第132話 「二人でピクニックに行くのはデートだからな」

「怜、明日さやっちとピクニックデートするんだって?」


「ふぁいぃっ!?」


 バイトが終わり少しばかりリュミエールで時間を潰していると、陸翔から店の前に着いたという連絡があった。

 そのまま二人でショッピングモールへと向かう道すがら、予想もしなかった陸翔の言葉に怜の口から驚きの言葉が漏れる。

 その顔を見て、『やっぱりデートなんて意識してなかったんだな』と分かり切ってはいたが悲しくなる陸翔。

 一方で怜は慌てたままあわあわと表情が変わっていく。


「で、で、デートって……」


「ん? お前がさやっちと一緒にピクニックに行くんだって蕾華から連絡があったぞ」


 正確には『れーくんとサーヤが明日一緒にピクニックに行くんだって! それはデートだってことをれーくんに意識づけておいて! アタシはサーヤのお姉さんと一緒に先にショッピングモールに行ってサーヤのコーディネートしてるから!』という内容のメッセージだったのだが。


「ん? ピクニックに行くんじゃないのか?」


「い、いや、行く予定だけどさ……。ただその、ピクニックに行くんであってデートってわけじゃ……」


「さやっちと二人で行くんだろ?」


「ま、まあそうだけどさ……」


 歩きながら下を向いてしまう怜。

 何を言うでもない二人の横を走っていく車の音がやけに耳に大きく響いてくる。


「な、なあ、陸翔。聞いて良いか?」


「ああ。なんでも聞いてくれ」


 いつもとは違い緊張した様子の怜が、ごくりと唾を飲み込んでゆっくりと口を開く。


「そ、そのな……、俺が桜彩と一緒にピクニックに行くのって、デート、なのか?」


「だからそう言ってるじゃねえか。言っとくけどからかってるわけじゃないからな。世間一般的に、同年代の若い男女二人でピクニックに行くのはデートだぞ」


「そ、そうか…………」


 陸翔の返事に歩く足が止まってしまう怜。

 そんな怜をせかすでもなく、陸翔はゆっくりと怜の少し前で立ち止まって怜の考えがまとまるのを待ってくれる。

 怜としては、明日は単に桜彩とピクニックに行く、それだけしか考えていなかった。


(デート。デート……か……。てか、ピクニックがデートになるんならこれまでのも……)


 陸翔の指摘に返す言葉のない怜。

 デートというのがどういうことかと冷静になって考えてみる。

 前に桜彩と一緒に猫カフェに行った次の日、女子と猫カフェに行ったということが陸翔にバレて、それはデートだと言われてしまった。

 よく考えてみると、一緒に猫カフェに行ったり、一緒にカラオケに行ったりするのはデートと呼べるかもしれない。

 一緒に雑貨屋に買い物に行ったりすることも一緒に洋菓子店でケーキを食べることも。

 いや、それどころか一緒にスーパーで買い物をして、一緒に料理をして、一緒にご飯を食べて、一緒にリビングで過ごして……。

 場合によってはそれらも全てデートに分類されるかもしれない。


『言葉で定義出来ない自分達だけの関係』


 以前怜が言った二人の関係。

 故に一緒に猫カフェに行ったりカラオケに行ったり買い物に行ったりすることも、自分達二人にとってはデートなどではなく当たり前のことだった。

 だからこそ二人共特に意識はしなかったし、今回の件も一緒にピクニックに行くことに何の疑問も抱かなかった。


「…………そっか、デート、なのか」


 ボソッと呟いたその言葉に、よりデートなのだということを意識してしまう。

 話の流れからピクニックに誘ったのは自分だが、その時はデートなどと全く意識していなかった。

 その時の桜彩の受け取りかたを考えると、おそらく桜彩もそうだろう。

 そんな関係がずっと続いてくれれば、などと考えることも多かったが、もしこれをお互いにデートだという認識になったら二人の関係はどうなってしまうのか。

 これまでと同じく、温かく幸せな関係が崩れたりしないのか。


「…………デート、か。桜彩とデート……」


 もし桜彩もこれをデートだと認識してくれたのなら、どのように思ってくれるのか。

 デートだと認識したうえで、今まで通りに喜んで、もしかしたら今まで以上に喜んでくれるのか。

 もしも笑顔で『デートするの、楽しみだな』などと言ってくれたら…………。

 そんな想像をしてしまい、胸の内が温かくなってくる。

 想像の中の桜彩の笑顔に怜の顔は真っ赤に染まって心臓の鼓動が早くなる。


(でも、嫌な顔をされたら……)


 今の関係は、怜が下心を一切持たずに桜彩と接していたところが大きい。

 だからこそ桜彩も怜のことを信用してくれたのだし、安心してくれた。

 そしてそれが今の関係に繋がっている。


(俺だけがデートだなんて意識して、その関係が崩れてしまったら……)


