第152話 プラネタリウム② ~カップルシートの購入~

「えっと……ど、どうしよっか」


「そ、そうだな……」


 意気揚々と券売機の元へと向かった二人。

 映画館にあるようなタッチパネル式で席種を選ぶシステムだ。

 そんな二人が券売機に表示された内容を見て困ったように顔を見合わせる。

 そこに表示されている、二人を困らせる原因は『満席』――などという定番すぎる二文字ではなく席種のことである。

 桜彩はプラネタリウム自体が今回初体験であるし、怜もそんなに数多く経験したことがあるわけでもない。

 最後に入ったのはもう数年前で、それも地元から少し離れた所にある科学博物館のような小さな所だ。

 当然ながら二人共このような大型商業施設に存在するプラネタリウムの席事情についての知識など全くない。

 この大型商業施設は家族や友人、恋人同士で訪れることも当然考慮されている。

 つまりはその一施設であるプラネタリウムもその例に漏れず、そういった人達を対象とした特殊席というものが存在していた。

 その席名こそ『カップルシート』。

 まごうことなきカップルを対象にして設置されている席であり、券売機の表示にも『デートにピッタリ』等の謳い文句が表示されている。

 それだけであればまだ良かったのだが、このカップルシートの注意書きとして『カップル専用』という一文があった。

 まあカップルシートという名称なのだからカップル専用というのは当然で、何も困ることではない。

 普通であれば。

 ただ怜と桜彩はカップル、恋人同士という関係ではない。

 名前の付けられない二人だけの特別な関係、しいて言うなら家族とか親友といった関係が近いだろう(あくまで本人達の自覚としての話であり、傍から見た場合は完全に恋人同士なのだが)。

 そんな二人にとってカップルシートという席を購入するには少々敷居が高い。


「えっと、普通の席にするか……?」


「え、えっと……で、でもさ、このシート、結構お得っぽいし……」


 券売機の説明欄を確認すると、通常シートを二人分購入するよりも二割程度価格が抑えられる計算になる。

 それに加えて席自体も通常の背もたれの付いたリクライニングタイプではなく、フカフカとした柔らかそうな丸く大きいマットに二人一緒に寝そべりながら鑑賞することの出来るタイプだ。

 どう考えてもこちらの方がお得である。


「ま、まあ、そうだな……。た、確かにな……」


「だ、だよね……。そ、それにさ、わ、私達って、で、デートしてるわけでしょ? だ、だからこ、このシートでも良いのかなって……」


 顔を赤くして、そして少しだけ期待するような目で怜を見上げる桜彩。

 その顔に怜がドキッとして言葉に詰まる。

 しかしそのわずかな沈黙を否定と捉えたのか、慌てて桜彩が首を振って


「あっ、で、でも、れ、怜が嫌だって言うんなら、わ、私は別に、その、普通の席でも……構わないん……だけど……」


 先ほどから一転して不安そうな顔で怜を見上げる桜彩。

 怜が否定の言葉を言うのではという不安から語尾が小さくなってしまう。


(……そ、そうだよな。うん。後は俺の気持ち次第だよな。っていうか、俺としてはもう……)


 桜彩の言葉に少しだけ怜が考え込み、そして桜彩の顔をしっかりと見返しながら口を開く。


「お、俺は嫌ってわけじゃないから……。い、いや、そうじゃないな。その、ちょっとだけ考えてみたんだけどさ、えっと……お、お得とかそういうのじゃなくて、お、俺は桜彩とこの席で鑑賞してみたいなって……」


