第133話 「俺とデートして下さい!」

 怜と陸翔がショッピングモールへと着いた時、既に桜彩達三人の買い物は終わっていた。

 桜彩の持つ買い物袋の中身が気になったので尋ねてみたが、すると桜彩は慌てて恥ずかしそうに紙袋を抱え『今はまだ内緒……』と答えた。

 内緒と言われてはそれ以上しつこく聞くのは桜彩に悪い為、教えて貰える時を楽しみにしようと思う。

 そして怜の知らないところで蕾華と葉月はすっかりと意気投合しており、そのせいか葉月はすぐに陸翔とも仲良さそうに話すこととなった。

 時折、怜と桜彩の方を見ながらこそこそと話している内容が気になりはしたが。

 その後、当初の三人の予定に渡良瀬姉妹を加えた五人で少し遊んだ後、ファミレスで食事をする。

 ちなみに代金の方は葉月が全て払ってくれた。

 申し訳ないと思ったのだが、怜に対しては先日のお詫び、陸翔と桜彩に対しては個別で頼んでいることがあるのでそのお礼とのことなので、それ以上は言わずに素直に感謝することにした。

 何を頼んだのかは気になるところだが。

 そして五人はそれぞれの場所へと戻って行く。

 陸翔と蕾華は自宅へ、葉月は下宿先へ。

 そして怜と桜彩はピクニックの買い物へ。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 怜と桜彩が買い物へと向かってから残った三人は顔を突き合わせて話を始める。


「りっくん。れーくんにデートだってこと伝えたらなんて言ってた?」


「おう。なんか自分だけデートだと認識してピクニックに行くのはさやっちに対して不誠実だって。だからちゃんとさやっちのことをデートに誘うって言ってたぞ」


「マジ!? やった! 二人が少しくらい意識してくれればって思ったけど予想以上に効果ありそう!」


 陸翔の返事に蕾華が顔を綻ばせて喜ぶ。

 あの怜がそこまでやってくれるのは良い意味で予想外だった。


「まあそうね。問題はどの程度関係が進んでくれるかってことだけど」


 葉月の言葉に陸翔と蕾華が苦笑いを浮かべる。

 デートだと意識して、更に怜が桜彩をデートに誘ってくれるのは良い。

 だがあの二人のことだと下手をすればそれだけで、実際には普通にピクニックを楽しむだけということも充分に考えられる。


「れーくんもサーヤも恋愛観が年齢に比例してないですからね」


 少しばかり呆れたような蕾華の言葉に陸翔と葉月もうんうんと頷く。


「本当にね。中学生じゃあるまいし」


「こういうのって何て言うんだっけ? 中二病?」


「いや、それはまた別の意味だと思うぞ。ってか中学生の方がちゃんとした恋愛観もってないか?」


 その陸翔の言葉に再びはあ、とため息を吐く三人。


「怜も考え方は大人びてるのにねえ。本当になんでこうなったんだか……」


 葉月のその言葉に陸翔と蕾華は顔を見合わせてしまう。


「まあ、しょうがないと言えばしょうがないんですけどね」


「あら、何か理由でもあるの?」


 葉月のその問いに陸翔と蕾華は少し真剣な顔をして考える。


「えっと……葉月さんは怜の過去に何があったか聞いてますか?」


 具体的なことは言わない抽象的な問い。

 しかしそれだけで葉月は二人が何について問うているのかを理解する。


「小学校の時の飼育委員の話なら聞いているわよ。その後の結末も含めてね」


「そうですか……」


 八年前の怜のトラウマ。

 大好きだった動物に触れなくなり、そして他人を信用出来なくなった。

 それを自分達の口から話すことは出来ないが、怜が話しているのであれば問題ない。


「それなら知ってると思うんですけど、怜って一時期本当に人間不信になってたんですよ。オレ達が言うのもなんですけど、その時の怜を助けたのがオレと蕾華の二人です。怜の言葉を借りれば『友達みんなが信じてくれなかったあの時に、二人だけが信じてくれた』って。それで『友情』の方を強い思い入れがあるんですよね」


