 怜ッ!?」


 怜に何度もお腹を押されてたじろいでしまう桜彩。

 

「怜、ちょ、ちょっと待って!」


「ははははははは! 待てと言われて待つ奴はいない!」


「むーっ! ひゃっ! わっ! す、ストップストップ!」


 怜のお腹をいじめるつもりが逆にお腹を触られて手も足も出ない桜彩。

 無理やり反撃しようと試みるが、それは全て怜に止められてしまう。


「ふふふふふ。食うル食うル食うル~ッ! 桜彩は食うル~ッ!」


「あーっ! 何度も言った! もう許さない!」


 楽しそうにそうからかう怜に桜彩が顔を真っ赤にする。

 そして防戦一方だった桜彩がお腹を触る怜の手をものともせずに、隣に座る怜へと思い切り体をぶつけた。


「えいっ!!」


「うわっ!」


 いきなりの反撃に怜の体はなす術もなくソファーへと倒れてしまう。

 そして怜にぶつかったそのままの勢いで桜彩がずいっと怜のお腹の上に乗った。

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