第163話 少しばかり贅沢な夕食② ~はい、あーん(n回目)~
ビュッフェコーナーから取ってきたサラダやサンドイッチ。
それらに二人で舌鼓を打つ。
「あっ、これ美味しい」
アスパラのマリネの上にカットされた海老を載せた前菜を食べた桜彩が笑顔を見せる。
早速一品目から桜彩には大好評だ。
「うん、美味しいな」
怜も同じものを食べてみると、桜彩の言った通り本当に美味しい。
塩とレモンで味付けされた海老と、オリーブオイルを掛けた茹でアスパラが本当に合っている。
「これも美味しい」
「こっちのも美味しいぞ」
白ワインヴィネガーであっさりと仕立てられたキャロットラペやイワシのエスカベッシュ。
アンチョビのブルスケッタやハムとチーズを小さくカットして串に刺した物。
ビュッフェコーナーには他にも多数のアンティパストが所狭しと並んでおり、怜も桜彩も多数の種類を皿へ盛ってきた。
そしてそれら全てが本当に美味しい。
「怜、これも美味しいよ」
ズッキーニとドライトマトの入ったフリッターを食べた桜彩が嬉しそうに伝えてくる。
「それじゃあ次はそれを取りに行こうかな」
「あっ、そっか。怜はまだ持ってきてないんだね」
怜の皿の上には桜彩の言っていたフリッターは載ってはいない。
スイーツに力を入れているとはいえ、前菜の品数も多かった為全ての種類を一度に皿に盛るのは不可能だった。
「それじゃあはい。あーん」
するとまだ皿の上に載っていたフリッターの一つを桜彩が怜へと差し出してくる。
その顔は少し赤く染まっており、表情も少々ぎこちない。
しかしこれまでに回数を重ねてきたことに加えて昼食の時に二人共ある程度吹っ切れたこともあり、これまでよりは自然な感じになっている。
「良いのか? これ、桜彩が持ってきたやつだろ?」
「うん。ビュッフェなんだからまた取りに行けばいいしね。それよりも今は、私と一緒に怜にも食べて欲しいからさ」
自分が美味しいと思った物をすぐに怜にも食べてもらいたい。
それこそ怜がビュッフェ―コーナーへと取りに行く時間すら惜しむほどに。
「そっか。それじゃあ遠慮なく貰うよ。……あーん」
「あーん」
大きく口を開けた怜の口内へと桜彩がフリッターを送り込む。
そのまま怜がフォークに刺されたフリッターをパクリと咥えると、それを確認した桜彩がゆっくりとフォークを引き抜こうとする。
その際に怜の唇が桜彩の持つフォークへと触れてしまったのだが、これに関しても昼食の時にある程度吹っ切れた二人としては、多少照れは残るもののこれまでよりも動揺することはない。
「もぐ……うん、これも美味しいな」
「だよねだよねっ」
怜の言葉に桜彩もにっこりと笑って身を乗り出す。
怜が自分と同じように思ってくれたことが嬉しい。
「それじゃあ桜彩もこれをどうぞ」
今度は怜がお返しにドライトマトのテリーヌをフォークに刺して桜彩へと差し出す。
「はい、あーん」
「あーん。……美味しい!」
怜の刺し出したテリーヌを幸せそうに食べる桜彩。
そんな幸せそうな桜彩を見て、
「たまにはこういうのも作ってみても良いかもな」
「えっ、良いの?」
「こんなに種類は作れないけどな」
苦笑しながら答える怜。
このように店で出すほど多くの種類の前菜を一気に作ることはさすがに無理だ。
手間も暇も設備も足りない。
「まあ三、四品程度ならな。今度一緒に作ってみるか?」
「うん! それじゃあ機会があったら一緒に作ろっ!」
「ああ。一緒に作ろう」
「ふふっ。楽しみだなあ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふう……。やっぱりどれもこれも美味しいなあ」
「そうだな。前菜なのに食べ過ぎちゃいそうだよ」
前菜とはあくまでもメインの為に食欲をかき立てるのが本来の役割だ。
メインの前に満足するほど食べてしまっては元も子もない。
それにこの後はお待ちかねのスイーツビュッフェが待っている。
「そうだね。名残惜しいけど、今食べてる分で終わりにしよっか」
「そうだな。これで最後にしよう」
