第148話 迷子発見④
【前書き】
4月1日 17:07
紗耶音と別れた後の二人の会話を一部追加しています。
【本文】
「紗耶音―っ!」
その声に振り向く三人。
すると花冠を頭に載せたまま紗耶音がそちらへ大きく手を振る。
「パパ―ッ! ママーッ!!」
紗耶音の顔を見て安心したのか、両親二人の顔に安堵の色が広がるのが分かる。
そのまま早歩きで紗耶音の元へと来る両親。
「紗耶音! 良かった、無事で!」
元気そうな娘の姿に安心して、そのまま抱きしめる母親。
「うん! 心配したんだぞ!」
父親の方もしゃがんで紗耶音の頭を撫でる。
その際に頭の上に載っている花冠を傷つけないように気を配っていた。
「ごめんなさい……」
母の腕の中で申し訳なさそうに紗耶音が謝る。
「ううん、良いのよ。あなたが無事だったのなら!」
「うんうん! ごめんな。紗耶音から目を離してしまって」
そんな中の良さそうな親子の再会を、数歩離れた所で並んで眺める怜と桜彩。
紗耶音がこうして両親と再会することが出来て本当に良かった。
ひとしきり再会を喜んだ後、両親は揃って怜と桜彩の方を向き頭を下げる。
怜と桜彩に関しては、サービスセンターから両親へと電話した際に『若い男女が迷子になっていた紗耶音をサービスセンターへと連れて来て、両親の到着まで面倒を見てくれている』と話が通っている。
「紗耶音を保護して下さって本当にありがとうございました」
「本当にありがとうございます」
両親としてははぐれた娘をここまで連れて来てくれたことは感謝してもしきれない。
一方で怜はその言葉に安堵する。
もしかしたら『あなた達が遠くへと連れて行ったせいで見つけるのが遅くなった』と抗議される可能性も考えていたのだが、それは杞憂に終わってくれた。
「いえ。こうして無事に再会出来たのなら何よりです」
「ですがかなりご迷惑をお掛けしてしまったようで……」
「大丈夫ですよ。私達も散歩のついででしたので」
隣の桜彩がそう言って怜に笑いかける。
その桜彩の言葉に怜も頷く。
「ねえねえ、ママ! これ見て!」
両親と話していると、紗耶音が頭上の花冠を指差しながら母親の気を引こうとする。
「あら、可愛いわね!」
「うん! お兄ちゃんに教えてもらったの!」
紗耶音の言葉に驚いて怜を見る両親。
まあ確かに桜彩ならともかく男の怜がこういった物を作れるのは意外だろう。
「本当にありがとうございました。娘を保護してくれて、おまけに私達がここに来るまで娘と一緒に遊んでくれて」
「いいえ。遊んであげていたわけではありませんよ。一緒に遊んでいたんです。私達も楽しかったので。なあ、桜彩?」
「はい。紗耶音ちゃんと一緒で楽しかったです」
怜の言葉に桜彩も同意する。
紗耶音と一緒に花冠を作るのは二人共楽しかった。
間違っても遊んで『あげた』などと上から目線で語ることはしたくない。
「ですがすみません。せっかくのお二人の時間を邪魔してしまって……」
両親としては、この二人のデートを邪魔してしまったことに申し訳なさでいっぱいだ。
別にデート中だとは言っていないのだが、陸翔や蕾華の言う通り、この年齢の男女がこんな所で過ごしている以上デートだと思われるのも無理はない。
「構いませんよ。先ほど言った通り、私達も紗耶音ちゃんと一緒で楽しかったので。ねえ、紗耶音ちゃん」
「うん! お姉ちゃんとお兄ちゃんが一緒に遊んでくれて楽しかったよ!」
桜彩が紗耶音に笑いかけると紗耶音もにっこりと笑って頷く。
怜と桜彩がこう言ってくれたので両親二人は胸を撫で下ろす。
迷子を保護してくれたのがこの二人で本当に良かった。
「それでは私達はこれで失礼しますね」
「うんっ。お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう!」
頭の上の花冠に手をやりながら嬉しそうに紗耶音が返事を返す。
そんな紗耶音に二人は手を振って
「あっ、そうだお兄ちゃん! あたしが大きくなったらお兄ちゃんと結婚してあげるね!」
無邪気な顔をしてそう言った。
「えっ……?」
「えっ……!?」
いきなりのことに驚く怜と、それ以上に驚く桜彩。
桜那を見ていた優しい目を丸くして動きが止まる。
そのまま古い人形のようにギギギと首を横に動かして怜の方へと視線を移す。
「ちょっ……紗耶音っ!」
