第141話 膝枕再び②
「ふぁ……」
十五分ほどしたところで怜の意識が覚醒していく。
寝ぼけ眼を開けるとまず映るのは大きな二つの膨らみ。
加えて後頭部の柔らかな感触と髪を梳く指の気持ち良さ。
そしてその膨らみの向こう側から優しい聴きなれた声が聞こえてくる。
「あ、怜、起きた?」
言葉と共に膨らみが動いてその向こうから桜彩が顔を覗かせる。
その言葉で怜は桜彩の膝で寝ていたことを思い出した。
「おはよう、怜」
「お、おはよう、桜彩」
穏やかな微笑と共におはようと言ってくれる桜彩に怜も言葉を返す。
「悪い、重かったろ? 今どくからさ」
少しの間、クッションがあるとはいえ正座して、更に太ももの上に怜の頭部が置かれていたのだ。
桜彩にとっては負担だったと思いすぐにどこうとしたのだが、頭の上に置かれた手が怜の行動を優しく押しとどめる。
「気にしなくても良いんだよ。私がやるって言いだしたことだし。それにさ、私自身こうしてるのがすごく幸せなんだ」
言葉通りに嬉しそうな笑みを浮かべながら、頭を押さえつけていた手を再び動かして怜の頭を撫でる桜彩。
「こうして怜を膝枕して、頭を撫でてあげるのってすっごく幸せなんだよ。普段甘えない怜がこうして甘えてくれてるんだから」
「う……」
桜彩の言葉に怜が照れる。
恥ずかしそうに視線を逸らすと、そこでやっと自らの両手が何かを軽く握っていることに気が付いた。
「あれ……?」
握っていたのは桜彩の左手。
怜の視線に気付いた桜彩もそちらの方へと視線を向け、そして怜の顔を見る。
「あ、いや、これは……」
あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にしてしまう怜。
そして桜彩の手を離そうとしたのだが、それよりも早く怜の頭を撫でていた桜彩の右手が動き、今度は桜彩が両手で怜の手を包み込む。
「ふふっ。私は気にしてないよ」
「え、えっと……」
「怜が寝ちゃった後にね、怜が私の手を優しく包み込んでくれたんだ。ふふっ。可愛かったよ」
「う……」
正確には怜の頬をぷにぷにとつついていたずらをしていた桜彩の手を包み込んだのだがそれは怜には伏せておく。
「それにね。こうしてると私もなんだか怜の温かさが伝わってくる気がするんだ。だからさ、もう少しだけ、こうしていたいな」
ふと横になったまま周囲に視線を移せばさすがに二人の横でじっと見ている人はいない。
しかし少し遠くの家族連れや通行人の中には二人のことを微笑ましそうに見ている者もいる。
(さすがにこれは恥ずかしすぎるな…………)
そう思っていると桜彩の手に少しだけ力が込められる。
「えっと、だめ、かな……?」
怜の手を握ったまま優しくお願いする桜彩。
毎度のことながらこうしてお願いする桜彩を怜は断ることが出来ない。
(ま、まあ桜彩がそうしたいって言うんなら……そ、それに俺も恥ずかしいけど嫌ってわけじゃないし……)
この公園は地元からは離れているし、知り合いがいる可能性はかなり低いだろう。
旅の恥は掻き捨て、という言葉もある。
旅先では知っている人もいないから、どんなに恥ずかしいことをしてもその場限りの物である為まあ少しだけ我慢すればいいだろう。
「わ、分かった。もう少しだけ、な……」
「うんっ、ありがとね、怜」
怜の言葉に桜彩がはしゃぐように喜ぶ。
その喜び方を見ると、やはり多少の恥ずかしさは覚悟してでも桜彩のやりたいようにしてもらってよかった。
「それじゃあ怜、もう少しこのままだね」
怜の手を軽く握っていた右手を話して先ほどと同様に怜の頭へと持っていく桜彩。
一方で残った左手は怜の両手により軽く包まれている。
「ふふっ。良い子良い子」
「良い子って……」
まるで小さな子をあやすような口調で怜の髪を梳く桜彩。
怜としても恥ずかしいことには変わりないが、それでも何だか心地が良く感じる。
(…………ただ、このままやられっぱなしってわけにもいかないよな)
そう思った怜はバーベキューの時と同じように桜彩の頭へと片手を伸ばす。
「えっ……?」
「バーベキューの時にも言ったろ? 俺ばかりされるのは不公平だからな。お返しだ」
「う、うん……」
恥ずかしながらも桜彩の頭を撫でる怜に、恥ずかしながらも桜彩も大人しく撫でられる。
「桜彩の髪、本当にさらさらして気持ち良いな」
「怜もだよ。こうして撫でてるだけで幸せになってくるし、撫でられるのも心地良い」
「俺もだ。こうやってお互いに撫で合うのってなんだか良いな」
「うん、そうだね」
そのまま二人は少しの間、左手同士を軽く握ったまま右手でお互いの頭を撫で合った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ありがと。さすがにもういいよ」
そのまま五分ほど撫で合ったところで怜が頭を起こす。
「え? 私はもっとしていたいんだけどな」
少し残念そうな桜彩。
とはいえそれ以上粘ることはなく、素直に怜の頭から手をどける。
そのまま怜は体を起こすがお互いに握り合っている左手はそのままだ。
自然と二人の視線がそちらへと向く。
「……えっと」
「……う、うん」
お互いの手から伝わってくる感触がなんだかとても気持ちが良い。
しばらくお互いに手を握り合ったまま見つめ合う。
(え、えっと……どうしよう、これ)
(ええっと、ど、どうすればいいんだろう、これ)
最初は怜が寝ぼけながらつないだ手。
それがなんだか心地良くてそのまま離すタイミングを失ってしまった。
「ねえねえ、見てあの二人。可愛いよねえ」
「付き合い始めてのカップルなのかな?」
「微笑ましいわよねえ」
二人が手を握って見つめ合い固まっていると、通行人が二人を微笑ましい目で見ながら微笑みあう。
その言葉が耳に届いた二人は赤い顔のままバッと手を離した。
(うう……は、恥ずかしい……)
(よ、よく考えれば周りに人がいるのは当たり前だよね……。は、恥ずかしいよぅ……)
今まで繋いでいた左手を見ながら恥ずかしがる二人。
「ふ……」
すると今度は桜彩の口から眠そうな声が漏れる。
「えっと、桜彩? もしかして眠い?」
「え? ええっと……う、うん……」
ごまかそうかとも思ったのだが、先ほど怜を追求した手前素直に認める桜彩。
「なあ、さっき俺に何時に起きたかって聞いたけどさ、桜彩は何時に起きたんだ?」
「え? ええっと、六時だよ」
六時といえばいつもの桜彩の起床時刻だ。
桜彩の様子から嘘を言っている感じはしない。
となると寝不足の原因は
「それじゃあ寝たのは?」
「え? …………多分、午前二時くらい、かな……?」
「二時!?」
桜彩の返答に怜が耳を疑って大きな声を上げてしまう。
六時に起きたということは桜彩の睡眠時間は四時間程度。
怜と変わらないということだ。
「なあ、桜彩……」
「ち、違う、違うんだよぅ……」
ジト目で問いかける怜から逃げるように桜彩が首を横にぶんぶんと振った。
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