第175話 ゴールデンウィーク明けの教室
桜彩と別れた怜が一足先に学園へと辿り着いた後、弁当を家庭科室の冷蔵庫へと入れて教室へと向かう。
「おはよー」
「はよーっ」
「おはよ」
入りながら挨拶をすると、クラスメイト達からおはようと言葉が返ってくる。
長かったゴールデンウィーク明けの教室が何だか懐かしい。
「よう。久しぶり」
「久しぶりだな。どっか行ってきたのか?」
「ああ。家族で海外に。楽しかったぜ」
「マジで? 俺はどこも行かなかったよ」
「土産は無いのか?」
等々、何人かの仲の良いクラスメイトと久しぶりの雑談に興じていく。
しばらくすると陸翔と蕾華が二人仲良く登校してきた。
「おはよーっ」
「おはよ、れーくん」
「おはよう。二人共」
自席に荷物を置きながら後ろの怜に挨拶する二人に怜も言葉を返す。
それを見てクラスの何人かが驚いたような顔をして三人を眺める。
「あれ、光瀬と御門、仲直りしたのか?」
その言葉を聞いて、ゴールデンウィーク前に胸倉を掴みながら言い争いをしていたことを思い出した。
その後のことが刺激的すぎて怜も陸翔も普通にその事を意識していなかった。
「ああ。ってか別に喧嘩してたわけじゃないし」
「そうそう。ただの意見の食い違いだって。それももう解決したしな」
怪訝なお顔を向けるクラスメイトにそう説明すると、彼らもそうなんだ、と納得したような顔をする。
それに何人かにはゴールデンウィーク中のフットサルの時に既に話してもいたので、その話題はすぐに消えていった。
「おはよー。お前、ゴールデンウィークはどうだった?」
怜と話していた友人が陸翔も話題に巻き込んでいく。
「別に。前半は部活。後半は普通に遊んでた。蕾華とデートしたりな」
「チッ。このリア充め」
「妬くなよ」
自然に惚気だした陸翔に舌打ちする(本気でやっているわけではないくコミュニケーションの一環だが)恩田。
それに対して自慢するようにニヤッとした表情を返す陸翔。
ある意味いつも通りの光景だ。
「なんだなんだ恩田。お前まだ彼女出来てないのかよ」
「武田か。うるせえよ。ってかお前だって似たようなもんだろ。去年二週間で別れたくせに」
そんな恩田の言葉に武田は勝ち誇ったような顔をして
「ふっ。それはもう過去のことだ。ゴールデンウィーク中に彼女をゲットしたぜ!」
「なっ……! マジかよ」
「はははっ! 残念だったな! 可哀そうなお前の為に、この連休中に俺がどう過ごしていたのかを教えてやろう!」
「いや、話さなくていい。黙っとけ」
胸を張って自慢する武田に嫌そうな顔をする恩田。
どうせただの自慢話を聞かされるのは目に見えている。
「ははは。妬くなって! そうだ光瀬! お前も彼女いないだろ? もしお前に彼女が出来た時の為に俺の話を聞かせてやるよ」
「……俺の為ってか、ただお前が自慢したいだけだろうが、それ」
間違いなく武田は怜の為を思ってのことではない。
そういえば去年彼女が出来た時も自慢話を聞かされた思い出が怜の頭によみがえる。
あの時は正直とてもウザかった。
「まあまあ良いじゃねえか。どうせお前、彼女もいないのは事実だし。デートの時の心得ってやつを教えてやるよ」
(…………デート)
その武田の言葉に昨日の桜彩との思い出が蘇る。
怜にとって初めてのデート。
それまでにデートのようなことは何度かしているが、初めて二人で『デート』という自覚をもって過ごした最高の思い出。
それを思い出して少しばかり顔が赤くなってしまう。
無意識に制服の下に隠しているデートの記念のネックレスへと手を伸ばす。
「おはようございます」
その言葉に意識を現実へと引き戻せばちょうど桜彩が登校して来たところだった。
怜の左隣の席へと荷物を置いて座りながら、いつものクールモードでの挨拶だ。
「おはよう、渡良瀬」
陸翔と蕾華を除いた他の生徒には二人の関係は内緒となっている為、それに対して怜もいつも通りの挨拶を返す。
「おはよう、サーヤ!」
「はよ、クーさん」
「おはようございます」
蕾華と陸翔もそちらの方を向いて桜彩と挨拶を交わす。
「ずいぶんとにぎやかですね」
「うん。なんか武田君に彼女が出来たんだって。まあどうでもいいけど」
そして雑談を始めた桜彩と蕾華を横目に怜と陸翔はクラスメイトとの話に戻る。
「よっし! クーさんを含めた全員にまず出会いから聞かせてやろう! 連休中にだな……」
「頼んでない」
「結構です」
もう彼女との自慢話を聞かせたくてたまらない武田が周囲の皆にそう言うが、それに対して顔の前で片手を振りながら拒否する怜。
桜彩もいつものクールモードで完全に興味がなさそうにしている。
