第142話 膝枕のお返し

「ち、違うんだよ。本当に違うんだから……」


 違うと言われても何も違わないだろう。

 午前二時に寝て六時に起きた。

 そこに解釈の違いなど存在するはずもないだろう。

 そんな桜彩に訝し気な視線を向けたまま怜が問いかける。


「それじゃあ言い訳をどうぞ。何が違うんだって?」


「え、ええっと、その……怜とので、デートが楽しみで、全然眠りに就けなかったっていうか…………」


 恥ずかしそうに顔を赤らめてぽそっと小声で答える桜彩。

 それを聞いた怜も桜彩の言葉に照れてしまう。


「ほ、本当はもっと早くに寝るつもりだったんだけど、目を閉じると今日のことを考えちゃって……。眠ろうとするたびに、その、怜の笑顔が瞼に浮かんじゃって……」


「そ、そうか」


「う、うん……」


 そう言われては怜もそれ以上強くは言えず、二人で顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「よ、よし、それじゃあ……」


 そこで一度言葉を区切って深呼吸する。


「怜?」


 不思議そうな顔を浮かべる桜彩。

 そんな桜彩に対して


「それじゃあ、はい」


 恥ずかしさを隠すように、怜は一度座り直して自分の太ももを指差した。


「え?」


 太ももを指差す怜の姿に桜彩が驚く。

 これはつまり先ほど自分が怜にした――


「桜彩も寝て良いぞ。ほら」


「ね、寝ても良いって言われても……」


 先ほどの怜のように恥ずかしさから桜彩は勢いよく首を横に振る。


「む……さ、さっきは俺にしてくれただろ? 今度は俺が桜彩に膝枕するから。遠慮なんてするなよな」


「で、でも……」


「ほら、早く寝た寝た!」


「れ、怜?」


 まだあわあわとしている桜彩の両肩を掴んで少々強引に太ももの上に頭を載せる怜。


(わっ……私、れ、怜に、膝枕されてる……)


 一方で桜彩の方は怜の太ももに頭を載せたままいきなりのことに戸惑ったままだ。

 後頭部に感じるのは間違いなく怜の太もも。

 その感触や体温がことのほか気持ち良い。

 そんな驚いたままの桜彩の頭をそっと撫でる怜。


「ど、どうだ……?」


 横になった桜彩におそるおそる聞いてみる。

 これでもしも微妙な感触とか言われたらどうしようかと少し心配になってくる。


「う、うん……き、気持ち良い……よ……」


「そ、そっか。良かった……」


 ひとまず胸を撫で下ろす怜。


「う、うん……そ、それじゃあ少し休むね」


「ああ。ゆっくりと休んでくれ」


 そう言うと桜彩はゆっくりと目を閉じて――再び目を開ける。

 そして怜の方へとゆっくりと左手を差し出す。


「あの、ね……。その、さっきみたいに手をね……」


 恥ずかしくてその先の言葉が出てこない桜彩。

 しかしそこまで言えば怜にも何が言いたいのは分かる。

 桜彩の意図を察してそっと左手を差し出すと、桜彩が驚いた顔をして、そして怜の左手を軽く握る。


「ふふっ。ありがとね。それじゃあおやすみ」


「ああ、おやすみ」


 そして目を閉じた桜彩の頭を怜は右手でそっと撫でる。


「……なるほどな。確かに幸せだな」


 桜彩が怜に膝枕をするのが幸せだと言っていたが、逆の立場になってみれば桜彩の言っていたことが良く分かる。

 こうして幸せそうな寝顔を浮かべている桜彩の可愛らしい顔を眺められることに幸せを感じる。

 桜彩の頭を撫でていると、その綺麗な髪の感触が指へと伝わって気持ちが良い。

 太ももの上に感じる桜彩の感触。

 そして何より二人で握り合う左手。

 それら全てを独り占めしているこの状況がとても嬉しく感じる。


「ありがとな、桜彩。俺と出会ってくれて」


 桜彩の耳元にそっと口元を寄せ、怜はそう囁いた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ふぅ……」


 十五分ほどしたところで桜彩の意識が覚醒していく。

 寝ぼけ眼を開けるとまず映るのは大切な相手の顔。

 加えて後頭部の柔らかな感触と髪を梳く指の気持ち良さ。

 そして目の前の相手から優しい聴きなれた声が聞こえてくる。


「桜彩、起きたか?」


 怜が顔を覗かせる。

 その言葉で桜彩は怜の膝で寝ていたことを思い出した。


「おはよう、桜彩」


「お、おはよう、怜」


 目の覚め当た桜彩におはようと言うと、桜彩も慌てながら言葉を返してくれる。


「ええっと、す、すぐにどくからね……」


 言葉と共に体を起こそうとする桜彩の頭に置いた手に軽く力を込めて押し戻す。


「え? 怜?」


 驚く桜彩に怜はいたずらめいた笑みを浮かべて


「ふふふ。さっき俺が起きた時に、そのまま頭を撫で続けてくれたろ? お返しだ」


 そう言って強引に桜彩の頭を撫で続ける怜。


「お、お返しって……」


「い、嫌とは言わせないぞ。さっき桜彩がやったんだからな」


「う、うん……」


 そう言われては断れないのか桜彩が遠慮がちに頷く。

 そんな桜彩も可愛らしい。

 というか、今日の桜彩は、いや、今日に限らず桜彩はいつも可愛らしいのだが。


「それにな、桜彩を膝枕する立場になって桜彩の言っていたことが分かるんだ。こうして桜彩を膝枕して、頭を撫でてあげるのって凄く幸せなんだなって。桜彩が俺に膝枕してくれた時に、桜彩もこう思ってくれてたんだなって」


「うん。私が怜に膝枕するの、とっても幸せだったよ」


 そう言って桜彩も怜の膝の上で笑う。


「だからさ、俺に今の幸せをもう少し味わわせてほしいんだ。こうして桜彩に膝枕する幸せを」


「うん。私も怜に膝枕されるのとっても幸せ。だからね、もう少しこうして欲しいな」


「ああ。それじゃあもう少しこうしてるぞ」


「うん。あ、でもね」


 そう言って桜彩は右手を怜の頭へと伸ばして頭を撫でる。

 相変わらず頭に触れる桜彩の手の感触が心地良い。

 思わず口に笑みが浮かぶ。


「私も、ね。こうやって膝枕されながら怜のことを撫でたいな」


 いたずらっぽく笑う桜彩。

 そんな桜彩に怜も笑みを絶やさずに頷く。


「ああ。もう少し二人でこうしていようか」


「うん。もう少しだけ、ね」


 そして二人は膝枕の状態でお互いの頭を撫で合った。

 もちろんもう片方の手はお互いに繋いだままで。





【後書き】

 次回投稿は月曜日を予定しています

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