ちなみにそう言っている二人だが、この時点でもう何度も席とビュッフェコーナーを往復しているのだが。
「それじゃあ桜彩、あーん」
「あーん」
皿の上の料理を桜彩へと差し出すと、先ほどと同じように嬉しそうに口を開ける桜彩。
そしてそれを食べたところで二人の横から声が掛かった。
「お待たせいたしました。こちらサーモンのポワレと豚のグリルになります」
「わっ!」
「ひゃっ!」
いきなりのことに小さく声を上げて驚く二人。
横へと視線を向けると、二人のことを微笑ましく眺める店員が二人の頼んだ料理を持って来た所だった。
それはつまり、二人で仲良く食べさせ合っている所を完全に見られていたということで。
自分達を眺めるニコニコとした視線からそれを理解した二人が恥ずかしさから顔を真っ赤にする。
「えっと……豚のグリルが自分です……」
怜が何とか口からそれだけを絞り出すと、二人の目の前に料理が置かれる。
「それではごゆっくりどうぞ」
それだけ言って頭を下げて厨房の方へと戻る店員。
言葉だけならば普通の定型文にすぎないのだが、今の光景を見られた二人からしてみれば何か他意があるようにも感じてしまう。
今にして思えば、料理を置いた時の店員の表情がニコニコとしていたような気がしなくもない。
「…………み、見られてたよね」
「…………あ、ああ。み、見られてたな」
「うぅ…………」
「う…………」
二人共顔を覆って下を向いて俯いてしまう。
そしてゆっくりと顔を上げて周囲を見回すと、まだ自分達の席の周りに他の客はいないのが分かる。
幸か不幸か、今の光景は店員意外には見られてはいないようだ。
「た、食べるか……」
「う、うん……」
とりあえず今の光景を早く忘れる為にも、二人は目の前のメインディッシュへと取り掛かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うーん、美味しーっ!」
「こっちも美味しいぞ」
食べ始めはまだ恥ずかしさも残っていたものの、一度食べ始めればそんなものはすぐに忘れて料理を楽しむ二人。
「それじゃあ桜彩、あーん」
「あーん」
そして先ほどと同じように自分の頼んだ料理を相手へと差し出す。
「こっちも美味しいね!」
「だろ? それじゃあそっちのポワレももらえるか?」
「うんっ。はい、あーん」
「あーん……美味しいな!」
「ふふっ。良かった」
幸せそうに笑う桜彩。
つられて怜の顔にも同じように笑顔が浮かぶ。
「そう言えば怜とこうやって外食するのって珍しいよね」
「そうだな。前にこうして二人だけで外で食事をしたのは猫カフェに行った時の帰り以来か」
リュミエールでケーキを食べたり陸翔や蕾華とバーベキューをしたり桜彩の家族と鰻を食べたりということはあったのだが、こうして二人だけで外食をするのは久しぶりだ。
怜も桜彩も下手に外食するよりも自分達で作った料理の方が口に合っているのもあって、滅多なことがないと外食などしない。
実際に猫カフェに行った後のファミレスも悪くはなかったのだが、だからといってあえて外食をする理由にもならない。
「怜の味付けは美味しいからね。別に外で食べようとも思わないし」
「ありがとな。でも桜彩の腕も当初に比べて上達してるぞ」
「それは先生が良いからだよ。これからもどんどん教えてね」
「ああ、任せとけって。でもそうだな。こういったお店ならたまに来ても良いかもしれないな」
「そうだね。この前私達家族で行った洋食屋さんも美味しかったし」
先日、桜彩の家族がこちらへと来た時に怜に勧められた洋食屋の料理は本当に美味しかった。
怜本人も過去に何度か利用しており、比較的値段も抑え気味かつ味も良い。
「それじゃあ今度はそこに行くか」
「うんっ。あ、もちろん怜の作るご飯も大好きだよ」
「ははっ。そこは疑ってないって」
少し焦ったようにそう付け足す桜彩に怜もクスッと笑ってしまう。
そんな会話を楽しんでいると、いつの間にかメインディッシュの載った皿は空になっていた。
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