「それに加えてアタシ本人も原因の一つじゃないかって思うんですよね。よく男女間での友情は成立しないって言う人がいますけど、アタシとれーくんの間には恋愛感情一切なしでちゃんと友情成立してますからね。それも同性よりも遥かに仲の良いレベルで。だからこそサーヤに対しても『友情』から『恋愛』って思考に至らなかったんじゃないかって」


「なるほどね……」


 二人の考察に葉月は少し考えこむ。

 普通の人であれば間違いなく自身の心に生まれている恋愛感情に気付くのだが、トラウマという大きな出来事に起因しているのであればまあ納得がいく。


「桜彩の方も似たようなものかもね。あの子は昔から親しい異性ってのはいなかったからね」


 それだけなら似たような人は少なくはないんだけど、と補足する。


「まあ下心を持って近づいて来る相手はいたけどね。桜彩もそういうのは気が付きやすいから、自然と友人は同性だけに限られてたわ。それがあの事件で同性の友人も信用出来なくなって。そこに下心なしの優しい相手が現れたら失った友情が再び手に入ったって強く思ってしまうのも無理はないわね」


 怜も桜彩も一度友人に裏切られた過去を持つからこそ友人や友情というものを人一倍大切にする。

 よって恋愛感情に気が付かずにそれを友情だとしか認識しない。


「そういうところまで似なくても良いのに……」


「本当ね」


「まああくまでも仮説ですけどね」


 これはあくまでも三人がそう思っているだけのことだ。

 しかし大きくは外れていないと思う。


「だからこそ明日はちゃんと『デート』ってことを意識して少しでもそっちの感情に気付いてくれれば嬉しいんですけどね」


「怜もさやっちもデートってことを多少なりとも意識してくれたのは良かったんですけど」


「はあ。一歩一歩着実に前に進むように背中を押していくしかないわね」


 そして三人は再びため息を吐いて、明日のデートで少しでも関係が変わることを願った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ね、ねえ、明日のお弁当は何を作るの?」


「えっと、な、内緒だな。明日のお楽しみってことにしておいてくれ」


「う、うん…………」


 ショッピングモール内のスーパーで食材を買い込む二人。

 いつもならもっと自然に会話が進むのだが、二人共明日のピクニックがデートだということを意識してか微妙な空気になっている。


(で、デート、か……。て、てかよく考えたら、今のこれもショッピングデートってことになるのかな……?)


(あ、明日怜とで、デート、なんだよね? い、いや、そもそも今のこの時間だって、場合によってはデートってことに……)


