第177話 親友にデートの感想を
「――ということだ」
「はい。そういうことです……」
食後、コーヒーを飲みながら昨日のデートについて事細かに話した。
下手に隠すと色々と勘繰られそうなので、もう隠すことはせずに、それはもう色々と。
とりあえず恥ずかしながらも話を終わらせた怜と桜彩は、ふぅと一息ついてソファーへと背中を預ける。
一方で話を聞き終えた親友二人は顔を綻ばせてニヤニヤとした視線を怜と桜彩へと向ける。
いや、正確には話を聞き終わる前、というか、話を始める前からニヤニヤとしていたように感じるが。
「うんうん! そっかそっか!」
「いやー、二人共『デート』、楽しんだみたいだな!」
「まあ、楽しかったよ。本当に」
「はい。初めてのデート、楽しかったです」
陸翔の言葉に怜と桜彩が頷く。
実際に昨日のデートは本当に楽しかった。
「ねえねえ。昨日の記念のネックレス、見せてくれる!?」
「あ、はい。良いですよ」
興奮気味に目を輝かせる蕾華の要求に頷く桜彩。
怜も異論はないので制服の中に隠れているネックレスを首の所から取り出して蕾華と陸翔に見えるようにする。
月と星というお揃いのネックレス。
それを目立つように着けていると周囲から不必要に追及される可能性がある為に、怜も桜彩も普段は服の中に入れて隠しながら着用しているが、この二人なら問題はない。
からかわれることはあるだろうが。
「ふふっ。どうですか?」
「へえーっ。良いじゃん良いじゃん! 似合ってるよ! ねえりっくん!?」
「ああ」
「ですよねっ!」
蕾華に褒められて嬉しそうにはしゃぐ桜彩。
「怜の方も似合ってるぞ」
「うんうん!」
「サンキュー」
親友の言葉を聞いて、怜と桜彩はお互いの方を向いて笑い合う。
「ふふっ。初めてのデートの記念だもんね」
「ああ。一生に一度の大切な思い出だからな」
「うんっ! 怜に貰ったこのネックレス、一生大切にするね!」
「ああ。俺も一生大切にする」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ねえりっくん……」
「なんだ……?」
「あれって完全に婚約ゆび……ネックレスだよね?」
「だよなあ。完全にそれだよなあ」
二人の世界に入ってしまった怜と桜彩を、陸翔と蕾華は半ば呆れながら眺めることとなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それで二人は今日の朝も手を繋いで登校してたと」
「ん、まあな。部屋の前からエントランスまでの短い距離だけど」
昨日の終わりに手を繋いで帰ったことを話したのだが、そのついでに桜彩が今朝のことについても二人に話してしまった。
まあ怜としてもこの二人が相手なら多少はからかわれるくらいですむのだし、何より二人の前で隠さずに手を繋ぐことが出来る。
現に食事を終えて話を終えた今、隣同士に座る怜と桜彩はお互いの手をしっかりと繋ぎ合っていた。
これまでとは違い、何の口実もなく手を繋ぎたいという理由だけで手を繋ぐことが出来る。
それがとても嬉しい。
ふと怜が隣の桜彩を見ると、ちょうど桜彩の方も怜へと視線を向けたところだった。
お互いの視線が絡み合い、しばしの間無言で見つめ合う。
「ははっ」
「ふふっ」
そしてお互いに笑顔になり、つい吹き出してしまう。
こういった時間がとても幸せに感じる。
しかし対面に座る陸翔と蕾華は何か悩むような表情へと変わっていく。
「ちょい待った。ちょっとタイムな」
「うん。二人共ちょっと待っててね」
「ん? ああ、構わないけど」
「はい」
そう言ってソファーから立ち上がる陸翔と蕾華。
二人で部室の隅の方へと移動してこそこそと内緒話を始める。
「……なにか変な事言ったかな?」
「ううん。別に言ってないと思うけど」
不審な行動を始めた親友二人の後姿を見ながらソファーで二人首を傾げる。
今は昨日のデートについて事細かに報告しただけだ。
別に変なことがあったわけではないだろう。
そう首を傾げる一方で陸翔と蕾華は
「ねえねえりっくん。どう思う? あの二人、少しは前に進んだと思う?」
「進みはしたと思うけどよ。ただ一つ言えるのは、あいつら絶対に付き合い始めてねえよ」
「だよねぇ……」
陸翔の言葉に蕾華も同意して深くため息を吐く。
陸翔も蕾華も怜とは深く長い付き合いをしているし、桜彩とは知り合ってからは短いもののかなり深い所での信頼関係があると自負している。
故にこの二人が付き合ってはいないと間違いなく確信出来る。
陸翔も蕾華も一昨日怜と桜彩にピクニックは『デート』であることを教えた時に、この二人の関係が多少なりとも進んでくれればとは思っていた。
怜も桜彩も内心ではお互いのことが恋愛的な意味で大好きなのは間違いないし、後はそれに気が付いてくれれば関係が進むはず。
そう思って『デート』だということを意識させたのだが、実際のところ、同じ箸で食べさせ合ったりプラネタリウムをカップルシートで鑑賞したり、手を繋いで夜空を見たりと二人の期待以上のことがあったようだ。
それはそれで当然親友である陸翔と蕾華としてもとても嬉しいのだが、肝心の自分自身の相手に対する気持ちが『恋』であることに本人達はまだ気が付いている様子はない。
「なんでだよ……。なんでここまで恋人ムーブして、これで付き合ってねえんだよ…………」
「ホントだよ……。もう完全にカップルじゃん……アタシ達を馬鹿に出来ないほどのバカップルじゃん…………」