顔を青くした母親が慌てて紗耶音を止めようと手を伸ばす。
迷子を保護してくれたカップルに対してこのようなことを言うのはまずい。
いや、さすがに怜がこの返答に首を縦に振ることがないことくらいは分かるが。
それに対して怜は再びしゃがんで紗耶音に目線を合わせ
「ははっ、ありがとうな。でもね、お兄ちゃんはもう好きな人がいるんだ。ごめんね」
「えっ!?」
「そうなんだ……」
先ほどと同様に驚く桜彩と、残念そうにする紗耶音。
「だから紗耶音ちゃんとは結婚出来ないんだ。ごめんね」
そう言って紗耶音の頭を優しく撫でる。
「そっかあ。それじゃあお兄ちゃん、もしお兄ちゃんがその人と結婚出来なかったらあたしが結婚してあげるね」
「ちょっ……こらっ!」
母親が紗耶音を抱きかかえて両親揃って怜と桜彩に頭を下げる。
「ほ、本当に申し訳ありません……」
「申し訳ありませんでした」
「いえ。それでは」
「は、はい……」
両親の謝罪に怜と桜彩が言葉を返す。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、それじゃーねーっ!」
「ばいばい」
「ば、ばいばい……」
ペコペコと頭を下げる両親とぶんぶんと手を振る紗耶音。
三人が遠ざかって行ったところで、怜も桜彩の方を向く。
するとまだ桜彩の表情が固まっていた。
「桜彩? どうかしたのか?」
「え、えっと……怜、今好きな人がいるって……」
先ほど紗耶音の告白を断る時に言った言葉。
なんだか心配そうな顔をして怜の方を見上げてくる。
「ああ、それか。まああの場合はそう言うしかないかなって。まあ嘘は嫌いなんだけど、あの状況じゃな」
「え……? 嘘……?」
怜の言葉に桜彩がきょとんとして繰り返す。
「ああ。だってそうだろ? もし俺に好きな人がいるんだったら、こうして桜彩とデートになんて来ないって。いや、まあ好きな人がいるにもかかわらず他の人とデートするって人も世の中にはいるだろうけどさ」
まだ自分には好きな人はいない――と思う――のだが、もし好きな人が出来た場合はそのような事は多分しないだろう。
「そ、そっか。そうなんだ……」
それを聞いて安心したように胸を撫でる桜彩。
(……あれ? 私、怜に好きな人がいないって聞いて、なんだかほっとしてる……?)
怜に好きな人がいると聞いて、なぜか嫌な気持ちになってしまった。
そしてそれが嘘だと分かってなぜか安心してしまう。
(いったいどうして……?)
「桜彩?」
少し考えこんでしまった桜彩の顔を怜が覗き込む。
それに気付いて桜彩はふっ、と笑顔を作る。
「ううん、なんでもないよ」
「そっか。あ、でも好きな人がいるってのはまるっきり嘘ってわけじゃあないかな」
「えっ!?」
いきなりの怜の言葉に桜彩が驚く。
「俺は周りの人達のことが大好きだからさ。桜彩も、陸翔も、蕾華も。それに家族だって好きだし瑠華さんとか光さんとか望さんとか」
「あ、そ、そういうこと……」
怜の言葉を聞いて胸を撫で下ろす桜彩。
(び、びっくりしたぁ……。そ、そっちの好きってことだよね……)
そして怜の方を向き直って
「ふふっ。私もみんなのことが好きだよ。怜も、蕾華さんも、陸翔さんも」
「ありがとな」
「うん。それじゃあ怜、で、デートの続き、しよっか!」
そう言って桜彩は怜より一歩前に出て歩き出そうとする。
迷子も解決したので再び二人のデートの再開だ。
まだ日は高いし、これから二人で遊ぶ時間は充分すぎるほどある。
「そうだな。あ、その前に桜彩」
「え?」
怜の言葉に歩き出した足を止めて振り返ると、その頭の上に先ほど怜が作っていたシロツメクサの花冠が載せられた。
「え? 怜、こ、これ……」
「さすがに俺が頭に載せるのはな。だから桜彩にって」
頭の上に手を載せて、載っている物を確認する桜彩に笑いかける。
「そ、そっか。怜、ありがとうね」
「気にするなって。はい、チーズ」
そして花冠の載った桜彩をスマホで撮影する。
「良く似合ってるぞ」
「ふふっ、ありがとね、怜」
怜のスマホに映った写真を見て桜彩が嬉しそうに表情を緩める。
気に入ってくれたのなら幸いだ。
(全く……怜はこういうところ、ずるいよなあ……。いきなり不意打ちしてくるんだもん)
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