第167話 エピローグ① ~高台で星を~
「うぅ……恥ずかしかったよぅ……」
「か、完全に周囲のことを忘れてたよな……」
「う、うん……」
ひとしきりじゃれ合った後、周囲の視線に気が付いた二人は逃げるようにショッピングモールを後にする。
時刻を確認するともう二十時過ぎ。
長かった連休も終わり、明日からは再び学園が始まる。
「でも、とっても楽しかったな」
「うん。私も本当に楽しかったよ」
「……それじゃあそろそろ帰るか」
「……うん。帰ろっか」
この楽しい時間がいつまでも続けば良い。
怜も桜彩も本心からそう思っているのだが、現実は無常だ。
多大な名残惜しさを感じながら、二人は駅へと足を向ける。
明日から平日ということもあり、駅構内も電車の中もそんなに混んではいなかった。
帰りの電車で二人横並びに座って、スマホの写真を覗き込む。
そこに写る全てが二人にとって大切な思い出だ。
ガタゴトと揺れる振動やレールの音が、どこか遠い世界のようにも思える。
そしてアパートの最寄り駅で電車から降り、駅から出る。
「……後はバスだな」
「……うん、そうだね」
バスに乗ればアパートの側のバス停まではすぐに辿り着く。
そしてそれは今日のデートの終わりを告げるということで。
「…………私、まだ帰りたくないな」
少し寂しそうに怜を見上げた桜彩の口からそんな言葉が漏れる。
その言葉を聞いて怜の心臓が一度ドキッと大きく跳ねる。
(お、落ち着け! 桜彩はそういう意味で言っているんじゃないからな!)
桜彩の言う『まだ帰りたくない』というのは言葉通りの意味であり、『終電無くなっちゃったね』とかそういった隠語などでは決してないことは怜も理解している。
そんな葛藤がバレないように一度深呼吸して心を落ち着けて桜彩へと向き直る怜。
「そうだな。もっと桜彩とデートしていたいけど」
「うん……。でも帰らなきゃね……」
もちろん怜もまだ帰りたくはない。
そのまましばしの間、二人で見つめ合っているとやがてアパートの側へと向かうバスが到着した。
「……行こっか」
「……ああ」
寂しさを振り切るようにバスの方を向いた桜彩に怜も同意する。
そして桜彩がその一歩目を踏み出したところで
「……えっ?」
怜の右手が桜彩の左手を掴んでいた。
桜彩が怜の方を振り向くと、何とも言えない表情で自分の方を怜が見ている。
そんな怜の姿を見た桜彩もなんとも言えない表情で怜の顔へと視線を送る。
そのまま二人で見つめ合っていると、二人を置いてバスが発進した。
「……あの、怜、どうしたの?」
戸惑いながら桜彩が怜へと問いかける。
その言葉で怜も我に返って慌てたような表情へと変化する。
「…‥あっ、いや、その…………」
気が付いたら桜彩の手を掴んでいた。
バスに乗ったらデートが終わってしまう。
そう思ったらバスに乗ろうとする桜彩を無意識の内に引き留めてしまった。
「…………」
「…………」
「あの…………」
「うん…………」
「その、歩いて、帰らないか……?」
普段だったら絶対に言わない怜の言葉。
今日一日、目一杯デートを楽しんだ。
当然ながらその代償として疲労も蓄積しているだろう。
日頃から鍛えている怜としてはそれほどでもないが、いくら運動が得意とはいえ桜彩には辛いかもしれない。
しかしそんな怜の言葉に桜彩はにっこりと微笑を返す。
「うん……。一緒に歩いて帰ろう」
その言葉に怜は少なからず驚いてしまう。
「良いのか? 言っといてなんだが疲れてないのか?」
「うん。言ったでしょ? 私もまだ帰りたくないって。少しでも長く怜と一緒にいたいから。少しでも長く怜とのデートを楽しみたいから」
少しばかり頬を赤らめて、それでいて笑顔を保ったまま怜へと告げる桜彩。
その言葉に怜の顔も赤くなっていく。
「桜彩……。ありがと」
「ふふっ。それじゃあ帰ろっか」
「ああ、帰ろう」
そして二人はアパートへの道のりをゆっくりと歩き出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「今日は本当に楽しかったなあ」
「俺もだ。色々とあったよな」
もう何度目か分からないデートの振り返り。
しかし怜も桜彩も決して飽きることなく今日のデートについて振り返る。
