第128話 クールさんの両親と怜④ ~雑談とパウンドケーキ~

「――なんだ」


 実家の方でも色々と話してはいたのだが、改めて怜との出会いから今までについて細かく説明をした。

 所々で怜も言葉を付け加えながらの説明を終えると、舞と空はうんうんと頷く。


「そうだったのね」


「うんっ。でもこうしてみると、やっぱり私、怜にお世話になりっぱなしだなあ。本当にありがとうね、怜」


「それは俺だってそうだよ。桜彩のおかげでまた動物に触ることが出来たんだから」


 桜彩が怜に笑いかけると怜も桜彩へと笑顔を向ける。

 桜彩が怜に感謝しているように、怜も桜彩に感謝している。

 桜彩と出会ってから怜の生活は一変した。

 それこそもう前の生活になど戻ることなど出来なくなってしまっている。


「良かったわね、桜彩。こんなに良い人と出会うことが出来て」


「うんっ!」


「それは私の方もです。桜彩と出会えたことは俺にとって本当に幸運でした」


「……えへへ、ありがと、怜」


「俺の方こそありがとう。俺と出会ってくれて」


「私も。私と出会ってくれてありがとう、怜」


 怜の言葉に桜彩が顔を赤くして嬉しそうな笑みを浮かべる。


(分かり易いわねえ)


(ええ、本当に)


(そうだなあ)


