第155話 プラネタリウム⑤ ~カップルシートでイチャイチャと~

「あーっ!」


 怜に向けられたスマホから聞こえたシャッター音。

 それを聞いて、逆に写真を撮り返されたことに気が付く桜彩。

 頬を膨らませて変な顔をしたところ(といっても怜にとっては充分に可愛く思えるのだが)を写真に撮られてしまった。


「ほら、桜彩」


「あっ……」


 怜にスマホを見せられて、そこに写っていた自分の写真を見て桜彩が顔を赤くする。

 そこには完全に油断して変な顔をした自分の姿がばっちりと写っていた。


「ちょ、ちょっと怜!」


「甘い甘い」


「むーっ! ちょっと怜、スマホ貸して!」


 不満そうな表情のまま、慌てて桜彩が怜のスマホへと手を伸ばす。


「え、何で?」


「な、何でって! そ、その写真消すに決まってるでしょ!?」


「いや、消すって何でさ」


「な、何でって、そ、そんな恥ずかしい写真、残しておけるわけないじゃない!」


「じゃあ貸さない」


 顔を真っ赤にする桜彩にそう言ってスマホを持った手を後ろへと回して遠ざける。

 それに対して桜彩は体を目いっぱい伸ばして怜のスマホを奪おうとする。


「ほら、素直に貸して!」


「ヤダ! 絶対に消させない!」


「むーっ!! 消ーすーのーっ!!」


 桜彩が右手を怜の肩に掛けて、左手を怜が体の後ろに回した右手に持つスマホへと伸ばす。

 必然的に桜彩の体重が怜に掛かることになり、そして


「あっ!」


「わっ!」


 ふざけていた為に怜もバランスを崩してシートへと倒れ込む。

 ぽふっと柔らかな音を立ててシートが二人の体重を受け止める。

 必然的に二人で並んで横になるような体勢になる。


「……………………」


「……………………」


(さ、桜彩の顔がこんなに近くに……)


(れ、怜の顔がこんなに近くに……)


 超至近距離でで見つめ合う形になってしまう二人。

 一拍遅れて二人の顔が左右にはじけ飛び、そして再びお互いの方を向く。


「あっ、ごめん、大丈夫?」


「ああ、俺は大丈夫。桜彩は?」


「う、うん。私も大丈夫」


 起き上がって体の具合を確かめる桜彩。

 怜の方も特に問題はない。

 クッションが柔らかかったことに感謝だ。


「ほんとごめんね、怜」


「い、いや、俺の方こそごめん……」


「う、うん……」


 もとはと言えば怜がふざけていたのが原因だ。

 桜彩が責任を感じる必要は無い。

 黙り込んでしまう二人。


「そ、それでなんだけどさ、その、今の写真……」


 怜のスマホに目を向けたまま桜彩がぽそっと呟くように聞いてくる。


「あ、それなんだけど、このまま残したら駄目か?」


「えっ、ええっ?」


 怜の返事に驚く桜彩。

 しかしそんな桜彩に対して怜は言葉を続ける。


「ほら、前に桜彩が言ってくれただろ? 俺との思い出はどんなことだって忘れたくないって。これも俺と桜彩の大切な思い出だからさ。だからちゃんと残しておきたいなって。……駄目か?」


「うぅ……」


 怜の問いに恥ずかしそうに真っ赤になる桜彩。

 何か反論しようと口を開こうとするが、言葉が出てこないのか再び口を閉じてしまう。

 そして顔を両手で隠しながらぽそっと


「もぅ……そんなこと言われたら断れないじゃない」


 恥ずかしそうにしながらも弱々しく頷いた。


「ありがと、桜彩」


「もぅ……ずるいんだから……」


 そう言って恥ずかしそうに、それでいて少しばかり嬉しそうに頬を赤らめる。


(……そういう仕草も本当に可愛いんだよな)


 その可愛さも写真に残しておこうと桜彩にスマホを向ける――


「って怜! もうダメ! 絶対に!」


 そう言いながら慌ててスマホの前に両手を差し出してブロックする桜彩。


「……そういう可愛らしい所も残しておきたいんだけど」


「……か、可愛いって」


 怜の言葉に戸惑ってしまいもうどうして良いか分からない。

 驚きの表情をした赤い顔のまま、パクパクと動く口からは声にならない声が漏れている。


(も、もう……今日の怜は不意打ちばっかりだよ……)


 今日は素直に言葉を伝えようと決めた怜。

 その怜の言葉に朝からドキッとさせられっぱなしだ。


「……そ、それじゃあ最後に一回だけね」


「わ、分かった」


「た、ただし一つだけお願い! わ、私と一緒に撮ろ?」


「え?」


 桜彩のそのお願いに怜がきょとんとしてしまう。


「わ、私も怜の格好良い所を撮りたいし……。だ、だから、ね……?」


「わ、分かった……」


 そう言いつつスマホへと指を伸ばしインカメラへと変更する。

 二人並んでシートへと腰掛けて、怜の構えたカメラへと視線を送る。


「そ、それじゃあ撮るぞ! はい、チーズ」


「う、うんっ……」


 パシャッ


 そうして撮られた写真はお世辞にも笑顔とは言い難く、二人揃って照れてひきつった顔で写ってしまう。

 それを見た二人がお互いに顔を見合わせて


「……ぷっ」


「……ふふっ」


 同時に吹き出してしまう。


「俺も桜彩も変な顔しちゃったな」


「うん。でもこれも二人の大切な思い出だからね」


「そうだな。これもこれで良い思い出だな」


「うんっ」


 変に意識して作った笑顔よりも遥かに良い。


「それじゃあ桜彩に送るよ」


「うん。お願い」


 メッセージアプリで今しがた撮ったばかりの写真を桜彩へと送る。

 そしてプラネタリウムのプログラムが開始されるまで、幸せそうに顔を綻ばせながら二人で写真を眺めていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ちなみに先に述べたようにこのカップルシートとは二人で横になって鑑賞できる大型のクッションタイプのものだ。

 端的にいうと、普通の席とは違いかなり目立つ。

 加えて怜と桜彩の二人は先の入場時に多くの視線を集めたこともあって。

 そんな二人がシートの上で楽しそうに談笑したり写真を撮り合ったり一緒にシートの上に倒れたり。

 それこそもう周囲の人達は桜並木のウェルカム映像なんかよりも二人の方に注目している。

 そんな中で周囲の視線を完全に忘れていた二人は当然ながら周囲の視線は二人占めすることとなってしまった。

 唯一良かったと言えるのは、怜も桜彩も二人の世界に入りすぎてそのことに全く気が付いていないということだが。

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