第130話 蕾華と葉月② ~意気投合する二人~
それから少ししたところで桜彩がお手洗いの為に席を外す。
必然的に席に残ったのは蕾華と葉月の二人だけだ。
ちなみに怜はカウンター内で仕事中である。
扉が閉まり桜彩の姿が消えたのを確認して、蕾華が葉月へと向き直る。
そして蕾華のの雰囲気が変わった。
先ほどまでの笑顔から、何か少し警戒するような視線を葉月へと向ける。
「葉月さん、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
先ほどまでとは違ってかしこまった口調に戻して問いかける蕾華。
「ええ。何かしら?」
その空気を理解した葉月も真剣な表情で蕾華を見返す。
別にお互いに敵意を向けたり睨んでいるわけでもないのだが、それだけでこのテーブルの空気が変わった。
「葉月さんがサーヤのことが大好きなのは分かっています。その上で教えて下さい。れーくんについてどう思っていますか?」
「怜について、ね」
その言葉の意味を考える葉月。
単純に考えれば怜に対してどのような印象を持っているのかを聞いているのだろう。
もしくは、自分が怜に対して異性として好意を抱いているか。
しかし目の前の相手がそう言った意味で聴いているわけではないことは葉月にも分かる。
しばしの沈黙の後、ゆっくりと葉月が口を開く。
「怜には本当に感謝しているわ。桜彩の生活を助けてくれて、トラウマの克服まで手伝ってくれて。それに何より、桜彩にとって『本当に信頼出来る相手』でいてくれて。怜になら桜彩を、大切な妹を任せても良い、っていうか怜にしか任せられない。そう思っているわよ」
葉月が偽らざる本心を口にする。
それが蕾華が一番気になっていたことだろう。
つまるところ、桜彩のことを大切にしている葉月が怜のことを信用していても、二人の関係が進むことに反対するかどうか。
それを明確にしてもらいたかった。
「あなたの質問の意図を考えて回答したつもりなのだけど、これで合っているかしら?」
「……はい。ありがとうございます」
その答えを聞いて安堵する蕾華。
そして葉月に対して頭を下げると、葉月もふっ、と苦笑する。
「ふふっ。本当に怜のことを大切にしているのね」
「もちろん。れーくんはアタシの大切な親友ですから。それにれーくんだけじゃなくサーヤのことも大切にしてますよ」
怜だけではなく、怜を通して知り合った桜彩も蕾華にとってはもうかけがえのない大切な親友だ。
そう言って二人は笑い合い、先ほどまでの柔らかい空気に戻る。
「そっか。桜彩を大切にしてくれてありがとうね」
「お礼を言われることじゃないですよ。アタシにとってサーヤはとっても大切な親友ですから」
「そうね。ごめんなさい、変なことを言って」
「いいえ。あ、連絡先を交換してもらって良いですか?」
「ええ、構わないわよ」
二人でスマホを取り出して連絡先を交換する。
「あ、そうだ。葉月さんはれーくんとサーヤをくっつけたいって思ってくれてるようですけど、ご両親は反対とかしないんですか?」
昨日、怜が桜彩の両親と会ったことは蕾華も聞いている。
その時の両親の感触はどうだったのだろうか。
ちなみに蕾華が陸翔と付き合う時は、父も母も全く反対しない、というか大賛成だった。
しかし世の中の両親がそのような人達ばかりとは限らない。
「ええ。むしろ父さんと母さんも私と同じね。最初は二人が恋人同士だと勘違いして喜んでいたくらいよ。それが勘違いだって分かったら二人共少し落ち込んでたわ」
「そっか。良かった」
もし反対しているようならこの先面倒になる可能性も否定出来なかった。
その為それを聞いた蕾華が胸を撫で下ろす。
「ちなみに私や両親が反対していたら、あなたは二人をくっつけるのを諦めたの?」
苦笑しながら質問する葉月。
もちろん蕾華の答えは分かり切っていることだろう。
それに対して蕾華も笑みを浮かべて答えを返す。
「まさか。その場合は家族にバレないように二人の背中を押すつもりでしたよ。だってお互いにあんなに好き合ってるんですから」
「そうね。問題はお互いにそれを自覚していないことだけど」
「ですよね。ホントに何で付き合ってないんだって何度も思ってますよ」
