第149話 食後のデザートにスムージーを

 それから二人は公園から少し歩いたところにある商業施設へと足を運んだ。

 先日桜彩の家族と出会った地元のショッピングモールも相当大きかったのだが、ここの物は桁が違う。

 それ自体が一つの観光施設として成り立っており、この場所を目当てに訪れる観光客も多くいる。

 ゴールデンウィークの最終日ということで混雑はしているものの、そもそも施設自体が大きい為に人込みで身動きが取れないとか店に入るのも一苦労といったことはない。

 ここならば特に目的がなく歩くだけでも(この二人であれば)充分に楽しめるし、気になった店を覗いてみることも出来る。

 ショッピングデートにはうってつけの施設だ。

 ちなみに先ほど怜の作った花冠は、ビニール袋に包んで桜彩のトートバッグの中に仕舞われている。

 さすがにそれを頭に載せたまま歩くのはかなり恥ずかしい。


「さて、どこから行くかだけど……」


「うん……。気になるのが多すぎて迷っちゃうよね」


 案内板を前に二人が首をひねる。

 そもそも店の選択肢が多すぎる為、まず何をするかが決まらない。


「ま、選択肢が少ないよりは良いか」


「だね。それだけ一緒に楽しめる場所があるってことだし」


 そう言いながら笑顔を向けてくれる桜彩。

 怜も桜彩もこうしているだけでも幸せになれる。


「それじゃあ目的地は決めないでぶらついてみるか。歩きながら気になった物があったらその都度寄っていけば良いし」


「うん。私も賛成かな」


 そして二人はショッピングモールの中を適当に歩くことに決めた。


「それで、だ。適当にぶらつくって言っておいてなんだけど、まず一つやりたい事があるんだ」


「やりたい事?」


 怜の言葉に首を傾げる桜彩。


「ああ。なあ桜彩、今日のお弁当で何か足りない物があったと思わないか?」


「え? 足りない物?」


 怜の言葉に桜彩はお弁当の中身を思い出して考えてみる。

 夢にまで見た怜のお弁当。

 いつも食べている作りたてのご飯と違って冷めてはいたが、冷めても美味しいように工夫された味付けがされておりとても美味しかった。

 不満などあるはずもなく大満足だ。


「うーん……私は特に気にならなかったけど」


 怜としてはそれはそれで嬉しいのだが。


「ほら。いつも家で昼食とか夕食を食べた後」


「食べた後……?」


 怜の言葉に桜彩は少し考えた後、『あっ!』と口を開く。

 怜の言葉でいつもの食事と比べて足りない物に気が付くことが出来た。


「そっか。もしかしてデザート?」


「そう。大正解」


 普段、怜の自室で昼食や夕食を食べた後は必ずと言っていいほど甘味が用意されている。

 それは怜が作った自家製の物だったり、スーパーで買った量産品だったり、たまの贅沢としてリュミエールで買った洋菓子だったり。

 それが先ほどの弁当の中に入っていなかったことに気が付く。

 ちなみに普段の朝食後に関してもヨーグルトやフルーツといった物が食卓に並ぶことも珍しくはないし、休日はフレンチトーストやパンケーキ自体が朝食になることもあるのだが。


「昨日、この辺りを調べた時にここに来たいって言ったろ? だからここで何か食べようかなって」


 昨日、ピクニックデートについて目的地の公園を調べた後、周辺の施設についても検索した。

 するとこの商業施設がヒットした為にここに来ることは前日の時点で決まっていた。


「そうなんだ。それじゃあどこか行きたいお店でもあるの?」


「いや、さっき言った通り何もなし。とりあえず目についたところで何か食べたいなって……おっ!」


 そんな話をしながら進んでいると、目の前にちょうどいいお店があるのを発見する。

 怜の視線に気が付いた桜彩もそちらの方へと目を向ける。

 小さな店構えのジュース専門店が出店しているのが目に入る。


「もしかして、あれ?」


「ああ。もしかして桜彩はああいうの好きじゃないのか?」


「まさか! 大好きだよ!」


 にっこりと笑って答える桜彩。

 怜としてもさすがに自分一人だけ買って飲むのも寂しいので桜彩がそう言ってくれて嬉しい。


「それじゃあ怜、まずはあそこだね!」


「そうだな。幸い混んでないようだしすぐに買えそうだ」


「だねっ!」


 そう言って少しばかり足早に向かう桜彩の後ろを慌てて怜が追いかけた。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


 到着するとすぐにレジへと進むことが出来た。

 後ろに並んでいる客もいない為に、二人でゆっくりとメニューを眺める。


「うーん、いっぱいあるね。どれにしようかな~っ」


 メニューを見ながら楽しそうに口ずさむ桜彩。

 怜もメニューを見てみると、そこには桜彩の言った通り様々なメニューが並んでいた。

 搾りたてのオレンジジュースや、熟したバナナを使ったバナナミルク。

 他にもリンゴやマンゴー、メロンなど様々なメニューがあり目移りしてしまう。

 そうこうしていると、桜彩が困ったような目で怜を見上げる。


「ど、どうしよう。色々あって選べないよぅ……」


 そんな桜彩が可愛らしくついクスリとしてしまう怜。


「うーん……。そうだ、それならスムージーにしないか?」


「スムージー?」


「ああ」


 怜の言葉に桜彩は再度メニューへと目を向ける。

 スムージーの欄にもいくつか種類はあるのだが、さすがにメニュー全体から見ればかなり絞り込まれている。


「そうだね。……すみません、このイエロースムージーを頂けますか?」


「イエロースムージーですね。サイズはいかがいたしましょう?」


「えーっと、Mサイズ……あ、やっぱりLサイズで」


 最初はMサイズにしようと思ったのだがこの際多めのLサイズへと変更する。

 そしてお金を払って脇へと逸れ、怜もオレンジスムージーのLサイズを購入する。


「怜はオレンジにしたんだ」


「ああ。桜彩はイエローなんだな」


「うん」


 イエロースムージーはミカンやレモン、パイナップル、バナナ等が、オレンジスムージーは人参やミカン、黄パプリカ、マンゴー、オレンジ等が使われている。


「でもどうしてスムージーにしたの?」


「んー、まあそんな特別な理由でもないんだけど。普通のジュースなら最悪家でも作れるからな。ただスムージーだと氷も使うからミキサーが痛みやすい。だからスムージーでも飲もうかなって」


