第150話 食後のデザートにクレープを
「ふぅ……」
スムージーを飲み干した後、二人で色々と食べ歩いていると、ふと桜彩が声を漏らす。
怜は人並み以上に体力があるので全然疲れていないのだが、桜彩のことを思えば少し休憩を入れるべきなのかもしれない。
「目の前にフードコートがあるしそこで少し休むか」
「そうだね。それじゃあそこで何か食べながら少し休憩しよっか」
怜の提案に桜彩も頷く。
まだ体力の方は問題ないのだが、この後まだ二人でデートを続けるとなると、この辺りで一度休憩を挟んだ方が良いかもしれない。
(こういうところ、優しいんだよなあ……)
ふとした気遣いをしてくれることが嬉しい。
そんな怜の心遣いに甘えて二人はフードコートへと向かって行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふぅ……。桜彩、疲れてないか?」
「うん、まだ大丈夫だよ。ありがとね」
ドリンクとクレープを買ってフードコートの一席へと腰掛ける二人。
そのまま買って来たクレープへと口を付けると絶妙な甘さが体に染みる。
「う~んっ! クレープも甘くて美味し~い!」
「そうだな。こういう機会でないと食べることってないし」
「だよね。リュミエールでもクレープは作ってないもんね」
光も怜もクレープを作ることは出来るのだが、だからといってあの店でクレープを売るのは畑違いだ。
外食や買い食いもあまりしない為、二人が出会ってから初めて食べる。
「ん~っ、クリームとフルーツが合わさって……さっき飲んだスムージーとはまた別なフルーツの味わい方だよ~っ」
クレープを一口食べた桜彩が幸せそうに目尻を下げてうっとりとする。
口の中の物がなくなると、すぐにもう一口クレープを口に運ぶ。
「うん。久しぶりに食べるとやっぱり美味いな」
そんな桜彩を眺めながら怜もクレープを口に運ぶ。
桜彩と違ってこちらは抹茶味のクレープだ。
マスカルポーネチーズの酸味に抹茶の苦み、それらが甘みと絶妙にマッチしている。
黒豆も良いアクセントとになっているし、おそらく隠し味にフルーツジャムもわずかに使われている。
怜も何口かクレープを食べると、目の前の桜彩がこちらをジッと見ていることに気が付く。
「ふふっ。怜も美味しそうに食べるよね」
「桜彩には負けるかな。俺の作る料理もいつも美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるよ」
「それはもちろん。だって怜の料理は美味しいから」
笑顔で嬉しいことを言ってくれる。
食べる相手がこうであってくれれば本当に作り甲斐があるというものだ。
「ね、ね! 怜の方のクレープはどんな味?」
「そうだな……。やっぱり抹茶の味が凄く効いてて……はい、あーん」
言葉よりも実際に食べてみた方が分かり易いということで、食べかけのクレープを桜彩へと差し出す。
すると桜彩は何の躊躇もなく怜の差し出したクレープに口を伸ばす。
「あーん…………うんっ! こっちも美味しいね!」
「だろ?」
「それじゃあ怜、私のも食べてね。はい、あーん」
桜彩が差し出して来たクレープに怜も躊躇せず口を伸ばす。
「あむっ…………美味しい」
「だよねだよね!」
そして再びお互いが自分のクレープにかぶりつこうとして、そこで一瞬動きが止まってしまう。
(……ま、まあもう何度もやってるしな)
(……さ、さっきもストローでか、間接キスしちゃったし……今更だよね……)
一瞬固まってしまったが、すぐにまあ良いかと考え直してクレープを食べる二人。
初めて『あーん』で食べさせたのは、始めて二人で料理をした時の味見。
その時はもの凄く緊張したのだが、その後の味見や風邪の看病、そしてバーベキューに今日のお弁当と回を重ねる毎にだんだんと慣れてきた感がある。
加えて間接キスももうかなりの回数行っている。
(は、恥ずかしがってても良いことなんてないからな)
(も、もう何度もしちゃってるもんね)
それに実際にお互いが『あーん』で食べさせ合うと、何とも言えない幸せな気持ちが胸の中に広がっていく気がする。
とはいえやはり完全に恥ずかしさがなくなるわけでもないので、それをごまかすようにコーヒーを飲む。
「…………も、もう一口食べるか?」
「う、うん。せ、せっかくだから両方ともしっかりと食べたいからね」
(そ、そうだな。こ、これは『あーん』をしたいとかそういうことじゃなく、ただ単に両方ともちゃんと食べたいから食べさせ合っているだけで……。ま、まあやりたくないって言ったら嘘になるんだけど……)
(あ、あくまでも怜のクレープの方も食べたいってだけだから……。べ、別に『あーん』ってやりたいわけじゃないし……。あ、いや、やりたいんだけどそれ目的ってわけじゃないし……)
もはやお互いのクレープを食べたいのか『あーん』をしたいのか自分でも分からなくなってくる。
そんな葛藤を無視して、二人は再びお互いのクレープへと口を伸ばしあう。
「うん。やっぱりこっちも美味しい!」
「桜彩のクレープも美味しいぞ」
「うん。こうして二人別々の物を注文すると、両方とも味わえてなんだかお得な気分だよね」
