第176話 親友との昼食

 キーンコーンカーンコーン


 学園中に響き渡るチャイムの音。

 昼休みを告げるその音にクラス中の皆の心が『早く終われ』と一つになる。

 その空気を敏感に感じ取ったのか、教師の方も少しばかり早口で説明を終わらせて授業の終了を告げる。


「っしゃ! 怜、飯行こうぜ!」


「ああ」


 号令後、早速教室を出て行く怜と陸翔。

 陸翔としては早く昨日のデートについて聞きたくてたまらない。


「アタシ達も行こっか」


「はい」


 二人を見送った後、桜彩と蕾華も連れ立って教室を出て行った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「お待たせ―」


「おっ。やっぱもう着いてたか」


 怜と陸翔は家庭科室に寄って冷蔵庫から弁当を取り出しボランティア部の部室へと向かう。

 扉を開けると部室内では既に桜彩と蕾華がソファーに座って待っていた。


「待ってないって。ありがとね」


「うん」


 返事を聴きながらバックから弁当を取り出して机の上に並べていく。

 メニューは昨日のピクニックの時とほとんど同じ。

 しかし決定的に違うのは、唐揚げなど一部のおかずがほんのりと温かい事。

 せっかくなので家庭科部の電子レンジを使って温めてきたのだ。

 冷めても美味しいように工夫はしてあるが、やはり温かい方がより美味しいだろう。

 それに加えて魔法瓶に入れて持って来たオニオンスープを紙コップに入れて準備完了だ。


「「「「いただきます」」」」


 四人揃って手を合わせてから箸へと手を伸ばす。

 陸翔と蕾華がそれぞれ割り箸を割って思い思いのおかずへと手を伸ばそうとしたところで


「桜彩。あーん」


「あ、あーん……」


 怜が唐揚げを箸で摘まんで桜彩へと差し出した。

 突然のことに陸翔と蕾華、二人の動きが止まって思わず目を見開いて怜と桜彩の二人を見る。

 しかしそれも当然だろう。

 先日のバーベキューの時に『あーん』で食べさせ合っていた時はお互いに顔を真っ赤にしていた。

 特に怜の場合は陸翔と蕾華がが焚きつけたからそうなったわけで、自らやろうとしたことはない。

 怜と桜彩、二人の顔を見てみるとほんのりと赤みが掛かっており、決して無意識でやっているわけではないだろう。


「へぇー」


「ふーん」


 ニヤニヤニヤニヤ。

 箸を止めて怜と桜彩の様子を見る親友二人。

 当然ながら二人の顔にはニヤニヤとした笑みが浮かんでおり、怜と桜彩はその二人の表情には気が付いている。

 それを無視して怜は桜彩へ唐揚げを差し出し続け、桜彩はそれを口に咥えた。


「もぐ……お、美味しいよ……」


「そっか。良かったよ……」


「うん……」


 やはり恥ずかしいのか二人共語尾が小さくなってしまう。

 昨日と同様にふと手に持った箸の先端に怜の視線が吸い寄せられる。


(……今、桜彩の口に触れたんだよな…………)


 そして箸から桜彩へと視線を移すと桜彩も真っ赤な顔で怜を見ている。


「え、えっとね……、こ、今度は私が……」


 この時点で陸翔と蕾華は、今度は桜彩が怜に『あーん』とやるのだと思っていた。

 いや、それは間違ってはいない。

 その予想が間違っているのは別の個所だ。


「はい、桜彩」


「うん。ありがと」


 桜彩は新しい箸を使わずに、今しがた怜が桜彩に食べさせるのに使った箸を受け取って同じようにから揚げを掴む。


「はい、あーん」


「あーん……もぐ……」


「ど、どうかな……?」


「お、美味しい……」


「うん。それじゃあ次は……」


「い、いや、今度は俺が……」


「う、うん……それじゃあ、はい」


 そう言って桜彩が再び箸を怜に返す。

 お互い顔を赤くしたまま、怜が次のおかずに箸を伸ばして――


「いや、そろそろツッコませろよ!」


「うんうん! ねえねえ、いったい昨日何があったの!?」


 横で見ていた親友二人が声を上げる。

 嬉々として身を乗り出しながら顔を近づけてくる二人。

 怜としては勢いでごまかそうかとも思ったのだが、そうは問屋が卸さなかったようだ。


「…………別に何も。桜彩とピクニック……デート、をして来ただけ」


「は、はい……と、特別なことは何も……」


 陸翔と蕾華の顔を見ずにそう答える。

 が、その顔は当然恥ずかしさから真っ赤に染まったままだ。


「いや、それは無えだろ」


「うんうん。何かあったって言ってるようなものだからね」


 顔を真っ赤にして何もないといったところでこの親友二人が信じるわけがなかった。

 いや、そもそも同じ箸を使って食べさせ合っているところを見せた時点で言い訳は出来ないのだが。


「それじゃあまずはその『あーん』から聞かせてもらおうか?」


「……この前のバーベキューの時だってやってたじゃねえかよ」


「いやいや、それはそうだけどよ。今は二人共分かってやってたろ?」


「うんうん。それに二人共同じ箸を使ってたよね。しかもついやっちゃったとかじゃなく、ちゃんと意識して」


「…………まあ、な」


「…………は、はい」


「つーわけで、そこに至った理由とか色々と聞かせてもらおうか?」


「うんうん。てゆーか、昨日のデートについて、最初から最後まで事細かに詳しく聞かせてね」


 まあ仕方が無いと思って諦める二人。

 怜も桜彩も、昨日のデートについては全てこの親友二人に話すつもりではいた。

 ワンチャンごまかせるならごまかそうとも思っていたのだが。


「…………分かった。もう諦めて全部話すから、とりあえず食事にしよう」


「オッケー。あ、そうだりっくん。アタシ達も食べさせ合おっ! 同じ箸で!」


「おう! 良いな、それ!」


 今の二人の姿を見て、さっそくからかいに走る親友二人。

 とはいえ怜も桜彩もそれについて覚悟はしていた。


「それじゃあね、はいりっくん。あーん」


「あーん……。おう、美味いぞ。いやー、怜の料理は食べ慣れてるけど、蕾華に食べさせてもらうといつも以上に美味いよな!」


「ありがとね、りっくん。それじゃあ次はアタシに食べさせて」


「おう。それじゃあ……あーん」


「あーん!」


 蕾華から箸を受け取った陸翔がそのまま同じ箸で蕾華におかずを食べさせる。

 今、自分達のやった光景を見せられるのは、分かってはいたが恥ずかしい。


「……お、俺達も食べるか」


「う、うん。そうだね……」


 この恥ずかしさを何とかするには、自分達もとっとと食事に戻る他はない。

 親友二人から目を逸らして弁当の方へと視線を向ける。


「それじゃあ桜彩。次は何を食べる?」


「えっとね、それじゃあ肉巻き!」


「分かった。はい、あーん」


「あーん!」


 嬉しそうに口を開けて肉巻きを食べる桜彩。

 そしてそのまま二組のバカップルは同じ箸を使ってそれぞれのパートナーに『あーん』で食べさせ合っていった。


【後書き】

 次回投稿は月曜日を予定しています

 すみません、更新頻度落ちます

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