第131話 「二人でピクニックに行くのはデートだからね」

「それでサーヤ、明日はどうするの? 確かれーくんもバイト入ってないよね?」


 ちなみに蕾華と陸翔は明日は用事がある為に怜と一緒に過ごすことは出来ない。

 ということは、ほぼ間違いなく怜と桜彩は一日中二人で過ごすことになるだろう。


「はい。それなんですけれど、明日は怜とピクニックに行く予定なんです」


 蕾華の問いにウキウキとした様子で桜彩が答える。


「ピクニック?」


「はいっ! 先日、怜とメッセージのやり取りをした時にお弁当を食べたいと言ったらピクニックに行くことになったんです」


 怜と一緒に出掛けるということが嬉しくてつい笑顔が浮かんでしまう。

 数日前に話題に上がった時からずっと楽しみで、もう何度となく脳内でピクニックの予習をしてしまった。

 怜と一緒に過ごせるというだけで楽しいのに、それに加えて怜のお弁当まで付いてくる。


(そんなのもう絶対に楽しいに決まってるよね! もう明日が待ちきれないよ)


 明日のことを考えて嬉しそうにしている桜彩にニヤニヤという視線を送る蕾華と葉月。

 桜彩が何を考えているか本当に分かり易い。


「そうなんだ。れーくんと一緒に」


「はい。実は私が実家に戻ってから毎晩、怜と一緒に秘密の通話をしてたんですよ」


 会話の内容も二人にとっては興味があるが、今はピクニックの話題の方が優先の為に深くは突っ込まない。


「うんうん。昨日れーくんも言ってたね、それ」


「はい。秘密の通話と言っても別に大した内容じゃないですし、会話の内容が全て秘密というわけでもないですけど」


 あくまでも細かい雑談が秘密というだけのことだ。

 そんな明日のことを考えてニコニコしている桜彩。

 すると桜彩を見る蕾華と葉月の目がキラリと光る。

 お互いにアイコンタクトを交わして一言。


「へえ。ってことはサーヤ、明日はれーくんとデートってことだね!」


「ひゃえっ!?」


 ニコニコしていた桜彩の顔が、その蕾華の言葉で一転して驚きに染まり、口からは今まで発したことのない言葉が出てしまう。

 そんな桜彩の反応に、蕾華と葉月は『悲しいかな、やっぱり意識してなかったのか』と納得してしまう。

 もちろん桜彩がデートだと思っていてくれることが一番なのだが、これまでの経験上、絶対にそんなことは意識していないという確信があった。

 言うまでもなく、怜もデートだと意識などしていないだろう。


「あ、あの、で、で、で、デートって……」


 蕾華の言葉の意味が分かり、その単語を繰り返す桜彩。

 そんな桜彩に蕾華と葉月は微笑ましい気持ちと呆れた気持ちを半々程度で持ちながら


「れーくんと一緒に二人でピクニックに行くんでしょ? そんなのデート以外の何物でもないじゃん」


「ええそうね。蕾華の言う通りだわ」


「は、葉月まで何を……」


 ただ怜と一緒にピクニックに行くだけ。

 いつも通り、怜と一緒に過ごすだけなのだ。

 問題なのは怜も桜彩もそれが当たり前すぎて全く意識していない事なのだが。


「何をって、あなたねえ」


 呆れたようにわざとらしく頭を抱える葉月。


「だ、だ、だ、だって、わ、私と怜は単にお弁当を食べにピクニックに行くだけで、で、デートなんかじゃ……」


「いやだからさ、男女二人でお弁当を食べにピクニックに行くのは間違いなくデートだからね」


「蕾華の言う通り、間違いなくデートね」


 からかっているのではないかと二人の顔を見る桜彩だが、相手の表情からそれが本気で言っているということが分かる。


(で、デート……怜と……デート…………)