 桜彩と二人でこのカップルシートに寝そべってプラネタリウムを鑑賞する。

 もう絶対楽しいことは保障されているようなものだ。 

 そう思って自分の気持ちを素直に言葉に出してみたのだが、恥ずかしさで桜彩同様に怜も語尾が小さくなってしまう。

 その怜の返答に桜彩は嬉しそうに笑って


「うん、私も。私も怜と一緒にこのシートを使ってみたいな」


「そ、そっか。桜彩もそう思ってくれてたんだ」


「う、うん。ご、ゴメンね。その、お得とか色々と変な言い訳みたいなことしちゃって……」


「い、いや、俺の方こそすぐに決められなくて悪い……」


 お互いがこの『カップルシート』を選びたいと思っていたのだが、素直に言い出せなかったことを恥ずかしがって謝り合う。


「そ、それじゃあこのカップルシートにしようか」


「そうだな。よし、そうしよう」


 そして赤い顔のままお互いに頷き合って券売機へと向き直り、カップルシートの欄を選択する。

 そのまま画面の指示に従ってボタンを選択していくと、発券口からチケットが印刷されて出てきた。

 そこにはちゃんと『カップルシート』の文字が席番と共に印刷されている。


「か、買っちゃったな……」


「う、うん……。か、買っちゃったね、カップルシート……」


 チケットの文字を見て、二人共カップル専用の席を購入したことを強く意識する。


(か、カップルか……。桜彩とカップル……)


(か、カップル専用……。こ、これって私と怜が恋人みたいに……)


 そのまま二人で固まってしまう。


 そしてふと相手の顔へと視線を送れば、相手も自分の方へと視線を移してお互いに見つめ合う形となってしまう。


「…………ッ」


「…………ぅ」


 慌ててバッと横を向いて視線を外す二人。

 当然ながらその頬は赤く染まっている。


「と、とりあえず入口に行くか」


「そ、そうだね」


 恥ずかしさを隠すようにして入場口を指差す怜。

 そこには既に次のプログラムの入場待機列が出来ていた。

 怜達と同じようなカップルや家族連れ、友人同士と思われる多種多用のグループが楽しそうに話しながら並んでいる。

 まだプログラムの上映までには時間があるのだが、先ほど調べた通り上映前には桜並木のウェルカム映像が映し出されてお花見気分が味わえる為、それを目当てに早めに並んでいるのかもしれない。


「そ、それじゃあ行こっか」


「ああ。そ、そうだな」


 そして二人はまだ恥ずかしさで顔を赤く染めたまま、入場待機列の方へと向かって行った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 発券したチケットを持って待機列の最後尾へと並ぶ二人。

 そのタイミングでちょうど前のプログラムが終わったのか出口から続々と人が出て来るのが分かる。

 待機列の長さを見ても思ったのだが、休日ということもありかなり盛況のようだ。

 徐々に並んでいた人たちが入場していき、それに伴って怜と桜彩も前へと進んでいく。

 そして少し前に並んでいたカップルと思われる男女が入場チケットを受付の女性へと渡しているのが見て取れた。

 するとチケットを受け取った係員はそのカップルに対してにっこりと微笑を浮かべながら


「こちらカップルシートですね。お客様は恋人同士でしょうか?」


 と問いかけた。


「「はい」」


 全く狼狽えることなどせず、こちらもニコニコとしながら問いに答えるカップル。

 まるでその質問が来ることが分かっていたかのようだ。


「それではごゆっくりお楽しみ下さい」


 係員の言葉に中へと送り出されると、仲良く腕を組んで笑い合いながら先へと進んでいく。

 だが怜と桜彩はそのやり取りを見て固まってしまう。

 列が前に進んだ為、慌てて二人も前へと進むが頭の中は今のやり取りでいっぱいになってしまっている。


「え、えっと……れ、怜、今の……見てた……?」


 怜の方に顔を向けた桜彩がおずおずと聞いてくる。


「あ、ああ……まあ……」


「こ、これって私達も同じことを聞かれるのかな……?」


「そ、そうかもしれないな……」


 ふと慌てて視線を動かせば、入場ゲートの横にパネルが設置されているのに気が付いた。


「って桜彩、あれ!」


「え……? え、ええっ!?」


 何かを見つけた怜の視線を追い、それを目にした桜彩も声を上げてしまう。

 券売機の所では気が付かなかったのだが、入場ゲートの横にまあまあの存在感で置かれているそれには


『カップルシートをご利用のお客様には『恋人ですか?』との質問に『はい』と答えていただきます』と注意書きがされていた。






【後書き】

次回投稿は月曜日を予定しています。

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