第139話 お互いに『あーん』をするのに別の箸を使う必要ってある?

「怜は、このままじゃ、嫌、かな……?」


 先ほどまで怜が桜彩に食べさせるのに使っていた箸を持ちながら、赤い顔のまま上目遣いでそう聞いてくる桜彩。

 それはつまり二人で同じ箸を使ってお弁当を食べるということで。


「あ、あのね、その、ふ、二つも箸を使うのって、やっぱり無駄だと思うんだ! その、し、資源の観点からもよ、良くないと思う……し…………」


 尻すぼみに語尾が小さくなっていく桜彩。

 全てを告げた時真っ赤になった顔はついに怜から目を逸らして下を向いてしまった。


「あ、へ、変な事言ってゴメンッ!」


 慌てて怜の持つの未使用の割り箸へと手を伸ばす。

 しかしその手が届くより早く、怜は未使用の割り箸をバッグへと仕舞って桜彩の手を掴む。


「え? れ、怜……?」


「い、いや、別に……俺も嫌ってわけじゃあないから……」


「え? で、でも……」


「ほ、ほら、その、俺が体調を崩した時に、陸翔と蕾華が様子を見に来て……その時にプリンでも経験してるしさ……」


「あっ……そ、そうだね…………」


 あの時陸翔と蕾華の言葉に戸惑ってしまって焦ったままお互いに食べさせるのに使用したスプーンを使って自分もプリンを食べてしまったことを思い出す。


「で、でも桜彩が嫌なら……」


「う、ううん、い、嫌じゃないよ……。そ、それになんだかその方が仲良いみたいな感じでなんて言うかむしろ嬉し……な、何でもないっ!」


「え?」


 慌てて顔の前で両手をバタバタと振り始める桜彩。

 最後の方は何を言っていたのかは分からなかったが、とにかく桜彩も嫌ではないということは分かった。


(れ、怜と同じ箸を使うのが嬉しいって……わ、私いったい何を言っちゃってるの……!?)


 よく考えずについ頭に浮かんだ言葉をそのまま口をついてしまった。


「と、とにかくそういうことで!」


「う、うん! そういうことで!」


 二人共恥ずかしさを隠すように少しばかり大きな声でその話を打ち切る。

 先ほどまで怜が桜彩に食べさせるのを使っていた箸を持っておかずへと伸ばす桜彩。


「そ、それじゃあ、えっと、何から食べる?」


「そ、そうだな……。それじゃあ次は卵焼きを食べたいな……」


「わ、分かった。卵焼きだね」


 まだ恥ずかしさが抜けていないのか、緊張しながらそっと掴んで怜の眼前へ差し出してくる。


「はい、あ、あーん……」


 頬を赤く染めて怜が食べるのを今か今かと待っている桜彩。

 差し出された卵焼きを掴んでいる箸の先端につい怜の視線が向いてしまう。


(……あ、あれが、さっき桜彩の口に…………)


 そして箸から桜彩へと視線を移すのだが、今度はその唇に視線が寄ってしまう。


(き、気にしちゃ駄目だって!)


 するとなかなか口を開かない怜を桜彩が不思議そうに見つめてくる。


「怜? どうかしたの?」


「い、いや、なんでもない。ちょっと緊張してただけだ。も、もう大丈夫」


 桜彩の唇を意識していました、などということも出来ず『あーん』に緊張していたとごまかす怜。


「緊張? そ、そっか。恥ずかしい、よね……」


「で、でも嫌じゃないし……む、むしろ楽しいっていうか……」


「う、うん。それじゃあ改めて、はい、あーん」


「あーん……」


 なるべく箸の先を意識しせずに口を開いて、桜彩の差し出した卵焼きを頬張る。


「ど、どうかな……?」


 おずおずと聞いてくる桜彩。

 この『どうかな』という質問はまず間違いなく卵焼きの味についてで『あーん』についての感想ではないだろう。

 さすがに同じ失敗を連続して繰り返すわけにもいかない。


「そ、そうだな。うん、美味しい」


「そ、そっか。良かった」


「あ、ああ。そ、それじゃあ次は俺が桜彩にしてあげる番だな」


 そう言って桜彩から箸を受け取ってコロッケを掴む。


「はい、あーん」


「あーん」


 二人共やっと緊張が解けてきたのか、先ほどよりも自然な感じであーんをする。

 コロッケを口に含んだ桜彩が驚いたような顔をする。


「もぐ……このコロッケってお米?」


 口に手を当てて隠しながら桜彩が質問してくる。


「そう、ライスコロッケ。気に入ってくれたか?」


「うんっ、これもとっても美味しい! 中に入ってるのは……チーズ?」


「そう。ミートソースとチーズで味付けしてみた」


 弁当の主食をパンサンドウィッチにするかおにぎりにするかで悩んでいたのだが、せっかく唐揚げに油を使うのだからいっそのこと普段作らない物を作ってみようかなと思った一品だ。


「そっか。ご飯もパンもなかったから少し驚いたんだけど、こういうことだったんだね」


「ああ。このお弁当のサプライズ品だな。驚いたか?」


「うん、とっても! 私、これも好きになっちゃいそうだな!」


「ははっ、ありがと。でも桜彩は俺が作る物についていつもそう言ってくれるよな」


 これまで桜彩との食卓では何度か目新しい物を作ったりしているのだが、その際に桜彩は美味しそうに食べてくれる。

 その顔を見るのが怜の楽しみの一つだ。


「だって怜の作る料理ってみんな美味しいんだもんっ!」


「そっか。なら仕方ないな」


「うんっ、仕方ないよね」


 そう言って二人で笑い合う。


「それじゃあ次は怜に食べさせてあげる番だね。じゃあ怜にもこのライスコロッケを……はい、あーん」


「あーん」


「ふふっ、美味しい?」


「ああ、美味しい」


 朝に作った時に味見をしたのだが、その時よりも美味しく感じる。

 理屈で言えば当然出来た手で温かい作り立ての方が美味しいはずなのだが、桜彩と一緒に食べるだけで冷めていてもこんなにも美味しくなる。

 そんな幸せを感じながら、怜と桜彩は交互にお弁当を食べさせ合っていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ふう。ご馳走様」


「ご馳走様でした」


 途中ハプニングもあったが、たくさんあったお弁当は全て二人で食べきることが出来た。

 魔法瓶から食後のお茶を飲みながら二人でまったりとする。


「でもさ、こんなにたくさんのお料理、作るのってかなり大変だったんじゃないの?」


 今日の弁当は普段怜が学園へと持っていく物とは違い、数多くのおかずが詰め込まれていた。

 最近は桜彩も怜の手伝いで多少は料理が出来るようになってきた。

 その為、これだけ種類が多いと普段より作るのがかなり大変だったことは良く分かる。


「まあな。でもさ、初めて桜彩と食べるお弁当だろ? だから絶対に良い思い出にしたいなって思って。だから頑張って作るのも楽しかったぞ」


「怜……」


 ただのお弁当ではなく桜彩と食べる初めてのお弁当。

 だからこそ最高の思い出にしたかったし、目の前の桜彩が喜んでくれたことがとても嬉しい。


(そんなことまで考えてくれてたんだ)


 怜の言葉に桜彩の胸の内が温かくなる。

 自分との初めての思い出を大切にしたいと思いながら作ってくれた。

 それが本当に嬉しい。


「ありがとね、怜」


「どういたしまして」


 怜の言葉に嬉しそうに微笑む桜彩。

 怜としてもその表情を見ることが出来ただけで頑張ったかいがあったというものだ。

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