呆れながら苦笑する蕾華。
もう本当に恋人同士を越えた付き合い方をしている二人だ。
あれが恋人でないならなんだというのか。
いや、本人達に言わせれば『言葉で定義出来ない自分達だけの特別な関係』らしいのだが、他の者からすればあれは完全に恋人同士だ。
「でも、出会って間もないのにあの雰囲気になってるんでしょ? このまま自然に成り行き任せに見守れば、いずれくっつくとは考えなかったの?」
苦笑しながら聞く葉月。
もちろん葉月も答えは分かっている。
「二人のことだから二人に任せて見守るだけってことも考えたんですけどね」
「そうね。本来それが一番良いのはとは思うわ。でも、このままじゃあの二人、十年後も今みたいな関係のまま前に進んでいないことも充分にあり得るからね」
「ええ。良くも悪くもれーくんもサーヤもあんな感じですからね。だからこそ、お節介だと知ってはいるけれど、私は二人の背中を押します。多少、いや、かなり強引にでも。だからこそ良かった。サーヤが大切にしているお姉さんが理解のある人で。これでもう遠慮なしに背中を押していきますね!」
「ええ、お願いね! 私に出来る事があれば何でも言ってね!」
「はい! 困ったことがあったら連絡しますね!」
「ついでに何か進展があった時も報告をよろしく」
怜と桜彩、二人を大切にしている者同士で熱い握手を交わす。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そうそう、昨日桜彩がね……」
「実はですね、この前二人で……」
意気投合した蕾華と葉月が、怜と桜彩のネタで盛り上がる。
お互いの知っているエピソードを時には写真も交えて話していく。
「二人共、盛り上がってるけどいったい何を話してるの?」
そこへ戻って来た桜彩が不思議そうに問いかける。
とそこで蕾華の持っていたスマホの画面が桜彩の目に映る。
そこには先日のバーベキューでの膝枕のシーンがばっちりと表示されていた。
「ちょっ、ちょっと蕾華さん! な、な、何を見せてるんですか!?」
瞬間的に顔を真っ赤にして慌てる桜彩。
まさか少し席を外した隙にこのようなことになるなんて思ってもみなかった。
鏡を前にして髪が少し乱れていたことに気が付いて、怜に少しでも良く見られたいと思い髪を整えていたのだが、こんなことならそんな事なんてしないですぐに戻れば良かったかもしれない。
「え? 葉月さんにサーヤとれーくんの仲の良いところを見て欲しいなって」
慌てる桜彩とは対照的に、全く悪びれずに答える蕾華。
「だ、だからってそんな……」
「ちょっと桜彩、あなたこんなことしてたのね! なんで教えてくれないのよ!」
と今度は葉月からクレームが飛んでくる。
シスコンとして、こんなに可愛らしい妹の姿を見過ごすことは出来ない。
「べ、別に葉月に教える必要なんてないでしょ!?」
「あるわよ。わたしはあなたの姉なのよ?」
何を馬鹿なことを言っているの、と軽く睨んでくる。
「あ、姉だからって別に教える必要なんてないじゃない! ら、蕾華さんも内緒にしていて下さいよ!」
席に座ることすら忘れた桜彩が、その赤い顔を二人の間で行き来させる。
あの時はすっかり周りが見えていなかったのだが、冷静になると本当に恥ずかしいことをしていたのだと自覚した。
そしてそれをまさか葉月にばらされるなど当時は予想もしなかった。
「えーっ、だって葉月さんが、サーヤの可愛い所を教えてくれれば自分が知ってるサーヤについて話してくれるって言うからさ」
「ちょ、ちょっと葉月、いったい何を話したの!?」
「別に大したことじゃないわよ。あなたが私から怜を守ろうと、怜の頭をギュッて抱きかかえたこととか」
「な……なにを話してるの!」
あの時は、葉月が怜を殴るのではないかと思ってついとっさに怜を抱きしめてしまった。
そのまま自分の両胸に怜の顔を押し付けてしまって……。
思い返すだけでも恥ずかしい。
「…………まあまあサーヤ。落ち着いて落ち着いて。とりあえず座ろっか」
「うう……」
蕾華の言う通り、いったん席に座る桜彩。
しかし恥ずかしさから真っ赤になった顔を両手で覆ってテーブルへと倒れてしまう。