 怜の家のミキサーは氷砕刃が無い為に氷を砕くのは難しい。

 最悪買っても良いのだが、それだけの為にミキサーを新調するのはなんだかもったいない。


「そっか。それじゃあ今度はお家でジュースを作ろっか!」


「そうだな。それも良いかもな」


 傍から聞いていれば完全に同棲カップルの会話である。

 そんな二人の会話を微笑ましく思いながら、店員は出来立てのスムージーを二人へと渡す。


「お待たせしました」


「ありがとうございます」


 そう言って怜は二つのスムージーを受け取って、イエロースムージーを桜彩へと渡す。

 近場にあるベンチへと移動して腰掛けると、早速桜彩がストローに口を付ける。

 野菜やフルーツの甘みと酸味、それに細かく砕かれた氷の冷たさが相まって少しばかり熱くなっていた体の隅々まで染み渡っていく。


「んーっ、美味し~い!」


 本当に幸せそうに飲む桜彩。

 そんな桜彩を見ながら怜もオレンジスムージーへと口を付ける。


「ホント。これ美味しいな!」


 甘過ぎず酸っぱ過ぎずちょうどいいバランスだ。

 特にオレンジの酸味が怜の好みに合っている。


「ねえ、そっちのスムージーはどんな味?」


 怜がオレンジスムージーを味わっていると、横から桜彩が覗き込みながら聞いてくる。


「そうだな。やっぱりオレンジの味が効いている……ってうーん、言葉じゃ説明しずらいな」


「そっか。そうだよね。あっ……」


 すると桜彩が良いことを思いついたというように声を出す。

 そして自分の飲んでいたイエロースムージーを怜に差し出しながら


「それじゃあ怜、少し交換しよっか……」


 少しばかり控え目にそんな提案をしてきた。

 スムージーの交換、それはつまり刺さっているストローごと交換するということで――


「え、えっとね、わ、私は気にしないよ……」


 何を、とは聞かない。

 それは怜も桜彩も良く分かっていることだ。


「その、ね。さっきは同じ箸を使ってあーんって食べさせ合ってたでしょ? だから、その、良いかなって……」


 両手でスムージーを大切そうに抱えながら恥ずかしそうに、でも期待するように桜彩が口にする。


「そ、そうだな。まあ、俺も嫌ってわけじゃないし……」


 怜も恥ずかしそうに桜彩の提案に頷く。

 そして二人はおずおずとお互いのスムージーを交換する。


「え、えっと、それじゃあ飲むね……!」


「あ、ああ。俺もいただきます……」


 そしてゆっくりとストローへと口を近づけて――二人ともそこで一瞬止まってしまう。

 相手の方へと視線を向けると相手も同じように口を付ける直前で自分の方を見ていることに気が付く。


「……………………」


「……………………」


「……き、気にしないって言ったのにね!」


「そ、そうだな……!」


 そのまま固まってしまう二人。

 とはいえさすがにいつまでもこうしているわけにはいかない。

 意を決して怜がストローを口に含むと、それを見ていた桜彩がまた恥ずかしそうに目を見開いて、そして目をきつく閉じた後にストローへと口を付ける。

 中の液体(厳密には液体ではないが)がストローを通して昇って来て口の中へと到達する。

 ストローを使っての間接キスということにのみ意識が向いていた二人が、口の中に入って来たスムージーの冷たさに一瞬だけ驚いてしまう。


「……………………」


「……………………」


「お、美味しいな、こっちも!」


「う、うん! これも美味しい!」


 ストローから口を離し、感想を言い合う。

 そして二人はそのまま自分の手に持たれているスムージーへと視線が向く。


(ど、どうしよう、これ……。桜彩に返した方が良いのか……?)


(ど、どうしよう、これ……。も、もとは怜のだから怜に返す……? で、でも……)


 これを相手に返せばそこで再び間接キスになることは理解している。

 果たしてそれをしても良いのだろうか。


「え、えっと……そ、それじゃあ桜彩……」


「う、うん……」


 ぎこちないながらも桜彩へとスムージーを差し出すと、桜彩もスムージーを返してくれる。

 そしてお互いにストローを眺めた後、再びスムージーを飲むためにストローに口を付ける。


(は、恥ずかしいな、これ……)


(は、恥ずかしいよ、これ……)


 そのまま二人は顔を真っ赤にしながらスムージーを飲み干した。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 なお、これは全て商業施設内のベンチにて行われた光景である。

 簡易休憩スペースとなっているそこは人で賑わっているわけではないのだが、とうぜんその横は人通りがある。


「うわぁ……見てあの二人! 間接キスで恥ずかしがってる!」


「本当だ! 今時珍しいくらい純情なのねえ!」


 とか


「なんで俺の横には彼女じゃなくてお前が居るんだよ」


「知るか! それは俺の台詞だ!」


 とか


「私もあんな彼氏ほしかったなー!」


「無理無理! 横にいる娘、見てみなっての! あたしらじゃ全然敵わないから!」


 とか通りすがりからそんなことを言われていることに二人は全く気付いてはいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る