第143話 膝枕の後で
「ふう。そろそろいいよ」
「ああ、分かった」
膝枕のまま五分ほど撫で合ったところで桜彩が頭を起こす。
もちろん握り合った左手はまだそのままだ。
「怜の膝枕、とっても気持ち良かったよ」
「お気に召してくれたのなら何よりだな」
「ふふっ。本音を言えばもう少しこうしていたかったんだけどね」
「ああ。俺もだ。もう少し桜彩のことを膝枕していたいんだけどな」
「それじゃあ今度怜の部屋でやり合おうか?」
「ははっ、それは良いかもな」
「うんっ。それじゃあ約束だね」
「ああ、約束だ」
お互いに多大な名残惜しさを感じながら、それでもこの幸せな時間を終わりにする。
このままではいつまでたっても終わりそうにないからだ。
「この後も、まだ、で、デートは続くからね」
「あ、ああ。まだデートの途中だからな」
少し恥ずかしそうにデートという単語を強調する。
そして握り合った左手に視線を向け、名残惜しさ感じながら二人で一緒に手を離す。
すると今まで相手の体温を感じていた左手が急に外気に晒されて少々冷たく感じた。
正直なところ、少しばかり悲しくなる。
が、二人共それを表に出すことはせずに
「それじゃあ片付けるか」
「うん」
二人で弁当箱やクッションを片付けてバッグへと仕舞う。
そして一足早く靴を履いて立ち上がった怜が、まだシートの上に腰を下ろしている桜彩へと片手を差し出す。
「桜彩」
「あ、うん。ありがと」
その意図を察した桜彩がその手を取ると、怜が自分の方へと力を入れて桜彩を立たせる。
そして役目を終えた二人の手は離されるが、二人共先ほどと同様に少しばかり寂しさを感じる。
その寂しさを紛らわすように残ったシートを片付ける。
この場所へ来た時と同じ状態に戻った地面を眺めながら
「ふう、お昼はこれで終わりだね」
「そうだな」
これで楽しいお弁当の時間は終了だ。
「ふふっ、とっても美味しかったよ」
「そう言ってくれると作った甲斐があるよ」
にっこりと笑って答えてくれる桜彩。
今日のメインイベントである弁当はどうやら大成功に終わったようだ。
「この前ピクニックに行くって話になった時からずっと楽しみにしてたからね。ついに怜のお弁当を食べることが出来たよ」
「そうだな。俺もあの時からずっと楽しみにしてた」
「初めて食べた怜のお弁当の味。忘れないよ」
「俺もだ。初めて桜彩と一緒に食べたお弁当だからな」
そう言って二人で笑い合い、桜並木の中へと歩き出す。
満開とはいかないが七分咲き程度に咲いている桜の色合いが綺麗だ。
「こうやって歩きながらするお花見もなんだか良いよな」
「そうだね。周りの景色も綺麗で」
「それにこうして一緒に歩いているだけでも楽しく感じるよ」
「うん。私もだよ。こうして怜と一緒に歩いてるだけで楽しいよ」
そう言ってお互いに顔を見合わせて笑い合う。
そして二人は意図的に少しだけ歩く速度を落とした。
少しでも長く、二人で並んで歩く時間を長くする為に。
「もっとこの桜並木が長ければいいのにな」
「そうだね。もうすぐ終わっちゃうからね」
あと少しでこの桜並木のゾーンが終わってしまい、二人は普通の遊歩道へと足を踏み入れることになるだろう。
そこでまた少しばかり風が吹いて何枚かの花びらが二人の頭上に降り注ぐ。
ふと桜彩が怜の方へと目を向ける。
「あっ」
すると桜彩が口に手を当てながら少しばかり大きな声を上げて驚く。
「どうしたんだ?」
桜彩の方へと振り向いた怜がそう問いかけると、桜彩はふっ、と怜に笑いかけて
「あのね、さっきお弁当を食べる前にもこうやって花びらが降り注いだでしょ?」
「ああ」
あの時、桜の花びらの中心にいた桜彩はとても素敵だった。
写真に収めることは出来なかったが、その時の光景はしっかりと怜の脳内に焼き付いている。
「その時に私が言ったでしょ? 『私も上ばっかり見てないで怜の方を見たら、きっと素敵な怜が見れたんだろうなあ』って」
「あ、ああ、言ったな……」
「それでね、今、あの時みたいに桜の花びらが降り注いだでしょ? 今、とっても素敵な怜を見ることが出来たよ」
これ以上ないほどの笑顔で最大の不意打ちが飛んできた。
顔を赤くして固まってしまう。
(や、やばい……いきなり嬉しすぎて……どう反応して良いのか分からない……)
心臓の鼓動が早くなっているのが触らずとも分かる。
そしてそんな怜に優しく微笑み続ける桜彩。
「あ、ありがとな」
ようやくそれだけを口から絞り出す怜。
「うんっ。それじゃあ先に行こっか」
「そ、そうだな」
そして二人はお互いに顔を真っ赤にして、それでいて心の中を幸せで満たして食後の散歩を始めた。
なお、この時も二人は完全に周囲に気を配ることを忘れていた。
怜も桜彩もただでさえ目立つ容姿をしており、それが二人揃っているものだから周囲の視線を集めてしまう。
それに加えて正午というこの時間は人混みもピークに達しており、その中でこのような甘いやり取りをしているのだから周囲の視線は完全に二人で独占だ。
「わぁ……あの二人凄いわねえ」
「ほんとほんと。でも絵になってるっていうか」
「いやあ、見てるこっちが恥ずかしいわねえ」
「見せつけやがってよぉ…‥」
などと周囲から色々と言われていたことに二人は全く気が付いていなかった。
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