「そうだな。一人じゃ出来ない事だからな」
そう言って二人で笑い合う。
そのまま先にクレープを食べ終えた桜彩が包み紙を丸めていると、ふと怜が桜彩の口元に目を向ける。
桃色に染まった艶やかな唇に男として意識を持っていかれそうになるが、問題はそこではない。
一方で自分の顔をじっと見られている桜彩も怜の視線に気が付く。
「怜? どうかしたの?」
「口元、少しクリームが付いてるぞ」
「えっ!? 嘘!?」
怜が自分の口元を指差しながらそれを桜彩へと教える。
桜彩が子供っぽく見えてクスリと笑みが浮かぶ。
その指摘に桜彩は慌てて口元を確認し、それを拭く為の物を取り出そうとするが、慌てているせいかハンカチやティッシュがすぐに出てこない。
「桜彩。その、ジッとして……」
「えっ? れ、怜?」
怜がポケットティッシュを取り出してそれを桜彩の口元へと近づける。
バーベキューの時にも似たようなことがあり、その時は桜彩の方から拭いてくれと頼まれた。
その後、ティッシュ越しとはいえ相手の唇に触れるという行為に二人共恥ずかしくなってしまったのだが。
(うぅ……れ、怜に変なとこ見られちゃってるよぅ……)
桜彩としてもあの時は口周りが汚れていることを見られることに関して恥ずかしいとは思わなかったのだが、今はとても恥ずかしい。
これもデートだということを意識したことによるものなのだろうか。
「そ、それじゃあ桜彩。俺が拭くけど、構わないか……?」
「う、うん……よ、よろしくお願いします……」
「わ、分かった……」
そして怜はクリームを拭く為に桜彩の口元へとティッシュを寄せる。
「ん……」
ティッシュ越しに桜彩に触れると、バーベキューの時と同様に桜彩の唇が小さく動き、そこから艶なまめかしい声が上がる。
再びティッシュ越しに感じる桜彩の唇の感触。
それを理性を総動員して平静さを保ち、口元のクリームを拭き取っていく。
「と、取れたぞ……」
「う、うん……ありがとう……」
(ま、またティッシュ越しとはいえ桜彩の唇に……)
(れ、怜が私の唇に……や、やっぱり恥ずかしい……けど、少し嬉しいかな……)
恥ずかしさと嬉しさから桜彩が顔を赤くしてしまう。
そして恥ずかしさをごまかすようにティッシュを一枚取り出して
「じゃ、じゃあ今度は私が怜を拭いてあげるね!」
恥ずかしさをごまかすように少し大きめの声を出した桜彩が怜の口元にティッシュを寄せていく。
しかし
「あ……」
怜の口元にクリームは付着していなかった。
これでは怜にお返しが出来ない。
「むぅ……ちょっと怜、なんでクリーム付けてくれないの?」
「いや、なんでって言われてもな……」
不満そうな顔をした桜彩に理不尽なことを言われてしまう。
しかし怜はそこで少し考えこんで、残ったクレープにかぶりつく。
「あむっ…………あっ、やばい、口元にクリームが付いちゃった」
クレープを食べる際にわざとらしく口元にクリームが付くような食べ方をする。
「あーあ、困ったなあ」
わざとらしく肩をすくめる怜。
そんな怜に対して桜彩はクスッと笑って
「しょうがないなあ。それじゃあ怜のこと、私が拭いてあげるね」
「ああ。お願いな」
そして怜も桜彩の行為を受け入れる。
ジッと固まった怜の口元に桜彩がティッシュを近づけてくる。
ティッシュ越しに桜彩の指の感触が怜の唇に伝わる。
(…………じ、自分で受け入れたわけだけど、や、やっぱり恥ずかしいな、これ)
桜彩に口元を拭いてもらう為にわざとクリームを付けたのは怜自身なのだが、だからといって恥ずかしさがなくなるわけではない。
一方で桜彩の方も
(こ、これ、やっぱり恥ずかしいな……でも、それ以上に嬉しい)
お返しに怜の口元を拭いてあげたい。
そんな桜彩の願いを理解してわざと口元を汚してくれた怜。
そういったことを平気でやってくれる優しさが本当に心地良い。
「と、取れたよ……」
「そ、そう……あ、ありがとな……」
「ど、どういたしまして……」
お互いにそれだけ言って、恥ずかしさをごまかすように一緒に買って来たコーヒーを飲む。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
なお、これは全て商業施設内のフードコートにて行われた光景である。
スムージーの時の簡易休憩スペースとなっていたベンチ以上に人で賑わっていたそこは、当然周囲にはかなりの人がいた。
「うわぁ……見てあの二人! 可愛い!」
「本当だ! っていうか、あのくらいで恥ずかしがるって凄いよね!」
「うん! 付き合い始めのカップルなのかなあ」
とか
「なあなあ、今、俺が口にソース付けたら拭き取ってくれる?」
「いや無理! あたしにそれは難易度高いわ!」
とか
「俺もあんな彼女がいたらなー!」
「無理だっての! 彼氏のレベル見てみろって。ああいうのは俺らがやっても全然微妙だから!」
とか周囲の人達からそんなことを言われていることに二人は全く気付いてはいなかった。
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