 そんな感じで買い物を済ませて帰宅する。

 そのまま怜の部屋へと入り、買って来た食材を冷蔵庫へと入れる。

 その間も二人の間に会話は少ない。


「あ、え、えっと……その、明日、楽しみだね……」


「そ、そうだな、楽しみだな……」


 お互いにデートだということを意識しすぎているせいで、相手が不自然なことに気が付かない。

 全ての食材を片付けた後、会話が途切れて立ったまま固まってしまう二人。


「そ、それじゃあ明日のピクニック、楽しみにしてるね!」


 そう言う桜彩に、怜はついに決心を固める。

 このまま黙っていても良いかもしれない。

 そんな考えが一瞬頭に浮かんで来るが、即座に首を振って追い払う。

 そんな不誠実なことは断じて出来ない。


「そ、それじゃあね。お休み、怜」


 そう言っていつも通りの挨拶をして玄関へと向かおうとする桜彩。


「あ、あれ、その、なんだか今日は早くないか……?」


「え? あ、そ、そうだね……」


 本来桜彩はもっと遅くまで怜の部屋で一緒に過ごしている。

 こんなに早く帰る理由はないのだが、今は頭の中がこんがらがっている為に早く一人になろうとしてしまう。


「あ、べ、別に怜のことが嫌ってわけじゃあなくて、明日の、その、ぴ、ピクニックが楽しみで早く寝ようかなっていうか……」


「そ、そうか……」


「う、うん……」


『ピクニック』を楽しみにしてくれている。


 そんな桜彩に対してこれから伝える言葉は桜彩を失望させることになるのではないのか。

 しかし、それを伝えるタイミングをこれ以上引き延ばすわけにはいかない。


「あ、あの桜彩、少し、大事な話があるんだけど」


「え……?」


 怜の言葉に桜彩が振り返って二人で見つめ合う。

 二人の間の距離は一メートルもない。

 相手の息遣いまでもが確認出来て、心臓がどきどきと早鐘を打つ。

 そしてそれは怜だけではなく桜彩も一緒だ。


(だ、大事な話って、な、何かな……?)


 このタイミングでの内容に心当たりはない。

 そのまま十秒程度が経過したところで、怜が胸に手を当てて大きく深呼吸する。

 そして決意を固めてそれを告げる。


「その、じ、実はさ、さっき陸翔に言われたんだ。明日の俺達のピクニックって、世間一般的にはデートなんだって」


「えっ……?」


 怜の言葉に驚く桜彩。

 しかし考えてみれば納得もいく。

 桜彩がデートだということを意識したのは蕾華がきっかけであり、怜も同じようなことを陸翔から言われていてもおかしくはない。


「そ、そうなんだ……。あ、あのね、じ、実は私も、蕾華さんに、デートだって言われたんだ」


 意を決して告げる桜彩。

 そんな桜彩の言葉に怜も困惑する。


「そ、そうか。桜彩もそんなことを言われてたのか」


「う、うん。怜もなんだね」


 まさかの事実に二人共無言になってしまう。

 デートだと思っていたのは自分だけではなく相手もそうだということを知って少しだけ気が楽になる。


(……ってことは、別に桜彩にデートしようって言う必要はないってことか?)


 怜としては、自分だけがデートだという認識を持っているのは不誠実だと思っていたのだが、桜彩の方も同じ認識を持っているのならば話は別だ。

 しかし


「で、でもさ、受け取り方は私達しだいだよね。あ、明日はデートってことを考えないで、二人でピクニックを楽しもっか」


 そう笑顔で告げてくる桜彩。

 しかしその笑顔と言葉を額面通りに受け止めるには、怜と桜彩の付き合いは深すぎた。

 その桜彩の顔に陰りが浮かんだことを怜は見逃さない。


(やっぱダメ、だよな。それは桜彩を悲しませることになるし)


 ここで怜が『そうだな。デートなんて考えずにピクニックを楽しもう』と言えば、それはそれで楽しめるだろう。

 だが、桜彩がそれを望んでいない以上、自分に出来るのは桜彩の為にも『デートをしよう』と言うことだ――


(って違う! ふざけるな!)


 その言い訳じみた考えを思い浮かべてしまった自分の頬を両手でバシッと叩く怜。


「れ、怜……?」


 いきなりの怜の行動に面食らう桜彩。


(『桜彩の為』なんて腑抜けた言い訳をするんじゃねえよ! 『俺』が、桜彩とのデートを望んでいるんだろうが!)


 桜彩とデートをしたいのは自分も一緒。

 桜彩の為ではなく自分の為。

 それだけは絶対に譲ってはいけない一線だ。

 そして覚悟を決めて桜彩の顔を正面から見つめる。


「桜彩。そう言ってくれるのは嬉しいけど、二人でピクニックを楽しむのは俺は嫌だ」


「え……?」


 思ってもみなかった怜の言葉に桜彩が困惑する。

 そしてその心が絶望に染まっていく――前に、怜の口が続きの言葉を告げる。


「桜彩! 俺は桜彩とデートしたい! だ、だから、明日、俺とピクニックデートをして下さい!」


 勢い良く告げられた怜の言葉。

 その内容を考える前に、桜彩の口から言葉が漏れる。


「は、はい。わ、私もデート、したい、です……。私とピクニックデートをして下さい」


「…………………………………………」


「…………………………………………」


(言った、言ってしまった……! あ、あれ? 今、桜彩もオーケーしてくれた……?)


