第129話 蕾華と葉月① ~リュミエールでの邂逅~
翌日、怜はいつも通り朝早くからリュミエールでのバイトがある。
一方で桜彩の方は昼食までは家族で過ごしていた。
そして昼食後、舞と空は仕事の都合上、名残惜しそうにしながらも桜彩(と葉月)に別れを告げて自宅への帰路に就く。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いらっしゃいませー!」
午後三時、少しピークを外れたリュミエールに桜彩と葉月が来店した。
ベルの音で二人の来店に気が付いた怜の表情がそれまで以上に柔らかくなる。
桜彩の方も怜を見て表情を緩めて、二人で笑い合う。
「こちらでお召し上がりですか?」
店内には二人の他にもお客がいる為に、一店員としての対応を心掛ける怜。
二人の方もそれを分かっているのかそれを気にする様子もない。
「はい。イートインでお願いします」
「かしこまりました。ご注文をお願いいたします」
「ガトーショコラとモンブランをお願いします。飲み物はセイロンを二人分で」
「ガトーショコラとモンブランにセイロンティーを二人分ですね」
「はい」
「かしこまりました」
そして二人分の会計を葉月が払い終える。
「それでは横にずれてお待ちください」
一旦二人に背を向けてセイロンティティーの準備を始める怜。
一方で桜彩は怜の姿を見てわぁっと驚いている。
怜がここで働いていることは当然知ってはいたものの、こうして実際に働いている姿を見るのは初めてだ。
「へえ、あの服も似合ってるじゃない」
「うんっ! とっても素敵だなあ」
怜に聞こえないように言う葉月の言葉に対して桜彩の口から自然とそんな言葉が出る。
ちなみにこの店では写真撮影は禁止されてないが、さすがにケーキではなく店員を撮るのはマナー違反だろう。
むろん桜彩としては今の怜の姿をぜひとも写真に収めたいのだが。
そしてそんな桜彩を葉月は微笑ましく眺めている。
(本当に怜のことが好きなのよね。本人はそれに気が付いてないようだけど)
前に会った時の桜彩の様子や本人から聞いた話、それに昨日の桜彩と怜の態度を見れば、桜彩が怜のことを好きなのは疑いようもない。
そして葉月だけではなく、ここにはいない舞と空も怜のことをとても気に入っており、是非とも娘の彼氏になってほしいと思っている。
そうこうしている内に怜が準備を終えて、お茶とケーキを盆に載せて差し出してくる。
「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」
「ふふっ、ありがと」
嬉しそうにお茶とケーキを受け取る桜彩。
そんな二人を葉月は微笑ましそうに眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらくするとお客も捌けて、店内に残っているお客は桜彩と葉月の二人だけだ。
「でも中々様になっているわね」
ケーキを食べる傍ら、仕事中の怜へと視線を送り、そんな感想を漏らす葉月。
「うん。やっぱり恰好良いなあ」
先ほどと同じく桜彩の口から自然と出る言葉。
その言葉を聞いた葉月に笑みが浮かぶ。
これはもう是非とも桜彩には怜と一緒になってもらいたいものだと。
するとまたリュミエールの入口のベルが鳴り、そこから桜彩の良く知った相手が入って来た。
「いらっしゃいませ」
すると怜も相手に気が付いて表情が変わる。
ドアから入って来たのは怜にとって大切な親友。
「こんにちは、れーくん」
「こんにちは、蕾華」
その相手、蕾華に小さく手を上げると、蕾華も小さく手を上げる。
「……あら、怜の知り合いかしら?」
それを見た葉月が疑問を浮かべる。
怜と蕾華、二人の空気はとても柔らかく、お互いに信頼し合っている感じがする。
それこそ怜の方は、桜彩と一緒にいる時と同じような柔らかい感じが。
「……彼女、ではないわよね」
蕾華のことを知らない葉月が不思議そうな目を向ける。
何も知らない前提ならば、怜の彼女と言われても信じるかもしれない。
しかし怜という人物を知っている者からしてみれば、怜に彼女がいるのなら桜彩とあのような関係にはならないということは良く分かる。
具体的には毎日一緒の部屋でご飯を作って食べたりとか。
「こちらでお召し上がりですか?」
「うん。それじゃあアップルパイとダージリンをもらえる?」
