第168話 エピローグ② ~二人にとっての北極星~

 夜空を見ながら話に花を咲かせる二人。

 夜空を指しながら怜が桜彩へと空に浮かぶ星座の説明をしていく。


「――で、あれがこぐま座だな」


「ってことはあの尻尾の星が北極星だよね?」


「ああ。現在の北極星のポラリス。そしてエライ、アルフィルク、アルデラミン、デネブって大体二千年周期で変わっていくな」


 北の空に浮かぶ星を指差す桜彩に怜も頷いて答える。


「そっか。でもさ、私にとっての北極星はポラリスじゃなくて怜なんだよ」


「えっ?」


 桜彩の言葉に驚く怜。

 そんな怜に対して桜彩は少し顔を赤くして、照れながらもゆっくりと語り掛ける。


「北極星は人を導く為の目印、でしょ? 私にとってはさ、正に怜がそうなんだ。何も出来なかった私を導いてくれた」


「う…………」


「ふふっ。だからさ、私にとっての北極星は怜なんだよ」


「そっか。……それは、光栄、だな…………」


「うん」


 照れて視線を外して頬を掻く怜に桜彩はにっこりと笑いかける。

 そして怜もそんな桜彩の方へと向き直り口を開く。


「だったら俺の北極星も桜彩ってことだな」


「え?」


 予想もしなかった怜の言葉に驚く桜彩。


「だってそうだろ? 俺も桜彩に導いてもらったしな」


「え? で、でも……むしろ怜にとっての北極星は陸翔さんや蕾華さんの方が近いんじゃ……」


 怜が一番苦しんでいた時に支えてくれた親友二人。

 あの二人こそが怜に救いを教えてくれた北極星のような存在ではないのか。

 そんな桜彩の言葉に怜はゆっくりと頷く。


「ああ。それも合ってるよ。八年前、俺はあの二人に救われた。あの二人が道を示してくれた。だから俺は完全な人間不信に陥ることにならず、再び普通の生活を手にすることが出来た」


「じゃあ……」


 しかし怜は首を振って桜彩の言葉を遮る。


「でもさ、今は違う。さっき言ったように北極星ってのは時代とともに移り変わっていく。ポラリス、エライ、アルフィルク、アルデラミン、デネブ。そしてポラリスの前にはコカブ、その前はトゥバン、そしてその前はエダシクってそれぞれ別の北極星の時代があった」


「うん……」


 旅人を導く北極星。

 それはいつの時代にも存在するが、その存在は時により移り変わっていく。


「俺にとって八年前の北極星は間違いなく陸翔と蕾華の二人だった。でもさ、今空に浮かぶ北極星がコカブからポラリスへと変わったように、俺にとっての北極星も変わっていったんだ」


 かつて倒れていた怜を立たせて歩き出させてくれたのは陸翔と蕾華。

 そして今新しい道を見せてくれたのは間違いなく桜彩だ。


「だからさ、俺にとって陸翔と蕾華の二人がひとつ前の北極星のコカブ。そして今の北極星のポラリスが桜彩なんだよ」


「怜…………。そっか、そうなんだ」


「ああ」


「ふふっ。お互いがお互いの北極星ってことだね」


「ああ。お互いがいなきゃ前に進めなかったからな」


 二人が抱えていた大きなトラウマ。

 動物に触れない怜がそれを克服したのは桜彩のおかげだ。

 絵を描けなかった桜彩が再び絵を描くことが出来たのは怜のおかげだ。

 お互いがお互いを導いてくれた。


「それじゃあ怜。これからも私の北極星でいてね」


「ああ。桜彩も俺の北極星でいてくれよな」


「うんっ!」


 そのまま二人並んで夜空を眺める。


「――であれが北斗七星だな」


「うん。分かるよ――あっ!」


「あっ!」


 夜空を指していた怜の右手。

 それを下げた時、偶然桜彩の左手へと当たってしまう。


「え、えっと……」


「う、うん……」


 二人の視線が当たった手の方へと移る。


「そ、そういえばさ、プラネタリウムでも当たっちゃったね……」


「そ、そうだな……」


 二人で横になって並んでいる時に偶然触れた手と手。

 あの時はそれから――


「な、なあ、桜彩……」


「ね、ねえ、怜……」


「えっ!?」


「えっ!?」


 二人同時に言葉を発してお互いに驚いてしまう。


「え、えっと、どうかしたのか……!?」


「う、ううん! れ、怜こそどうかしたの……!?」


「え、えっと、その……」


「う、ううんと……えっと……」


 お互いにしどろもどろになってしまい言葉が上手く話せない。

 いったん視線を外して深呼吸する二人。

 そして再度向き直って


「そ、それじゃあさ、せーの、で同時に言わないか?」


「う、うん。ど、同時に言おっか。それじゃあせーのっ!」


 桜彩の合図で二人同時に口を開く。


「「手を繋いでも良い……?」」


 お互い欲求を口に出しあう。

 奇しくも二人の口にした言葉は同じ言葉だった。

 いや、奇しくもというのはおかしい、この場合はむしろ必然か。


「え、えっと……ぷ、プラネタリウムの時もそうだったけど、その、理由は無いんだけど、桜彩と手を繋ぎたいなって……」


「え、えっと……ぷ、プラネタリウムの時みたいに、その、理由は無いんだけど、怜と手を繋ぎたいなって……」


 あの時、初めて『手を繋ぎたい』というそれ自体を理由として手を繋いだ。

 その欲求は今も治まることはない。


「そ、それじゃあ……」


「う、うん……」


 ゆっくりと怜が手を差し出すと、それを桜彩が握り締める。


「ふふっ。怜の手、温かい。それにやっぱり優しさが伝わってくる」


「それは桜彩も一緒だって。桜彩の手も温かいし、優しさが伝わってくる」


「そ、そっか……そうなんだ……」


「あ、ああ……」


 お互いに繋がれた手に視線が向く。

 これまでに何度か繋いだ手。

 何の理由もなく、繋ぎたいという欲求だけで繋がれた手。


「ふふっ。こうしてるとなんだか幸せだなぁ」


「ああ。俺も幸せだ。ずっとこうしていたい」


「うん。私も」


 そして二人はお互いに繋いだ手の感触を感じながら、再び夜空へと視線を移した。




【後書き】

第三章はまだ続きます

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