第170話 エピローグ④ ~怜座と桜彩座 そして――~

 しばらく二人で夜空の星を辿りながら星座を作りあげていく。


「出来た――なんだと思う?」


「私も出来たよ。なーんだ?」


 星座を完成させた二人がお互いの方へと顔を向ける。

 そしてクスッと笑い合ってお互いの作った星座の形を頭の中で思い描く。

 しばしの間、頭の中に出来上がったシルエットを無言で考え込む二人。

 だがいくら考えても正解を思いつくことが出来ない。

 しかしそれも当然だろう。

 この星座を作った本人達でさえ、シルエットだけで正解を当てられる気はまるでしない。


「うーん、分からないなあ」


「私も分からないよ。ねえ、ヒント貰える?」


 お互いにギブアップして隣を見ると、相手も自分の方を見つめてくる。

 そして再びお互いに笑い合って


「ヒントか。うーん、それじゃあ……俺にとって凄く身近ってところかな?」


「怜にとって身近?」


 これは怜にとってとても身近な存在を現した特別な星座だ。


「ああ。そうだ、桜彩もヒントをくれよ」


「えっとね……私にとって凄く身近ってところかな?」


 すると桜彩からも怜と同じヒントが返ってくる。


「桜彩にとって身近ってこと?」


「うん」


 思いがけずに被ったヒント。

 しかしこれは本当に偶然被っただけなのだろうか。

 怜も桜彩も頭の中で自分が出した星座の答えを思い浮かべる。

 二人のヒントが共通しているということは、相手の出した問題の答えは――


「えっと……桜彩の作った星座、何か分かったかも……」


「うん……私も怜の作った星座が何か分かったかもしれない……」


 お互いが恥ずかしそうに少し俯きながらそう口にする。

 もしこれの答えが外れていたら恥ずかしいことこの上ない。

 しかし二人共、それが正答であることをなんとなくではあるが確信していた。


「そ、それじゃあ言うぞ……」


「うん……。私も言うね……」


「そ、それじゃあ同時に言おうか……」


「そ、そうだね。同時に言おう…………せーのっ」


 そして二人は相手の顔をしっかりと見つめながらその答えを口にする。


「怜座……」


「桜彩座……」


「……………………」


「……………………」


「えっと……当たったか……?」


「うん……当たったよ……。その、私の答えは……?」


「当たり……」


「そ、そっか……」


「ああ……」


 怜が作った星座は『桜彩座』、桜彩が作った星座は『怜座』。

 二人が作った星座は何の偶然かお互いの星座だった。

 その事実に嬉しく、恥ずかしく、むず痒く、様々な感情が胸の内へと浮かび上がる。

 二人共今日は何度も顔を真っ赤にしていたが、それでも今が今日一番の顔の赤さだと確信する。

 慌てて自分の顔を片手で覆う二人。

 しかしそれでももう片方の手はしっかりと握られている為に完全に顔を隠すことは出来ない。

 指の隙間から相手の方をちらりと見ると、相手の顔が真っ赤に染まっていることが見てとれる。


「は、恥ずかしいな……」


「そ、そうだね……」


「そっか、怜座、か……」


「う、うん……。怜も桜彩座を作ってくれたんだよね……」


「ああ……」


 そして二人は顔を隠す手をどけて、空を見上げてお互いの作った『怜座』と『桜彩座』を見上げる。

 先ほどまではまるでそうは見えなかったのに、今は並んで夜空に浮かぶその星座が本当にお互いの顔に見えてくる。


「えっと……あれとあれとあれで――怜座の完成だな。良し、覚えた。これからは夜空を見上げた時に怜座を探そう」


「えっ……ちょ、ちょっと待って! あ、あの……それ、すっごく恥ずかしいよぅ……。あの、怜、忘れてくれない……?」


 潤むような目と表情で怜を見上げる桜彩。

 これまでであればそれに流されたかもしれないが、今、この時だけはそのお願いにしっかりと首を横に振る。


「嫌だ。忘れない」


 しっかりと桜彩の目を見返した怜はそう宣言する。


「うぅ……。そんなに私に意地悪するなんて……」


 怜の返答に拗ねて泣きそうな顔になる桜彩。


「いや、意地悪とかじゃなくてな。前から桜彩が言ってるだろ? 二人の思い出を忘れるなんて嫌だって。だからさ、俺だって恥ずかしいけどこれも二人の大切な思い出だから。だからちゃんと覚えておきたいんだ」


「怜……。うん、そうだね。これも私たち二人の大切な思い出だもんね。それじゃあ私もこれから夜空を見上げた時に桜彩座を探すね」


 にっこりと笑ってそう宣言する桜彩に対して恥ずかしくなりながらも怜は頷きを返す。


「ああ。それに怜座も桜彩座も隣同士だからさ。すぐに二つとも見つけられるかもな」


「うん、そうだね。ちゃんと隣同士だよね。今の私達みたいに」


 そう言って握り合った手に自然と二人の視線が向く。

 現実の二人も夜空に浮かぶ二人もしっかりと隣り合って。


「そうだな。昨日までにも何度か桜彩と手を繋ぐことはあったけどさ。でも、今日みたいに理由がなくても手を繋ぎたいって思うし、繋いでいるとやっぱり幸せな気持ちになってくる」


「うん、私もだよ。こうやって二人で手を繋ぐことがこんなにも幸せだなんて思わなかった」


 ドクン――


 大きな波が二人の胸を打つ。

 それは二人にとってこれまでには感じたことのない未知の感覚。

 思わず空いた手を自分の胸に当ててしまう。

 手のひらに伝わってくるのはいつもよりも遥かに早く刻まれる心臓の鼓動。


(なんだ……? これ…………)


(なに……? 今の…………)


 頭の中で今の感覚の正体を探ってみるが、答えがまるで思いつかない。

 分かるのは、その正体が今手を繋いでいる相手と関係があることくらいだ。

 その為二人は手を繋いだままお互いの顔を見つめ合う。


「…………………………………………」


「…………………………………………」


 言葉が出てこない。

 目の前にいる相手とは、今ではお互いがいないことなど考えられないほど毎日顔を合わせている。

 見慣れたはずのその顔が、今この時だけは見ているだけで心臓の鼓動を早くしていく。

 でも、それは決して嫌な感じではなく、胸に温かさが広がっていき――


「…………………………………………ははは」


「…………………………………………クスッ」


 顔を合わせたまま思わず口から笑みが零れる。

 そしてまた揃って夜空を見上げる。

 二人の為だけの幸せな時間。

 頭上に広がる夜空は時間を忘れるほどに美しく。


 この――気持ちの答えは――今はまだ分からない。

 でも――今はその答えが分からなくとも、この隣に立つ大切な相手と手を繋いだままもう少しだけこの広い星空を眺めていたい。

 それだけははっきりと分かっていた。


【後書き】

第三章はまだ続きます

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