第174話 デート翌日の朝③ ~一緒に登校~

 朝食後、後片付けを行いしばらく怜の部屋でのんびりして過ごす。


「あっ。怜、これ見て。ここって昨日私達が言った公園だよね」


 桜彩の言葉に点けっぱなしにしていたテレビの方へと視線を向けると、そこには昨日のデートで訪れた公園が映っていた。

 昨日よりも咲いている花びらは少なくなっており、ニュースの方でもどうやらそろそろ桜が本格的に散り始めるといったことを伝えている。


「そっか。散る前に見れて良かったよな」


「うん。満開とまではいかなかったけど、とっても綺麗だったよね」


 昨日見た桜並木は本当に見とれるくらい素晴らしい物だった。

 それに加えて花びらが舞った中、お互いが佇む姿まで目に焼き付けることが出来た。

 花見の思い出としてはこれ以上ない位の結果だろう。


「ふふっ。また行こうね」


「そうだな。また二人で出掛けよう」


「うんっ。ちゃんと怜特製のお弁当も持ってね!」


 桜彩の言葉に怜の顔にふふっと笑みが浮かぶ。


「怜? どうかしたの? 私、何か変な事言ったかな?」


 怜の反応に桜彩がきょとんとした顔をして聞いてくる。

 その問いに怜はゆっくりと首を横に振って


「いや、花より団子だなあ、って思ってさ」


「む……い、いいじゃない! 怜のお弁当、本当に美味しかったんだから!」


 怜の言葉に恥ずかしさから桜彩が少し顔を赤くして、そして拗ねたようにプイッと顔を横に向ける。


「いや、別に悪いなんて言ってないからな。そう言ってくれるのはむしろ嬉しいし作り甲斐があるしさ」


「本当に? 私のこと、食いしん坊だなんて思ってない?」


「…………」


「ちょっ、何で黙るの!」


 黙って目を逸らした怜に、桜彩が慌てて食って掛かる。

 何でと言われても、桜彩のことを食いしん坊と思わないわけがないだろう。


「いやだってさ、桜彩だって自覚あるだろ?」


「う……ま、まあそうだけどさあ」


 クスリと笑いながらそう言われ、バツが悪そうに顔を逸らす桜彩。


「で、でも、お弁当以外のことも楽しかったよ」


「それは疑ってないって」


 それは怜も同感だ。

 昼食だけではなくその後のプラネタリウムをはじめとして桜彩と一緒に過ごすのはとても楽しかった。


「まあとりあえずお弁当に関してはすぐに食べられるぞ。今日の昼は四人で一緒に食べるからな」


「うん。学校でも怜のお弁当が食べられるなんてやっぱり楽しみだなあ」


「俺としてはあの二人に根掘り葉掘り聞かれることが怖いけど」


「ああ、まあそうだよね……」


 肩を落とした怜の言葉に桜彩が苦笑しながら頷く。

 昨日の二人でのお出かけをデートだといって焚きつけたのがあの二人(と葉月)なのだから、今日追及されることは間違いない。

 個別に色々と聞かれたらそれこそ桜彩が蕾華の口車に乗せられて、言わなくても良いことまで言ってしまうだろう。

 ならばいっそ昼食の時間にこちらから説明した方が良いだろうと考えての判断だ。


「まああの二人にならある程度はばれても問題ないんだけど」


「うん。でもやっぱり恥ずかしいよね」


「だよな」


 陸翔と蕾華が怜と桜彩が本当に嫌がることをしないのは充分すぎるほどに分かっている。

 だが程度を考えた上でからかわれるのは間違いないだろう。


「ま、なるようになるか」


「うん。そうだね」


 案ずるより産むが易し。

 とにかく今考えてもしょうがないので一旦昼食の時間までそのことを忘れることにした。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そして桜彩は一度自室へと戻り、登校の支度を整えてから部屋前の通路で待ち合せる。

 それぞれの玄関を施錠する為に二人とも鍵を取り出すと、そこに付けられているお揃いのキーホルダーがちらりと見える。

 それを見て二人でクスリと笑いながら施錠を終える。


「それじゃあ行くか」


「うん」


 久しぶりの学園への登校。

 ゴールデンウィークは中日の平日まで休日扱いだった為に、約十日ぶりの登校となる。

 二人の関係は親友である陸翔と蕾華以外の皆には内緒である為に、一緒に登校することが出来るのはアパートのエントランスを出るまでだ。

 いつも通りにその短い距離を二人は並んで歩いて行こうとしたところで、二人共視線を少し下げてお互いの手の方を見る。

 それだけで相手が何を考えているのかなんとなく分かる。


「桜彩」


「うん」


 弁当の入ったトートバッグを逆の手に持ち直した怜が、そっと手を差し出すとその手を桜彩が握り締める。

 手を繋ぐのに特別な理由なんてない。

 ただ手を繋ぎたいから繋ぐだけ。


「はははっ」


「ふふっ」


 繋いだ手から相手の体温と優しさが伝わってくるように感じる。

 それがなんとも言えず心地良い。

 少しの間二人で手を繋いだまま玄関先に立ち尽くす。

 エントランスまでの僅かな距離。

 そこまで行ってしまえばこの手を離して別々に登校しなければならない。

 それが分かっているからこそ最初の一歩を踏み出せない。

 しかしいつまでもここでこうしている訳にもいかない。


「……行こうか」


「……うん。そうだね」


 多大な名残惜しさを感じながら二人は学園への一歩を踏み出した。


「……もう、着いちゃったね」


「ああ」


 数分後、二人はアパートのエントランスへと到着していた。


「それじゃあここでお別れ、だね」


「そうだな。また学園で」


「うん」


 二人並んで登校するわけにもいかない為に二人が仲良く登校出来るのは他人の目がないここまでだ。


「…………」


「…………」


 しかし二人共エントランスで立ち尽くしてしまう。

 まだこの手を離したくはない。

 その思いから繋いだ手へと視線を向け、お互いに顔を赤くする。


「え、えっと……て、離すな……」


「う、うん……こ、このままじゃ登校出来ないからね……」


 それは二人共充分すぎるほどに理解しているのだが、どうしても手が離せない。

 とそこで二人の背後でエレベーターが動き出す音がする。

 当然ながらこのアパートは二人以外にも住人はいる。

 まもなく彼らもエントランスへと降りてくるだろう。


「……そ、それじゃあ」


「……うん」


 さすがに手を繋いだまま固まっているのを他人に見られるのは恥ずかしすぎる。

 それを合図として二人は多大な名残惜しさを感じながらも手を離し、それぞれ登校を開始した。

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