その場に居合わせたわけではないが、この二人が恋人以上に恋人らしくいちゃついていたことは話を聞くだけで理解出来る。
それでいて付き合っていないとはいったい何故なのか。
仮に『恋人レベル』というものがあるとすれば、この二人はもうレベルマックスに近い所まで到達しているはずだ。
しかし『付き合い始める』という一番重要ともいえるステップだけなぜか完全に飛ばしている。
「いったいどうやったら二人共自分の気持ちに気付けるんだよ……」
「おかしいでしょ……。お互いに手を繋ぎたいって、それで相手に恋してることに気付いてないなんて……」
嬉しさと悲しさが二人の胸中で混じり合う。
「と言ってもなあ……。オレ達が『それって恋だろ』って教えてやるのは違うしなあ」
「うん。さすがにそれはね」
陸翔も蕾華もそれについては教えることはしない。
直接教えてしまえばもしかしたら関係は大きく進むのかもしれない、というか進むだろう。
しかし、それだけは絶対に自分達で気が付いてほしい。
故に親友として背中を押したりはするものの、逆に言えば出来るのはそこまでだ。
「はあ……どうすっかなあ……」
「ホント、どうしよっかねえ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
親友二人がこそこそと内緒話をしているのを横目にしていた怜と桜彩の二人だが、気にしたところで会話が聞こえてくるわけでもないしこちらへと戻ってきた時に教えて貰えばいいだろうととりあえず気にしないことにした。
「でもこのカヌレ、美味しいよね」
「ああ。そういえばカヌレは最近食べてなかったからな」
食後のコーヒーと共にカヌレを味わう怜と桜彩。
本日、怜が四人分の昼食を用意するというのは陸翔と蕾華も昨日早いうちから聞いていた。
その為、せっかくだからお菓子くらいは用意しようと二人が買って来た物だ。
「リュミエールでもカヌレって作ってたよね」
「ああ。実はな、リュミエールのカヌレ、あれは俺も作る機会があるんだ」
「えっ!? そうなの!?」
怜の話す事実に驚く桜彩。
怜がリュミエールで光の仕事を手伝っていることを知ってはいたが、あくまでも補助的な役割だと思っていた。
まさか店で売る市販品を怜が作っているとは。
「ああ。二日連続でバイトに入ってた時に、一日目に生地を作って二日目で焼いてた」
「そうなんだ。凄いね」
「まあ俺が任せてもらえる分は少ないんだけど、それでも俺がバイトしてる時にクッキーとか焼き菓子とかを任されたことがあったからな。一応光さんのチェックは入ったけど」
まあそれは当然だろう。
パティシエとして誇りを持っている光としては中途半端な物を店先に並べるわけにはいかない。
「でも怜の作るお菓子って本当に美味しいからね。お店で売られていてもおかしくはないか」
「ありがと。お菓子だけにおかしくないって?」
「ふふっ。その冗談はおかしいよね」
「だな」
そんなくだらないやり取りについ笑みが零れる。
何をするでもなくこうしてお茶とお菓子を楽しみながら談笑するだけで本当に楽しい。
「ふふっ。あ、もう一つ頂いちゃおっと。怜はどうする?」
「俺もいただくよ」
「そっか。それじゃあはい、あーん」
怜の返事を聞いて楽しそうにカヌレを一つ摘まみ上げて差し出す桜彩。
怜ももうそれに何の疑問も持たずに顔を伸ばして桜彩の摘まんだカヌレを口に入れる。
「んっ……」
食べた時に唇の端に桜彩の指の感触があったのは気のせいだろうか。
そう思って桜彩の方を見ると、桜彩も少しばかり自分の指に視線を向けていた。
「ありがと、桜彩。美味しかったよ」
「ふふっ。良かった。それじゃあ……」
桜彩が何かを期待するような目を怜へと向ける。
いや、何かを期待するような、ではない。
桜彩が期待していることは決まっており、それは怜にも充分すぎるほどに良く分かっている。
そして怜もカヌレを一つ摘まんで桜彩へと差し出す。
「はい、あーん」
「あーん」
怜の差し出したカヌレを桜彩は笑顔でパクリと口にする。
「うん。美味しい。ありがとね、怜」
「それじゃあもう一つ。はい、あーん」
「あーん……もぐっ…………あっ!」
再び美味しそうにカヌレを口にした桜彩が、何かに気が付いたように驚く。
「どうかしたのか?」
「あ、ううん」
「……?」
気になった怜がそう問いかけるが桜彩は首を横に振って否定する。
一体どういうことかと考えてみると、桜彩が少しばかり申し訳なさそうにおずおずと
「あ、あのね……、今、二回連続で私が食べさせてもらっちゃったなって。だからはい、あーん」
どうやら『あーん』を交互にせずに自分だけがしてもらったことを申し訳なく思っていたらしい。
別にそれについては申し訳なく思う必要も無いのだが、そんな野暮なことは言わず、怜は差し出されたカヌレを食べる。
「あーん……うん。やっぱり美味しいな」
「だよね。それじゃあ次は……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…………ねえ、だからあれ、何で付き合ってないの?」
「…………だからオレに言われても分からねえよ」
部屋の隅で内緒話をしていた親友二人は、そんな怜と桜彩の姿を眺めながら、早く付き合えよとため息を吐いた。
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