「あはは、ごめんごめん」
倒れた桜彩の頭を葉月が優しく撫でる。
「むぅ……」
両手の間から真っ赤になった顔を少しだけ覗かせて、二人に恨みがましい視線を向ける桜彩。
が、そもそも羞恥に顔を真っ赤にしているせいか、全く怖くない。
「ごめんって。あ、それじゃあれーくんの過去の恥ずかしいエピソード教えてあげるから、それで許して」
「えっ!?」
蕾華の言葉に桜彩がぱっと起き上がり、期待するように目を輝かせる。
(分かり易いなあ)
(分かり易いわね)
そんな桜彩の行動につい二人で同じことを思ってしまう。
はっきり言って怜のことが好きなのはバレバレだ。
「それでそれで、いったいどんなことがあったのですか?」
目をキラキラとさせながら、蕾華の話を食い入るように聞こうとする桜彩。
「うん。実はね……」
「何を話そうとしてんだぁ!」
慌ててテーブルまで来た怜が蕾華を止める。
デトックスウォーターのおかわりを運ぼうと歩いていたらとんでもないことが耳に届いてきた為に速足で三人の席へと向かう。
「怜」
その姿を見て嬉しそうに喜ぶ桜彩。
だが今に限って怜の用件の本命は桜彩ではない。
「あ、れーくん」
「あ、れーくん、じゃない。何を話す気だ何を!」
焦って顔を真っ赤にしながら蕾華を問い詰める。
なにしろ八年も一緒にいる親友だ。
蕾華の知る怜のはずかしいエピソードなど、両手で足りるほどではない。
ちなみに怒りながらも店員としての役目も忘れずに、三人のグラスへデトックスウォーターを注ぐことも忘れない。
「ほらほら店員さん。お客の会話に割り込んでないで早く仕事に戻りなさいよ」
「えーっ、良いじゃない。他にお客さんもいないんだし」
怜を追い払うようにシッシッと手を振る葉月とそれに不満そうに口をすぼませる桜彩。
リュミエールの方針では、周囲に他のお客がいない場合にはお客との会話は許可されているので桜彩としてはもう少し怜にはここにいて欲しい。
「おいコラ蕾華。絶対に言う…………いらっしゃいませ」
蕾華に釘を刺そうとしたところで間の悪いことにリュミエールのベルが店内に来客を告げる。
それを聞いてアルバイト中でもある怜はすぐさま接客モードへと戻った。
入口の方を見ると、若い女性二人が入店して来たのが見える。
いつも通りのスマイルを浮かべて来店したお客へとお辞儀する。
「それではお客様、ごゆっくりどうぞ」
スマイルを保ったまま桜彩達三人にそう告げる怜。
最後に蕾華をキッと睨んで視線で釘を刺してから、デトックスウォーターのデキャンタ―と共にレジへと戻る。
新たなお客に店員として変なところを見られるわけにはいかない。
「お待たせしました。こちらでお召し上がりですか?」
そんな感じで接客モードへと戻った怜を確認する三人。
一拍置いて
「ほらほら、見てこれ! 超貴重なアルバイトの格好をしてるれーくん!」
もちろん蕾華が素直に怜の過去を黙っているはずなどなかった。
スマホに表示された怜の写真を渡良瀬姉妹へと差し出す。
「こんな写真も撮ったのですね」
不思議そうに桜彩が問いかける。
蕾華であればアルバイト中の従業員を撮影するなどしないと思うのだが。
「ああそれ。これって実はこのお店のホームページ作るのに使った写真なんだ」
そう言いながらリュミエールのホームページをスマホに表示させる。
店内の様子を見ていくと、レジで接客する怜の写真が載っていた。
ちなみに接客相手は瑠華である。
「ほら、やっぱさ、接客してる姿とかも必要だからね。れーくん、こういうのって映えるし」
外見の良い怜はこういった写真にはちょうど良い。
ちなみに光の方も外見は良いのだが、そもそも光は接客はしないしそんなガラじゃないというので載っていない。
怜も最初は断っていたのだが、なんだかんだ世話になっている望の説得によりモデルとなることを了承した。
「それじゃあこれ、サーヤにも送るね」
「はいっ! ありがとうございます」
嬉しそうに送られてきた怜の写真を保存する桜彩。
そんな桜彩を二人は『なんだかなあ』と思いながら生暖かい目で眺めていた。
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