第173話 デート翌日の朝② ~指に付着したチーズの対処法は?~
「た、ただいま……。え、えっと、おはよう、怜……」
「お、おう。お、おかえり……。おはよう、桜彩……」
朝、いつもよりも少しだけ遅い時間に怜の部屋を訪れた桜彩。
恒例となっている『ただいま』と『おかえり』の挨拶と朝の『おはよう』を言い合う。
もっとも二人共昨日のデートについて意識している為にいつもよりもぎこちない。
二人の視線がお互いの胸元へと向く。
そこには昨日お互いに送り合ったネックレスがキラリと光っていた。
それを見て二人共心臓がドクンと跳ねる。
これまでには感じたことのない初めての気持ち。
家族や親友と言った身近な相手にすら感じることがなかった特別な感情。
その気持ちの名前は今の二人には分からないが――
「さ、さっそくだけど朝ご飯作っていくか」
「う、うん、そうだね」
まだお互いに照れながら、それでいてチラチラと相手の胸元のネックレスへと視線を送りながら、二人は朝食の支度を開始した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
最初こそぎくしゃくしていた二人だが、朝食を作り終えてテーブルに座るころにはいつもの通り、とまではいかないもののある程度自然な感じには戻っていた。
今日の朝食は自家製ドレッシングのサラダとコーヒー。
そしてメインはたっぷりの玉ねぎ、コーン、ピーマン、ウインナーソーセージ、そしてチーズが載ったピザトースト。
熱々のそれが二人の目の前に置かれた皿の上でこれでもかというくらいにその存在を主張している。
「わぁっ! 美味しそう!」
初めて作るピザトーストに桜彩が目を輝かせる。
そんな桜彩を見て『やっぱり食うルだよな』なんてことを思う怜。
当然口には出さないが。
「それじゃあいただきます」
「うん。いただきます」
二人揃って手を合わせて早速桜彩がピザトーストを口に運ぶ。
「んーっ!」
桜彩がトーストの端から一口食べるとその顔が幸せいっぱいに包まれる。
そして口から残りのピザトーストを離すとその口元からチーズが伸びて、桜彩の可愛らしい唇とトーストの間にチーズの橋が架かる。
カテナリー曲線を描いたその橋を切る為にピザトーストを持った手を更に遠くへと伸ばして遠ざけるのだが、大量に盛られたチーズはその程度で切れるほど甘くはない。
「
口元からチーズを伸ばした桜彩が困ったような瞳で目の前に座る怜へと助けを求める。
そんな桜彩を見て、自分だけに見せてくれるそんな少し抜けた姿も可愛らしいな、と思ってしまう怜。
「ははっ。記念に写真でも撮っておくか」
「んーっ!!」
チーズの橋を架けたまま、桜彩が顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を横に振る。
その仕草が更に輪をかけて可愛らしい。
なんだか小動物を愛でているような感覚になってくる。
「
「ははっ、冗談だって」
いや半分くらいは冗談ではなく本気だったのだがそれを言うことはしない。
少しばかり涙目になりながら睨んでくる桜彩にそろそろ本気で何とかしようと怜が手を伸ばし、桜彩の口とトーストとの間に掛かっているチーズの橋を手に取ってそれを切る。
「むーっ! 怜、ひどいなあ」
ムグムグと口を動かして口内のトーストを胃腸へと送り込んだ桜彩が怜にジト目を向けながら抗議の言葉を口にする。
「いや、写真は撮ってないし」
「でも、私が困ってるのを見て笑ってたよね」
「んー、まあ……」
それに関しては事実なので頷くしかない。
しかし怜にも言い分はある。
「だってさ、チーズを口から伸ばして困ってる桜彩もなんだか可愛かったから」
「えっ……か、可愛いって」
これまでであれば恥ずかしくて思ってはいても出てこなかった言葉。
しかし昨日のデートから、まだ恥ずかしさはあるもののあまり隠さずに素直に言葉に出すようにしている。
