第164話 少しばかり贅沢な夕食③ ~スイーツタイム突入~
「美味しーいっ!」
「ホントに美味しいな」
ついに二人のメインであるスイーツビュッフェタイムに突入して早十分。
二人の目の前にある皿の上には大量のスイーツが載っていた。
普段からスイーツを食べる二人だが、この量はいつものそれを遥かに超えている。
イチゴのタルトにティラミス、カボチャのパンナコッタに紅茶のシフォンケーキ等々。
ビュッフェスタイルということで一つ一つの大きさはリュミエール等で売っているものと比べれば小ぶりだが、それでも数を集めれば相当なものだ。
時折カップから湯気を立てているお茶へと手を伸ばしながら、二人はどんどんスイーツを食べていく。
普段の怜は栄養のバランスを考えて食事を作っているし、食後のデザートについても同様だ。
しかしまあ今日はデートということで羽目を外す良い機会だ。
こんな時にそんなことを考えるのは無粋だろう。
そんなわけで怜も桜彩も栄養バランスとか翌日の体重計とかそんなことは意識の外に追いやって目の前のスイーツに集中する。
しかも二人共今日はこれまでにかなりの量を食べている。
昼食は多めに作った怜特製のお弁当。
その後はショッピングモールでスイーツの食べ歩き。
そして直前には前菜のビュッフェとメインディッシュを食べたばかり。
にも拘らず二人は甘い物は別腹だとでも言わんばかりにどんどんスイーツをお腹へと納めていく。
いくらお茶があろうとも、普通の男性、いや、女性であっても胸やけを起こしてしまいそうなほどの量なのだが二人にとってはそんなことは全くない。
幸せそうな笑顔のまま次のスイーツを口へと運び続ける。
「美味しい! 美味しいね!」
「ああ! これならいくらでも食べられそうだな!」
この店専属パティシエの自信作という看板に偽りはない。
普段からリュミエールにて光の作るスイーツを食べ慣れている怜でさえも本当にそう思えるほどの味だ。
「ふふっ。もうお皿が空になっちゃったね」
目の前に置かれた空皿を見て桜彩が笑う。
たくさんの種類を一度に盛って来たのだが、それらは全てお腹の中だ。
もちろん怜の前に置かれた皿の上にも載っている物は何もない。
「それじゃあ第二弾、行くか」
「うんっ! 今度は何を食べようかなあ」
そして二人は再びスイーツコーナーへと足を向けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから二人は何度も席とスイーツコーナーを往復した。
当然ながらその回数に比例して、二人のテーブルの上に積まれる皿の枚数は増えていく。
(本当に美味しそうに食べるよな)
目の前のスイーツへとフォークを伸ばしながらそんなことを考える怜。
「桜彩」
「え?」
ふいに名前を呼ばれた桜彩がフォークを持ったまま怜の方を見る。
フォークを口に入れたままその言葉に反射的に怜の方を向いた桜彩に対して怜が自らのスマホを向ける。
パシャッ
シャッター音と向けられたスマホを見て、今何をされたのかを理解した桜彩の顔が一瞬で顔を赤く染まった。
「あっ、ちょ、ちょっと怜!」
「ははっ」
「ははっ、じゃないよ、いきなり」
口からフォークを抜いて、口をすぼませて拗ねたように抗議する桜彩。
まあ怜に写真を撮られるのも悪い気はしない。
(でも、いきなりだったし……。私、変な顔してなかったよね……)
とっさのことだったので今自分がどんな顔をしていたのか分からない。
そんな桜彩に怜がスマホを差し出して
「はい、桜彩」
「あ……」
そこに写っていたのは幸せそうにスイーツを食べる自分の姿だった。
悪い想像のように変顔をしていたわけではない。
(それはそれで良かったけど、怜にはもっと可愛いところとかそういうのを撮ってほしかったなあ……)
そこが少しばかり残念だ。
「むぅ…………えいっ!」
パシャッ
仕返しに怜にバレないようにテーブルの下でスマホのカメラを起動して即座に怜の方へと向ける。