そして話題は二人一緒に横になりながら鑑賞したプラネタリウムへと移行する。
「プラネタリウム、凄かったなあ」
その桜彩の言葉に怜が少し考えこむ。
「……桜彩。バスが徒歩になったところで悪いんだけどさ、後一箇所寄り道しても良いか?」
「寄り道?」
怜の言葉に桜彩が不思議そうな顔をして問い返す。
「ああ。そんなに時間はとらせないと思うから」
「うん。あ、別に時間が掛かっても構わないよ」
「ははっ。そうはいかないだろ。明日は学校があるんだしさ」
「まあそうだけどさ。でも、私は怜が行きたい所に付いて行きたいな」
「ありがと。まあ近場だから」
「うん。どこに行くの?」
「まあ行けば分かるさ。期待されても困るけど」
そう言って苦笑する怜につられて桜彩もクスッと笑みをこぼす。
「それじゃあ行こう。エスコートよろしくね」
「ああ。それじゃあ付いて来てくれ」
そして怜と桜彩は本日のデートの最後の場所へと歩いて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…………ここ?」
「ああ」
二人が訪れたのは近所の高台。
まだ五月上旬の夜風は少しばかり冷たく感じる。
直前に自動販売機で購入した温かい紅茶を桜彩へと差し出して、怜は上を、空を指差す。
「ほら」
「わあ……」
「雲も無いから星が良く見えるだろ?」
怜の指差す先、そこには星空が広がっていた。
プラネタリウムで観た物とはまた違う、天然の星空。
夜空というスクリーンに散りばめられたいくつもの煌めき。
桜彩の目が釘付けになる。
星が降って来る、とは今この時の為にある表現なのかもしれない。
そんなことを思う。
「凄い……綺麗……」
満天の星空。
その光景を見た桜彩の口から無意識の内に言葉が漏れる。
「これを見せたかったんだね」
「ああ。プラネタリウムの話が出た時にふと思い出したんだ。昔、一時期天文にはまってたことがあって、ここで良く星空を見てたんだ」
「そうなんだ。あ、あれって天の川?」
桜彩の指差した先、地平線の少し上に、夜空を横切るように存在する雲状の光の帯が掛かっている。
「ああ。実は七夕以外の季節でも見れるんだよな」
「そうなんだ。七夕のイメージが強いから夏にしか見られないと思ってたよ」
「まあ確かにな。あんまり天文に興味ない人からすればそうだよな」
そのまま二人で紅茶を飲みながら夜空を見上げる。
「天の川と言えば織姫と彦星だよね」
「ああ。二人が出会ってから仕事をサボって遊んでばかり。神様が怒って二人を引き離して、心を入れ替えたら年に一度だけ、天の川を渡って二人を会わせてあげるって話だな」
「うん。さっきプラネタリウムでやってたね」
プラネタリウムの特別プログラム――神話の神々の恋物語。
オリオンとアルテミスから始まったそれは、各地にまつわる恋物語。
その中には織姫と彦星の物語もあった。
「でもなんだか私達みたいだよね。私と怜が出会ってからずっと一緒に遊んるでしょ?」
その言葉にこれまでの二人の出来事を思い返す。
出会いから再会。
そしてすぐに仲良くなった。
そして楽しい思い出を積み重ねていった。
たった一か月でもうお互いがかけがえのない相手となっている。
「そうかもな。でもさ、別に俺も桜彩も遊んでばかりってわけじゃないだろ? やることはちゃんとやってる。それこそ織姫と彦星だったらこの前の紙芝居なんてほったらかして遊び続けてたんじゃないのか?」
神話では織姫は機織りの仕事をサボり、彦星も牛飼いの仕事をサボり皆に迷惑を掛けた。
しかし怜も桜彩も楽しさにかまけて周囲に迷惑を掛けることはしていない。
あの時、紙芝居のデータを失って困った時に、ちゃんと自分達に出来る事に取り組んだ。
「ふふっ、そうかもね。だったら私達が神様に怒られて引き離されることもなさそうだよね」
そう言ってクスッと笑う桜彩。
そして二人は一度夜空から視線を外してお互いに見つめ合う。
「ああ。ずっと一緒だな」
「うん。ずっと一緒だね」
【後書き】
第三章はまだ続きます。
次回更新は月曜日を予定しています。
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