「ってそんな言葉で騙されないんだから!」
怜の言葉に恥ずかしそうにプイッとそっぽを向く桜彩。
とはいえその横顔が赤くなっているのは怜の気のせいではないだろう。
もっとも怜としては騙すつもりなどはなかったのだが。
「あっ」
「どうした?」
横目で怜の方を見た桜彩があるものを捉える。
怜の指には先ほど切ったチーズが少しばかり付着していた。
「ああ、これか」
桜彩の視線の先にある自分の指を見て、桜彩が何を気にしているのかが分かる。
このままにしておくわけにもいかないのでそれを食べよう、と思ったらそれよりも早く桜彩の手が怜の手を掴む。
そして
「あむっ」
「えっ?」
怜が反応するより先に、桜彩の口が怜の指を舐める。
そして怜の指からチーズを舐めとると照れたように手を離す。
「あの、ね……。バーベキューの時もそうだったけどさ、その……なんだかやってみたかったなって」
顔を真っ赤にしながらそう説明する桜彩。
「あ、ああ……」
バーベキューの時、怜の指に付着したチョコレートを桜彩が舐めて取ったことを思い出す。
それを見た陸翔と蕾華の口車に乗せられて、その後も怜と桜彩はお互いの指に付着したチョコレートを舐め取ることとなった。
「ってゴメン! その、変な事言っちゃって……」
とそこで正気に戻った桜彩が慌てて頭を下げて謝ってくる。
「あ、別に俺も嫌だってわけじゃなくて……」
「う、うん……」
何と言っていいか分からずに手が止まる二人。
「た、食べるか!」
「そ、そうだね!」
少しばかり大きな声を出して、再びピザトーストを食べようとする。
怜がピザトーストを口に含もうとしたところで、桜彩がじっと見てくることに気が付いた。
一度ピザトーストを皿へと戻し聞いてみる。
「どうかしたのか?」
「ううん、別に。ただ怜が食べるのを見てようかな、と思って」
それにしては視線に圧を感じる。
(……これはまさかあれか? 俺もチーズに苦戦しろとそういうことか?)
桜彩としては自分だけがひどい目に遭ったのは嫌なのだろう。
怜にも同様の目に遭ってほしいという思いが感じられる。
(さて、どうするかな……)
怜としてはそのままチーズを嚙みちぎるかそれとも桜彩のように思いきり伸ばすかどちらの選択肢を取るのか悩ましいところだ。
しかし対面の桜彩から軽く睨むような、それでいて少しばかり期待するような視線を向けられて、まあしょうがないかと諦める。
そしてピザトーストを一口齧ると、桜彩と同じように口とトーストの間にチーズの橋が架けられた。
「ふふっ。怜も同じだね」
「……
「なんて言ってるか分かりませーん!」
怜も自分と同じ目に遭ったことを嬉しそうに喜ぶ桜彩。
もちろん怜がわざとやってくれていることにも気付いているが。
「それじゃあ怜。今度は私が切ってあげるね」
そう言って桜彩が怜のチーズへと手を伸ばしてそれを切る。
それを確認して怜も口の中のピザトーストを飲み込んだ。
「桜彩、絶対に分かってたろ」
「ふふっ。分からないなあ」
絶対に分かっているであろう笑みを浮かべて怜の抗議を受け流す桜彩。
そして今しがたチーズを切った指を怜に向けて
「え、えっとね……。怜、私の指、今のでチーズが付いちゃったんだ……」
そう言いながら手を差し出してくる。
となれば怜の取る選択肢は一つだけ。
差し出された桜彩の手を取って、顔を赤くしてチーズの付いた指を口に含む。
「あむっ……と、取れたぞ……」
「う、うん。ありがとね……」
照れながらも嬉しそうに、恥ずかしそうに微笑む桜彩。
そして同様に顔を赤くしながらも笑みを浮かべる怜。
やはり昨日のデートを境にして、二人共これまで遠慮や我慢をしていた一線を少しばかり越えた気がした。
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