(え、えっと、今、私、なんて言ったっけ……? れ、怜がで、で、で、デートしたい、デートして下さいって言ってくれて……。そ、それで私……私、も……デートして下さいって…………)


「…………………………………………」


「…………………………………………」


 今、勢いで言ったことを頭の中で考える。

 相手が言ってくれたことを頭の中で考える。


(そ、それって……あ、明日は桜彩とデートってことで……)


(え、えっと……つ、つまり、明日は怜とデートするってことに……)


「…………………………………………」


「…………………………………………」


 二人が顔を上げてお互いの顔を見る。

 相手の顔が真っ赤になって緊張していることにやっと気が付くが、自分の顔も同じであろうことは想像に難しくない。


「あの、桜彩」


「は、はいっ!」


 やっとのことで絞り出すように声を出した怜に対して、桜彩が驚いて声を上げる。


「え、えっと、明日、デートしてくれるってことで、良いんだよな……?」


 確かめるようにゆっくりと尋ねる怜。


「う、うん……。明日、私と怜で、デート、するんだよね……?」


「あ、ああ」


「そ、そっか。デート、デートか……」


「そ、そうだな。デート、だな……」


「…………………………………………」


「…………………………………………」


 二人で呟くように繰り返すその言葉にやっと現実味が湧いてくる。


「ま、まあなんだ。ピクニックに行くことには変わりがないしな!」


「そ、そうだね! ピクニックがピクニックデートって言葉に変わっただけだからね!」


 緊張を振り払うように二人で大声をあげる。


「ま、まあなんだ。ぴ、ピクニックを楽しみながら、時々デートだってことを意識していけば良いんじゃないのか?」


「う、うん、そうだね! 頭の片隅にでも置いておこうね!」


「…………はははははっ!」


「…………ふふっ、ふふふっ!」


 しばらくして緊張が解けてお互いに笑い合う。


「でもおかしいよな。いつも通りに二人で出掛けるだけなんだけど、ただ言葉が違うだけでこんなに緊張するなんて」


「そうだね。でも嫌じゃないよ。怜とだったら絶対に楽しくなると思うし」


「ありがと。俺も桜彩とだったら絶対に楽しいと思う」


「そうだね。あ、そうだ。ピクニックデートっていったい何をするのかな? ちょっと調べてみよっか」


「それいいかも。あ、なんならさ、明日は近場の公園にでも行こうかと思ってたんだけど、もっと足を延ばしても良いかもしれないな。少し遠いところまで含めてお勧めのピクニックスポットもついでに調べるか」


「賛成!」


 そして二人はノートパソコンを立ち上げてピクニックデートについて検索をかける。

 そのまま明日のピクニックデートについて予習をして、名残惜しいお別れの時間だ。

 柔らかく温かい空気のまま、お互いにまだ少し赤い顔を見合わせて笑い合う。


「それじゃあね、怜。明日のデート、楽しみだね」


「ああ。目いっぱい楽しもうな」


「おやすみ」


「おやすみ」


 そして二人はそれぞれ明日に備えて体を休める。

 まだ少し暑い気がするのは気のせいではないだろう。






【後書き】

ここで中編は終了となります。

当初考えていた以上に中編が長くなってしまいましたが

次話から甘い初デート編へと移ります。

期待外れだと思われないように頑張ります。


出来れば意見、感想等頂けたら嬉しいです。

(『面白かった』と書いていただけるだけでも嬉しいですし、家族編が長すぎる、とかの意見でも構いません)

今後もよろしくお願いいたします。

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