「そう嫌な顔するなって。良いか光瀬、人生の先輩たる俺が女子との付き合い方ってのを教えてやるから」
「必要がない。万一必要になれば陸翔に聞く」
怜にしてみれば陸翔の方がよほど参考になるだろう。
少なくとも女子ならば誰でも良いと思っている武田の意見が参考になるとも思えない。
「ついでに別れ方も話してくれるのか?」
怜が冷たくあしらっていると、横から外塚がニヤニヤとしながら口を挟んでくる。
「おいやめろ!」
声の方を振り向いて嫌そうな顔をする武田。
昨年二週間で別れた件を持ち出されてはたまったものではない。
「外塚も嫉妬すんなって。お前らも早く彼女作れよ」
「嫉妬じゃねえよ。どうせすぐ別れんだろ?」
「別れねえよ!」
武田と外塚の言い争いを聴いていると、怜の脳内にうっすらと一人の女性が思い浮かぶ。
(……彼女)
まだ漠然とした輪郭しか浮かんでいないその相手。
それがだんだんと脳内で形を作っていく。
(……彼女)
怜の隣で蕾華と話していた桜彩もその言葉にピクリと反応する。
(怜の彼女……)
女性と並んで歩く怜の姿が桜彩の脳内に想像される。
女性の姿はもやがかかったようにぼんやりとしているが、ただ、その想像の女性にに一番近いのは――
「はいはーい! みんなおはよーっ!」
すると教室の前方の扉から元気の良い声が聞こえてきた。
そちらを見ればちょうど担任の瑠華が教室へと入って来たところだった。
その声に怜と桜彩、二人の意識がそちらへと引っ張られ、彼女の話が脳内から消えていく。
「はいみんなーっ、ゴールデンウィーク終わっちゃったねー。まさかとは思うけど、恋愛に現を抜かして学生の本分たる勉学を疎かにしている悪い子なんていないよねーっ!」
年齢と彼氏いない歴が一致する瑠華のその声に
「そんな悪い奴がここにいますよーっ!」
「せんせーっ! 武田の奴が彼女作ったらしいっすよーっ!」
恩田と外塚の声が響き渡る。
「なっ! ……でもまあ武田君ならいっか。どうせすぐに別れるだろうし」
「ちょっ……! なんてこと言うんすか!」
一瞬驚いたものの、すぐに気を取り直す瑠華と、その暴言に慌てて声を荒げる武田。
その反応にクラスが笑いに包まれる。
「いやだってさ、去年もすぐに別れたじゃん。せんせー知ってるんだからね」
「今回は大丈夫ですって!」
「えーっ、本当に?」
「なんで疑うんすか!」
訝し気な顔をする瑠華と慌てる武田。
「なんで疑うってねえ……実績?」
「だよなあ。調子に乗ってすぐに愛想をつかされそう」
「今回は何日で別れるか賭けるか」
「とりあえず前回の二週間を越えられるかどうかだよな」
「それじゃあ二週間以内に売店のカレーパン一個!」
「よし乗った!」
「おいやめろ! そんな賭けをするんじゃねえ!」
そんなクラスメイトの軽口で教室が騒がしくなっていく。
「はいはーい。他のみんなは大丈夫だよねーっ。ねえれーくん、まさかとは思うけどれーくんはこの連休でデートなんてしてないよね」
「えっ……」
圧を掛けてくるその瑠華の言葉に怜が一瞬口ごもってしまう。
普段であれば『そんなことなかったですよ』と冷静に言うことが出来るのだが、昨日の今日でそれは難しい。
「えっ、何その反応……。ま、まさか……」
「いや、いきなり話を振られたんで驚いただけですよ」
怜の反応に邪推(必ずしも邪推というわけでもないが)した瑠華に対して努めて冷静に言葉を返す。
後少し反応が遅れていたら、過剰反応した瑠華が騒ぎ出したかもしれない。
「うんうん、そっかそっか。だよねー、れーくんは学生の本分をちゃんと理解してるよねー。みんなもれーくんを見習わないとダメだよー。学生たるもの恋愛なんかよりも優先するべきことがあるんだからねーっ」
怜の言葉にうんうんと頷く瑠華。
一方で
(ま、まあデートはしたわけだけど……)
(わ、私、昨日怜とデートしたんだよね……)
怜と桜彩は昨日のデートのことを思い出して、少しばかり顔を赤くしてしまった。
ちなみにそんな二人のことを親友二人はニヤニヤとしながら眺めていた。
「これは昼休みが楽しみだな」
「だよねだよね。二人共昨日はどうだったのかな~」
「まあ昼まで待とうぜ。二人の方から話してくれるみたいだしよ」
「うんうん。あー、楽しみ~っ」
と怜と桜彩の反応から何があったのか、頭の中で想像を働かせていた。
【後書き】
第三章丸々ゴールデンウィークだった為、92話以来久々のクールモードでした。
久しぶりなので少し違和感がありますね。
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