 おそらくそんなことにはならないだろうという思いはある。

 自分と桜彩は出会ってからまだ一か月程度しか経ってはいないが、時間以上に濃密な関係を重ねてきたという自負もある。

 しかし、もし万一。

 そんな風に気持ちが沈みそうになったところで、陸翔がポンッと怜の頭を叩いた。

 顔を上げると、怜の目に陸翔が優しい目でこちらを見ている。


「なあ。一応聞いておくとさ、お前はさやっちとデートするのが嫌ってわけじゃあないんだろ?」


「でも、桜彩の方がどう思ってるかは…………痛っ!!」


 バスッと沈み込んだ怜の頭を少し強めに陸翔が叩く。


「さやっちがどう思ってんのかは聞いてねえ! お前はどうなんだよ、怜!」


 先ほどとは一転して強い視線を向けて聞いてくる陸翔。

 陸翔の言葉に、怜は叩かれた頭をさすりながら自分自身の気持ちを集中して考えてみる。

 もちろん答えは決まっている。


「…………そりゃあ嫌なんてことはない。桜彩とだったらきっと楽しめると思ってる」


「そっか。ならそれで良いじゃねえか」


 ふっ、と気を抜いて再び優しい目で怜を見つめて首に手を回す陸翔。


「デートって言ったオレが言うのもなんだけどよ、あれこれ考えすぎなんだよ、お前は」


「陸翔……」


「ピクニックに行くのがピクニックデートに行くのになっただけだろ? だったらいつも通り楽しめば良いんだって」


「……そっか。そうだよな」


 確かにその通りかもしれない。

 ピクニックだろうがピクニックデートだろうが、やることは一緒だ。


「ありがとな」


「おう! っていうか、デートだって意識させたオレがお礼を言われるのも変だけどな」


 そして二人でニカッと笑うとお互いに拳を合わせる。


「ありがと、陸翔。とりあえず明日は楽しんでくるよ」


「おう。まあ時折デートってことを意識して欲しいけどな」


 そう言って二人はショッピングモールへの道を歩き出す。


(そっか。明日は桜彩とデートか)


 道すがらそのことに意識を引っ張られてしまう。

 その為、横を歩く陸翔の言葉がいつもと違って頭に入ってこない。


(…………でも、それで良いのか?)


 明日は桜彩とのピクニックデートを楽しもうと思っている。

 しかし一方の桜彩は単に怜とのピクニックを楽しみにしてくれている(怜は知らないが、桜彩もデートということを意識しているのだが)。

 自分一人がデートだという認識を持って明日に臨むのは、桜彩にとって失礼ではないのか。

 桜彩は単にピクニックを楽しみにしているのに、自分はそれをいいことにピクニックデートだと勝手に思っている。

 言い方を変えればピクニックという言葉でごまかして桜彩とデートしようとしている。

 それは桜彩に対する裏切りではないのだろうか。

 そう思い至った時、怜の足が再び止まる。


「怜? どうかしたか?」


「ああ。やっぱりこれはマズいなと思ってな」


 足を止めた陸翔に、今考えていたことをそのまま話す。

 途中で口を挟まずにそれを聞いてくれる陸翔。


(…………まあ、さやっちの方もデートだって意識してるはずなんだけどな)


 怜の知らないところで蕾華と葉月により桜彩もデートだという認識を持っている。

 だがさすがにそれを言うわけにはいかない。


「だからさ、自分だけがデートだって認識持ってちゃ桜彩に対して不誠実だと思うんだ」


 これまで、怜は桜彩に対して一切下心など持ってはいなかった。

 桜彩に対して『可愛い』とか『綺麗』とかそういった感想を抱くことはあったし、魅力的な女性として意識もしている。

 しかし、これまで桜彩のことを手助けしたのは桜彩との関係を進める為というわけではない。

 今回、誘った時は気にしていなかったとはいえ、自分だけがデートとしてピクニックを楽しむのは絶対に出来ない。


「そっか。まあ、お前ならそう言う考え方にもなるか……」


「ああ。だけどさ、もう今更、俺の頭の中からデートっていう認識を消すのは無理だと思うんだ」


 それはそうだろう。

 人間というのはそう言う生き物だ。

 この世界には魔法もないし、未来から来たタヌキ型ロボットも存在しない為、そう簡単に記憶を消したり認識を変えることなど出来はしない。


「っておいまさか……っ!」


 まさか、明日のピクニックの予定を中止するつもりなのか。

 これはもう、桜彩もデートだという認識を蕾華によって植え付けられたと教えた方が良いのではないのか。

 焦る陸翔だが、それより早く怜が次の言葉を発する。


「だからさ、桜彩をデートに誘ってみるよ」





【後書き】

 次回投稿は月曜日を予定しています

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