プラネタリウムの時とは違い、今度は怜も反応出来ずに驚いたような表情でカメラに収まってしまった。
それを見て桜彩が嬉しそうに微笑む。
「やった。仕返し成功!」
「む……今度はやられたな」
「ふふっ。プラネタリウムの時のようにはいかなかったね」
勝ち誇った桜彩がスマホの画面を怜に見せる。
怜としてもカメラに表示されている自分の写真は別に変というわけではないのだが、とはいえそれはそれでなんだか微妙な顔をしている。
「それじゃあこの写真も怜に送るね」
「ああ。俺が撮ったのも桜彩に送るよ」
そう言って互いの写真を送り合う二人。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
三度目のスイーツコーナーからの帰り道、怜と桜彩は談笑しながら席へと歩いて行く。
「お待たせしましたー。こちらタイムセールのアップルパイです」
手に持った皿をスイーツでいっぱいにしながら席へと戻る二人の耳にそんな声が聞こえてきた。
後ろを振り向くと、ちょうどアップルパイの載ったトレーがビュッフェコーナーへと運ばれてきたところだ。
「こちら、アイスクリームをトッピングして頂くとより美味しく召し上がれます」
スイーツコーナーの一角にあるアイスクリームコーナーを手で指しながらそう説明する店員。
それを聞いた怜と桜彩が顔を見合わせて頷き合う。
「タイムセールだって! 怜、取ったばっかりだけどもう一度行こうか」
「そうだな。アップルパイも楽しみだ」
「うんっ。それじゃあ怜、早く早く!」
走って、というわけでもないが早歩きで席へと戻ろうとする桜彩。
既に今の声を聞いた他の客がアップルパイを目指して動き始めている。
手に持った皿を一度席へと置きに戻らなければならない分、怜と桜彩は大幅に出遅れる形となってしまった。
桜彩の言葉に怜も早歩きで席へと戻りスイーツの載った皿を置く。
そして桜彩と共にアップルパイを目指して再びスイーツコーナーへと戻って行く。
だが二人がそこに到着した時には、既に列が形成されていた。
「うー……大丈夫かな……」
「どうだろうな。結構前に人いるし、見た感じアップルパイもそんなに数が用意されてるみたいじゃなかったし……」
列の先を心配そうな目でチラチラと眺める桜彩。
ちょうど二人の横をアップルパイを手にした女性客が通って行き、皿の上から漂うその香りにより桜彩の顔が険しくなる。
「アップルパイ、食べたいなぁ……」
「まあ、タイムセールって言ってたし、最悪また提供されるとは思うけど」
「うん……」
と言ったところで再び提供される保証はない。
それにこのビュッフェは時間無制限というわけではないので、提供された時にはもう退店時刻となっていることも充分にありえる。
「まあ、この感じなら多分なんとか取れるんじゃないか?」
「う、うん、そうだよね」
先ほど提供されたアップルパイの数はそれほど多くはなかったのだが、それでも今列に並んでいる人の数よりは多かったように思える。
しかし次の瞬間、そんな楽観的な希望を打ち砕くような光景が二人の目に映る。
「あ……」
そう小さく呟いた桜彩の視線の先では、列の先頭の女性がアップルパイを三つほど皿に載せていた。
確かにこれは一人一つと決まっているわけではなく、その女性の行動には何の問題もない。
もちろん怜も桜彩もそのことを分かっているし、心の中でも非難する気など全くない。
しかしそうなると当初の計算と違って自分達の番が来た時には既にトレーの上のアップルパイは全て無くなっている可能性も充分にある。
「だ、大丈夫かな……」
「た、多分……」
心配そうに、そして祈るように列の先頭を見る二人。
そんな二人をあざ笑うかのように、次の客も一人で複数のアップルパイを皿へと載せていた。
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