第154話 プラネタリウム④ ~不意打ちで写真を~

「び、びっくりしたあ……」


「そ、そうだな……」


 扉を開けて中に入ったところでようやく一息ついた桜彩が胸を撫で下ろして壁へと背中を預ける。

 怜も桜彩同様に早まった心臓に手を当てて落ち着くように深呼吸する。


「さ、さっきの会話、全部聞かれてたってことだよね……」


「あ、ああ……。よく考えれば小声で話してたわけでもなかったよな……」


「うぅ……恥ずかしいよぅ…………」


 真っ赤になった顔を両手で覆ってしまう桜彩。

 怜も先ほどの会話を思い出し、落ち着けようと思っていた心臓が更に早く鼓動を刻む。

 いつも以上のペースでドクドクと体中に送られる血流のせいか、体温が上がっていくのが自分でも分かる。

 そんな感じで二人で壁に背を預けて固まっていると、すぐ横の入口から次の客が入って来た。

 怜と桜彩よりも少し年上の女性三人組で、チケットの番号を確認しながらプラネタリウムの中を見回している。

 するとすぐ横で固まっていた怜と桜彩へと気が付き、その視線が温かい物へと変化する。

 いや、温かいというよりは生温かいといった方が正確だろうか。

 もちろんその理由は言わずもがな、先ほどのやり取りを目にしていたからだろう。

 怜と桜彩もその視線に気が付いて、慌てて目を逸らしてしまう。

 そんな二人をさらに可愛く思ったのか、三人はきゃいきゃい言いながら楽しそうに席へと向かって行く。

 断片的に聞こえてくる会話の内容は、もちろん怜と桜彩についての事だった。


「う…………」


「うぅ…………」


 もう呻くことしか出来ない二人。

 しかしこの三人が最後の客というわけではない。

 先ほど後ろを見た時にはまだ何人も客が並んでいた。

 ということは、すぐにまた入り口から別の客が入ってくることだろう。

 つまるところ、下手をすれば今と同じ光景が繰り返されるということで。


「さ、桜彩。は、早いとこ席に向かうか……」


「う、うん……」


 怜の真意が伝わったのか、桜彩も慌てて頷く。

 幸いなことにカップルシートは席数が少なく、それでいて普通の席とは違う為にすぐに見える場所にあった。

 ただまあ逆に言えば当然二人は目立つ場所でプラネタリウムを鑑賞するということになるわけで。


「えっと……あれ、だよね……」


「そ、そうだな…………」


 先ほど券売機の所で調べたとおりのフカフカとした柔らかそうな丸く大きいマット。

 更にはぬいぐるみクッションまでもが置かれている。

 その中の一つを見て桜彩の目が輝く。


「あっ、怜、見て! ほら、猫ちゃんのクッションがあるよ!」


 速足でシートの方へと向かい、早速その猫型クッションを手に取って怜に向ける桜彩。


「本当だ。こういうのもあるんだな」


「うんっ。まさかだよね」


 そう言って猫の手足を持って楽しそうに動かす。

 そんな桜彩に向けて怜はスマホのカメラを向けて


「はい、チーズ」


「あっ……うんっ!」


 それに気が付いた桜彩が一瞬驚いた後、すぐに猫クッションを抱きかかえて写真を撮られる。

 怜もシートの所へと歩いて行き桜彩と並んでシートへと座り、今撮った写真を桜彩へと見せる。


「ふふっ。ありがとね。それじゃあ次ははい、これ」


 そう言って猫クッションを怜へと渡す桜彩。

 その意図を感じ取って怜も猫クッションを抱きかかえると桜彩が立ち上がってスマホを構える。


「はいっ、チーズ!」


「おう」


 猫の片手を上げて手を振っている感じで写真に納まる怜。

 再び隣に座った桜彩からスマホを見せてもらうと、ちゃんと笑顔を浮かべて写っている。


『それではただいまより桜のウェルカム映像を投影いたします。見渡す限りの桜に包まれて、快適ににお花見を楽しんで下さい。なおウェルカム映像の最中に限り、写真撮影はOKとなっております』


 写真を眺めているとアナウンスが響き、プラネタリウム内に桜並木の映像が映し出される。


「わぁっ……」


「綺麗……」


 二人の口から静かに言葉が漏れる。

 満開に咲き誇った桜並木。

 枝が風に揺れて花びらが宙を舞う。

 天井に映し出された光景が桃色一色に染まる。


「……凄いね」


「……ああ。昼に見た桜も良かったけど、こういうのも別の良さがあるな」


「うん。こんなお花見もあるんだね」


 一度映像から視線を外してお互いの顔を見て微笑み合う。

 そして再び視線を戻して映し出される景色を鑑賞する。

 何を言うでもなく黙って景色を眺め続ける。

 ただそれだけで胸に温かいものが広がっていく。


「あっ、そうだ。怜、これも写真撮ろっ!」


 写真撮影が許可されていたことをふと思い出した桜彩がそう言ってスマホを取り出して天井へと向ける。


「そうだな。撮るか」


 パシャッ


「あれ……?」


 シャッターを押してスマホを覗き込む桜彩だが、そこに写っていたのは想像したような光景ではなかった。

 桜並木が写っていると思って見たのだが何も写っていない。

 フラッシュで映像が消されてしまっている。


「ははっ。桜彩、フラッシュ焚いたら写らないって」


「あっ……」


 桜彩のスマホを覗き込んだ怜の指摘に恥ずかしそうに顔を赤くする桜彩。

 そんな桜彩を慰めるように怜がスマホを桜彩に向けて


「ほら、桜彩」


「えっ?」


 パシャッ


 桜の映像をバックに不意打ちで桜彩を写真に収める怜。

 いきなりのことで準備など出来ておらず桜彩が慌ててしまう。


「わっ……も、もう、撮るなら撮るって言ってよね」


 ぷくっとリスのように頬を膨らませて軽く睨む桜彩。

 そんな桜彩もやはり可愛らしく怜の口元が自然に緩んでしまう。


「ははっ、ごめんごめん。でもほら、良い感じに撮れてるぞ」


「もう……」


 それを見て毒気を抜かれたのか桜彩も仕方がないなあ、と言った感じで表情が柔らかくなる。

 そして


「それじゃあ次は怜の番だねっ」


 早口でそう言いながら素早くスマホを怜に向けて構える桜彩。

 しかし怜の反射神経はその先を行き、不意打ちで構えられたスマホに対してしっかりとカメラ目線を決めてみせる。


 パシャッ


「ああっ!」


「ははっ。残念だったな」


「むうーっ」


 先ほどの仕返しが出来ず、悔しそうに再び頬を膨らませる。


「怜の変顔を撮ってやろうって思ったのに。これじゃあいつも通り格好良い怜じゃない」


「う……あ、ありがと……」


 予想外のタイミングで格好良いと言われて照れる怜。


(ま、全く……不意打ちでそれは強すぎる……)


 その恥ずかしさをごまかすように、今度は逆に怜が素早くスマホを構えてそんな桜彩を写真に収めた。

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