 その言葉の意味を頭の中でよく考え、充分にその意味を理解すると桜彩の顔がボッと瞬間的に赤く染まる。

 体が熱くなってきて、なんだからうっすらと汗もかいているような気がしてくる。

 まだ五月ということで特別暑い訳でもないのだが。

 目の前に置いてあるよく冷えたデトックスウォーターの入ったグラスを手に取り一口飲むと、その冷たさが体内に伝わってくる気がしてやっと一息つく。


「あ、あの……デートとおっしゃいましたけど、その、わ、私と怜はこれまでにも何度か一緒に出掛けていますので、今更それがデートだとは……」


「いやだからさ、前にも言ったけど、れーくんとサーヤが普段やってることって一般的に言えばデートだからね。猫カフェとかさ」


「そ、それは……」


 蕾華の指摘に返す言葉のない桜彩。

 デートというのがどういうことかと冷静になって考えてみる。

 前に怜と一緒に猫カフェに行った次の日、怜が女子と猫カフェに行ったということが蕾華にバレて、それはデートだと言われていた。

 確かによく考えてみると、一緒に猫カフェに行ったり、一緒にカラオケに行ったりするのはデートと呼べるかもしれない。

 一緒に雑貨屋に買い物に行ったりすることも一緒に洋菓子店でケーキを食べることも。

 いや、それどころか一緒にスーパーで買い物をして、一緒に料理をして、一緒にご飯を食べて、一緒にリビングで過ごして……。

 場合によってはそれらも全てデートに分類されるかもしれない。


『言葉で定義出来ない自分達だけの関係』


 以前怜が言った二人の関係。

 故に一緒に猫カフェに行ったりカラオケに行ったり買い物に行ったりすることも、自分達二人にとってはデートなどではなく当たり前のことだった。

 だからこそ二人共特に意識はしなかったし、今回の件も一緒にピクニックに行くことに何の疑問も抱かなかった。


「ということは、わ、私と怜は、これまでに何度もデートをしていたということでしょうか……?」


 羞恥に震えながらそう口から言葉を絞り出す桜彩。


((何を今更))


 今までそれに気付いていなかったことに呆れる二人。

 まあ気付いていないことに気付いてはいたが。


「まあ、普通に考えればそうでしょうね」


「うう……」


 そう指摘されるととたんに恥ずかしさが押し寄せてきて、桜彩が顔を覆ってしまう。


「まあこれまでのことは二人共気にしてなかったからデートじゃないってことにしてもさ。でもさ、サーヤ。明日のピクニックは間違いなくデートだよ」


「で、デート……。怜と、デート……」


 怜と一緒にピクニックに行く。

 そのこと自体は変わらないのだが、一度それをデートだと認識してしまうととても恥ずかしい。

 しばしの間、テーブルを沈黙が支配する。

 蕾華も葉月も桜彩を困らせる為にこんなことを言っているわけではない。

 しかし二人にとって、このままでは完全に両想い状態の怜と桜彩の関係が進んで行かないことは目に見えている。

 二人にとって大切な相手だからこそ、自分達自身が気が付いていない想いを成就させてほしい。


「ねえサーヤ。一応聞くけどさ、サーヤはれーくんとデートしたくないわけじゃないんでしょ?」


「え? そ、それは……そう、ですけど……」


 蕾華の言葉に桜彩は首を横に振る。

 嫌なんてことがあるわけがない。

 いつも自分のことを大切にしてくれた特別な相手。

 そんな怜とデートするなど驚きはあっても嫌だなんてことは絶対にない。


「だったらさ、それでいいじゃん。デートって言ったアタシがいうのもなんだけどさ。れーくんとピクニックに行くのがれーくんとピクニックデートに行くのになっただけで、やることは大して変わらないわけでしょ? だったらいつも通り楽しめば良いんだって」


「そ、そうでしょうか……」


「うん。だってさ、ピクニックとピクニックデートって何が違うの?」


「え? そ、それは……」


 蕾華の問いに考えてみる。


(そ、そうだよね……。ピクニックがピクニックデートになったところで、呼び方が変わるだけだよね……)


