第153話 プラネタリウム③ ~お客様は恋人同士でしょうか?~

『カップルシートをご利用のお客様には『恋人ですか?』との質問に『はい』と答えていただきます』


 そのまさかの注意書きを見た二人の顔が驚きに染まっていく。


(……なんでこんな所に書いてあるんだよ! そういうのは券売機の横に設置しとけよ!)


(こ、これって、い、言わなきゃダメなの……?)


 確かにカップルシートとの名前が付いているのだから、その問いには『はい』と答えられるのが当たり前かもしれない。

 しかしあくまでも怜と桜彩はただ単にこのカップルシートを使いたいから恋人のふりをしているだけにすぎない。

 実際には恋人ではない二人にとって、その問いに『はい』と答えるには勇気がいる。


(べ、別にただ『はい』って答えれば良いだけだよな……。そ、それだけでいいんだけど……。で、でも……)


(ど、どうしよう……。え、ええっと、ただ質問に『はい』って答えてその後は普通にプラネタリウムを楽しむだけなんだけど、でも……)


 単に相手の質問に『はい』と答えるだけ。

 所詮はそれだけの話であって、入場ゲートを通過した後は普通にプラネタリウムに入ればいいだけだ。

 ただそれをするのは二人にとってあまりにもハードルが高すぎる。

 困ったような顔をして怜を見上げる桜彩。


「え、ええっと……れ、怜……、ど、どうしよっか……」


「ど、どうしようって言われてもな……」


 悩んでいる間にも列はどんどん進んでいき、怜と桜彩の順番まではもうすぐだ。

 あと少しで係員の女性から『お二人は恋人ですか?』と聞かれることになるだろう。


「怜…………」


 どうしていいか分からず縋るような目で桜彩が見つめてくる。


(……そ、そうだよな! さ、さすがにここでやめるって選択肢は絶対に無いしな!)


 今すぐに入場列を抜け出してしまえばこの質問を回避することは出来る。

 しかし二人でプラネタリウム鑑賞を楽しみにしている以上、その選択肢を選ぶことは絶対に出来ないししたくない。

 迫りくるタイムリミットの中、ついに怜は覚悟を決める。


「あ、安心してくれ! お、俺が『はい』って答えるから!」


「え? い、良いの……?」


「あ、ああ。それにさ、桜彩と行った猫カフェでも同じようなことがあったろ?」


 以前に怜のトラウマを解消する為に向かった猫カフェで店員から同じような質問をされたことを思い出す。

 店員の彼氏か? との問いに『彼氏です』と答えた。

 それと大して変わらないはずだ。


「だ、だから今度も俺が答えるから」


「う、うん……」


 怜の言葉に一瞬安堵する桜彩。


(そ、そっか。怜が言ってくれるんだ……で、でも…………)


 そしてまた前が進んだのでそれに合わせて二人も進んでいく。

 覚悟を決めた怜の視線は緊張したまま入場ゲートへと注がれたままだ。


「ま、待って!」


 気が付いた時には桜彩の口からそう言葉が出ていた。

 その言葉に驚いた怜が桜彩の方へと視線を向ける。


「桜彩?」


 小さくぷるぷると震えながら怜の袖口をそっと掴む桜彩。

 そして顔を上げて怜の目を真っ直ぐと見ながら口にする。


「わ、私も! 私も一緒に『はい』って言うから!」


「え? でも良いのか……?」


「う、うんっ! だ、だって、こ、これは私たち二人の、で、デートなんだから! だ、だからさ、こ、こういったこともちゃんと二人でやろう!」


 先ほどの桜彩は恥ずかしさで死にそうなくらい顔を真っ赤にして慌てていた。

 その恥ずかしさを我慢してこうして言ってくれる桜彩のことを嬉しく思う怜。


「桜彩……。そっか、ありがと。それじゃあ二人で答えるか」


「うんっ。だって二人ので、デートだもんね!」


「そうだな。二人のデートだからな」


 にっこりと笑って頷く桜彩の顔を見て、怜の顔からも緊張が消えていく。


(やっぱり嬉しいな。こうして俺のことを考えてくれるのって。こんな優しい桜彩が隣にいてくれるのってのは本当に幸せな事なんだよなあ)


 自分のことを気遣って、それで一緒に請け負ってくれる相手が隣にいてくれるのはとても嬉しい。

 その事実を噛みしめた怜の胸が温かくなる。


(やっぱり嬉しいな。こうして私のことを考えてくれるのって。こんなに優しい怜が隣にいてくれるのって本当に幸せな事なんだよなあ)


 自分のことを気遣って、それで自分の為に一歩踏み出してくれる相手が隣にいてくれるのはとても嬉しい。

 その事実を噛みしめた桜彩の胸が温かくなる。

 そうしている間にも列は徐々に進んでいき、ついに二人の番となった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 受付の女性に怜が少し手を震わせながらチケットを差し出す。

 それを確認した女性はにっこりと笑って先のカップルにしたものと同じ質問を繰り返す。


「こちらカップルシートですね。お客様は恋人同士でしょうか?」


 その質問に二人の心臓が一際大きく跳ね上がる。

 分かってはいたのだが、実際にそう問われるととても恥ずかしい。

 再び緊張が襲ってきて、周りの視線が全て自分達に注がれているように錯覚する。

 二人はお互いに顔を見合わせる。

 瞳に映るのは大切な相手。

 それだけで今自分達がやること、やるべきことを再認識する。

 そして怜と桜彩はゆっくりと受付の女性へと視線を戻して同時に口を開く。


「「はい」」


 顔から火が出そうなほどに恥ずかしい。

 それでも目を逸らさずに相手を見て返事を待つ。


(い、言った……ちゃ、ちゃんと言えたよな……?)


(い、言った……言っちゃった……。こ、恋人ですかって聞かれて『はい』って言っちゃったよね……)


 そんな二人を見て受付の女性は満足そうに頷く。


「ありがとうございました。それではごゆっくりお楽しみ下さい」


「「は、はい……」」


 そして怜と桜彩は先ほどのカップルと同様にプラネタリウムの中へと足を踏み入れようと


 ぱちぱちぱちぱち


 足を踏み入れようとした瞬間、背後から拍手の音が鳴り響く。


「「えっ!?」」


 耳に届いた音に慌てて振り返ると受付の女性や二人の後に並んでいたお客が二人に向けて拍手をしていた。

 怜も桜彩も慌てていた為に気が付いていなかったのだが、二人の会話は別段小声で囁き合っていたというわけではなく普通の声の大きさで、いやむしろ少しばかり大きな声での会話であった。

 つまり周囲の人達には二人の会話は全て丸聞こえということだ。


「いやー、凄いわねえ、今の」


「恋人ですって答えるのにあれだけ照れちゃうなんてねえ」


「付き合いたての二人って感じかな?」


「でも二人共凄くお似合いよね」


 などと囁き合ったり頷いている人達もいれば


「恥ずかしいのをよく我慢したよね! お姉さん感動しちゃった!」


 などと声を掛けてくる人達もいる。


「な…………」


「え…………」


 もうどうして良いか分からない二人。

 そのまま固まってしまった二人に向けられるのはニコニコとした微笑ましい数多くの視線。


「え、ええっと、怜……」


「とにかく中に入ろう!」


「う、うん……」


 恥ずかしがってどうしようもない桜彩の手を取って怜は中へと入っていく。

 後ろから視線の重圧を感じながら、今度こそ二人はプラネタリウムの中へと入って行った。

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