「かしこまりました」
会計をして、アップルパイとダージリンの準備をする。
「陸翔はまだ?」
「うん。まだまだ掛かるかな」
今日は陸翔と蕾華、それに怜の三人でショッピングモールへと向かう予定だ。
桜彩は本来であれば今日の夜までこちらへ戻ってくる予定がなかった為に人数には入っていない。
ちなみに蕾華と陸翔が一緒に来店していない理由は、陸翔は昼過ぎから家の用事が入っている為だ。
用事の終わる時間も分からない為、蕾華ともうすぐバイトが終わる怜は陸翔が来るまでこのリュミエールで少し時間を潰す予定である。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
「うん。ありがと」
お茶の準備が出来たのでアップルパイを一緒に載せたお盆を蕾華へと渡す。
それを持って空いている席へと向かう蕾華(桜彩達以外の席は全て空いているのだが)。
すると現在リュミエール店内唯一のお客である桜彩達の姿に気が付く。
「蕾華さん、お久しぶりです」
桜彩が席から立って蕾華へと声を掛ける。
「あっ、サーヤ! うんっ、サーヤも久しぶり! れーくんの言ってた通り、本当にこっちに戻って来てたんだね!」
蕾華も嬉しそうに返事をする。
そこでふと視線を横に向ければ、桜彩と同じテーブルにもう一人、自分達よりも少し年上とみられる女性が座っている。
「桜彩、お友達?」
蕾華が尋ねるよりも先に、その女性――葉月が桜彩へ問いかける。
「うんっ。私の大切な、その、親友の蕾華さん」
親友、という言葉を少し恥ずかしそうに告げる桜彩。
やはり仲良くなってまだ間もない為に少しばかり気恥ずかしい。
「初めまして。竜崎蕾華です」
近くのテーブルへとお盆を置いて頭を下げる蕾華。
「ご丁寧にありがとうございます。桜彩の姉の渡良瀬葉月です」
葉月も桜彩同様に立ち上がり蕾華へと頭を下げる。
蕾華の存在については桜彩から聞いている。
かつて怜を助けた二人の内の一人ということも含めて。
「よろしければ相席していただけませんか?」
「よろしいのですか? せっかくの家族団らんの時間なのに」
「ええ。私もね、学校での桜彩の様子を聞かせてほしいと思っていたんですよ」
「そういう事でしたら是非。あ、れーくん、テーブル移動させて良い!?」
店内に自分達以外の客がいない為に、蕾華がカウンター内にいる怜に少し大きな声で確認を取る。
それに対して怜が問題ないよと返事をすると、蕾華が側のテーブルと椅子を桜彩達の方へと移動させる。
「そういえばあなた、先ほど桜彩のことをあだ名で呼んでいたわよね」
葉月の質問に、蕾華はクスッと笑う。
「はい。実はですね……」
「ああ。それともっと砕けた口調で構わないわよ。さっき怜と話していたみたいに。私もこういった話し方に変えるわね」
笑いながらそう言う葉月に蕾華は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔を取り戻す。
「それじゃあお言葉に甘えて。実は、アタシとサーヤ、最初の頃はお互いに苗字で呼び合っていたんです。だけど、サーヤと仲良くなった時にアタシの呼び方を『竜崎さん』から『蕾華』って変えてもらうように頼んだんですよね。で、当然アタシもサーヤの呼び方を『渡良瀬さん』から『桜彩』に変えようとしたんですけど」
そこで蕾華は当時のことを思い出して再びクスッ、と笑う。
「それまでサーヤのことを『桜彩』って呼んでたのがれーくんだけだったんで。だからアタシまで桜彩って呼ぶとれーくんが嫉妬しそうだったから『サーヤ』って呼ぶことにしたんです!」
あの時の怜は、自分達が桜彩とすぐに仲良くなったことに、本人曰く『友人として』嫉妬していた。
まさかあんな親友の姿を見るとは思ってもみなかった。
「そうなの。良かったじゃない、桜彩。怜の他に、こんなに仲の良い相手が出来て」
「うんっ。怜だけじゃなく、蕾華さんも私にとって大切な親友だよ」
「ふふっ、サーヤ、ありがとねっ!」
桜彩のその言葉に嬉しそうに抱き着いていく蕾華。
それを見た葉月は、桜彩が本当に良い環境に越してきたことを喜んだ。
一方でバイト中で会話に入っていくことの出来ない怜は、少し複雑そうな表情でそれを眺めることとなった。
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