 蕾華の言う通りかもしれない。

 実際に明日はピクニックをすること自体に変わりはないのだから。


「だからさ、デートってことは頭の片隅にでも置いて明日はピクニックを楽しめばそれで良いんだよ。そこにデートって言う名のちょっとしたスパイスが加わったと思えば」


「そうね。蕾華の言う通り、明日はピクニックを楽しめば良いと思うわ。時折デートってことを思い出す程度で」


「う、うん。確かに二人の言う通りかも……」


 二人の言葉に桜彩が徐々に納得していく。

 それを見た二人は桜彩に見えないように、テーブルの下で握手した。


「それじゃあ明日のデートについて話そっか。まず聞きたいんだけどさ、サーヤ、明日のコーデは何を着ていくの?」


「え? ああ、先日のバーベキューと同じで動きやすい物を……」


 桜彩の言葉を聞いた蕾華の表情が不満に染まっていく。

 そして桜彩の肩に手を置いて


「処刑」


「え? ええっ!?」


 いきなりの蕾華の言葉に桜彩が驚きの声を上げる。


「サーヤ、初デートでそれは絶対にダメ! もっとインパクトのある感じで行かないと!」


「その通りね。あなた正気?」


 葉月までもが蕾華の言葉に同意して、桜彩にジト目を送る。


「え? だ、だってピクニックですよね? 動きやすい感じの服装で行かないと……」


「いや、確かにサーヤなら何を着ても似合うよ。バーベキューの時の服だって本当に似合ってたし。でもね、やっぱりデートなんだからもっと気合を入れないと! 動きやすい服装でもちゃんとれーくんの心に響くようなのを選ばないとダメ!」


「そ、そうでしょうか……?」


「そうだって! あ、ちなみに知ってると思うけどれーくんって結構モテるからね。ほら、あれ」


 そう言って蕾華がレジの方へと視線を向けると、怜が来店した女性二人の接客していた。


「えっ……?」


 予想外の光景に目を見開く桜彩。

 相手の女性は大体怜と同年代か少し年上。

 お客が詰まっているわけではないので少しばかり雑談に付き合っている感じだ。

 その内に女性の一人が少し緊張した感じでメモ用紙を怜に差し出す。

 何を言っているのか桜彩達には聞こえないが、怜はそれを受け取らずに丁重に断っているようだ。

 声が聞こえてこないとはいえ話の内容はそれだけでなんとなく分かる。

 大方連絡先でも渡されそうになっているのだろう。


「むぅ…………」


 それを見ている桜彩が不満そうな表情で声を漏らす。


(ホントに分かり易いわね)


(そんなサーヤも可愛いんだけど)


 怜が何かを言いながら頭を下げると女性の方は少し寂しそうに首を横に振ってケーキを受け取る。

 しょんぼりとした女性がそれを励ますようにするもう一人と共に店を出ていく。

 それを確認して蕾華達三人は再び顔を突き合わせる


「ってなわけでさ、れーくんってあんな感じの事が時々あるからね。だからサーヤ、もっとサーヤを印象付けないと!」


「わ、分かりました!」


 今の光景を見て気合を入れる桜彩。

 桜彩が自身の好意を自覚していない現状では怜がモテることと桜彩が気合を入れたコーディネートをすることに直接的な関係はないのだが、その場のテンションと口車でまんまと乗せられてしまう。


「さて、そろそろ出ましょうか。幸いなことに時間はあるし、明日の服を見繕いに行くわよ」


「あ、アタシも付き合いますね。ショッピングモールなら色んなお店があるし、アタシもこの後向かう予定だったので」


「あなたが付き合ってくれるのなら頼もしいわね。それじゃあお店の案内を頼むわね」


 そして三人揃って席を立ち、怜に一声かけて店を出ようとする。


「あれ? 蕾華、陸翔を待つんじゃないのか?」


「うん。先にショッピングモール行ってるかられーくんはりっくんと一緒に来て」


 本来蕾華はここでバイトの終わった怜と、陸翔が来るのを待ってから三人でショッピングモールへと向かう予定だった。

 当初の予定とは多少違うがまあ良いだろう。

 それに陸翔には怜について頼んでおきたいこともある。


「オッケー、分かった。………………………………ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」


 営業モードへと切り替えた怜に見送られ、三人は桜彩のコーディネートするためにショッピングモールへと向かって行った。

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