 それを見て葉月たち三人は言葉に出さずとも同じことを思った。

 むしろなぜこれで本人達は自分の気持ちに気付いていないのかと。


「ふふっ。なんだか話してたらまたおなかが空いてきちゃったな。パウンドケーキ貰うね」


「ああ。是非食べてくれ」


 怜がそう勧めると、桜彩はフォークを伸ばしてパウンドケーキを一切れ目の前の小皿へと移す。

 それをフォークで切り分けて口へと運ぶと思わず感嘆の声を上げる。


「んんっ! このパウンドケーキ、美味しいね!」


 いつものように幸せそうな顔をして味わってくれる。

 自分の作った料理でこの表情を見ることが出来るのは怜にとっても本当に嬉しいし誇らしい。


「そう言ってくれて嬉しいよ。桜彩はちゃんと美味しいって言ってくれるから作り甲斐があるな」


「あら、もしかしてこれは怜さんが?」


 舞もパウンドケーキを食べると思わず頬を押さえて笑みを浮かべる。


「はい。私の手作りです」


「そうなのですね。とても美味しいです。思わずお店で買った物かとばかり」


「そう言っていただけると私も嬉しいですよ」


 桜彩と同様に舞も美味しいと言ってくれるので怜の頬が緩む。

 桜彩の両親の口にも合ってくれたようで何よりだ。


「でしょ!? 怜の作る物は何でも美味しいんだから!」


「そうなのか。でも確かにこれは美味しいな」


「ええ。これなら桜彩の食生活も安心かしら」


「そうだな。舞さんの言う通り、私達も桜彩の食事に関しては気を揉んでいたのだよ。だがこれなら安心だ。本当にありがとう、怜君」


 舞も空も自分の作ったパウンドケーキを美味しく食べてくれてほっとする怜。

 両親二人にそこまで褒められるのは少々気恥ずかしいが悪い気はしない。

 照れ隠しするように怜もパウンドケーキへとフォークを伸ばす。


「そうそう。怜さんから見て桜彩はどうですか? ちゃんと生活出来ていますか?」


「ちょっ、お母さん! べ、別に心配ないってば!」


 慌てて桜彩が声を上げるが舞は気にするそぶりも見せずに怜へと視線を向ける。


「少なくとも私の見るところ、ちゃんと生活出来ていますよ。前に桜彩の部屋に入った時も部屋の中は片付いていましたし」


 慌てる桜彩とは対照的に落ち着いて返答する怜。

 その返答に桜彩は胸を撫で下ろす。


「あらそうなの。まあ確かにあちらで暮らしていた頃から掃除なんかはちゃんと出来ていましたからね」


「だ、だから心配ないって言ってるでしょ? しょ、食事以外は……」


 食生活に関しては怜に頼っている為に後半部分が小声になってしまう。

 そんな桜彩に苦笑しながら怜もフォローするように言葉を続ける。


「食生活に関しても最近はどんどん上達していますよ」


「ふふっ、そうですね。随分と怜さんに教わっているみたいで」


「むぅ……た、確かに怜に教わってる最中だけどさ……」


 少し拗ねたような顔をする桜彩。

 しかしそのあたり本人にもやはり自覚がある為に反論しようにも出来ない。


「それに学校の方でもちゃんとしていますし」


「そうだ。学校での様子も聞いておきたかったんです。そこの所も教えていただけますか?」


「はい。学校でも同性の友人に恵まれていますよ」


 実際に学内では怜と仲の良いそぶりを隠している為に、蕾華や奏といった友人と過ごすことが多い。

 昼食も一人で食べている姿は転校してきてから見ていない。


「あらそうなの。怜さん以外にも友人が出来たのね」


「う、うん……。そ、そんなに驚くようなことかなあ……」


「それは当然でしょうに。自覚あるでしょう?」


「ま、まあそうだけど……」


 当初の人間不信を考えると家族そしては友人の一人も出来るのかと不安でしょうがなかった。

 それが怜以外にも友人がいるというのであればとても嬉しい誤算だ。


「でもそれも怜のおかげだけどね。怜が自分の親友と仲良くしたらって言ってくれたおかげで仲良くなることが出来たんだから」


「いや、あれは俺がどうこうよりもむしろ蕾華の方だな。蕾華がガンガン桜彩にアタックしたからこそだろ」


「それはそうだけどさ。でも怜が蕾華さんと話してみたらって言ってくれたから、私もあまり警戒せずに話すことが出来たんだよ」


 転校初日、積極的に話しかけて来てくれた蕾華に上手く返事を返すことが出来なかった。

 それでも次の日に蕾華と話すようになれたのは、間違いなく怜が蕾華と話すことを勧めてくれたおかげだ。


「だからさ、私が蕾華さんと仲良くなれたのは怜のおかげだよ。ありがとうね、怜」


「本当に俺は何もしてないさ」


 怜としてはただ蕾華と話してみたらどうかと提案しただけだ。

 だからこそそこまで感謝されるのはむず痒い。


「多分蕾華ならすぐに桜彩と仲良くなれた。確かに桜彩は最初はとっつきにくかったかもしれない。でもさ、それでも桜彩は『良い人』だから。そして蕾華はそういうのを見抜くのが上手いから。だから俺が何も言わなくても蕾華なら絶対に桜彩と仲良くなった」


「怜……」


「だからさ。桜彩が蕾華と仲良くなったのは桜彩と蕾華、二人がお互いに『良い人』だったからだよ。もしも俺が何かしたって言うんなら、それは少しだけ二人が仲良くなる時間を進めただけ」


「うん……。それじゃあありがとね、怜。私と蕾華さんを『早く』仲良くしてくれて」


 そう言って桜彩が笑いかける。


「本当に良い出会いだったのねえ」


「うん。本当に怜君が桜彩の側にいてくれて良かったよ」


 話に夢中になる怜と桜彩を眺めながら、両親二人はそう呟いだ。 



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「それでは失礼します。いずれまた」


「失礼するよ。桜彩のことといい、昼の手当てのことといい、本当にありがとう、怜君」


 話しているとそろそろ夜遅くなってきたので、渡良瀬家の皆は桜彩の部屋へと戻ることとなる。

 翌日怜は朝早くからアルバイトがある為に、昼に実家の方へと戻る舞と空の二人とはこれでお別れだ。


「それでは失礼します」


 玄関の外で頭を下げる二人に対し、怜も頭を下げる。


「それじゃあね。明日遊びに行くわよ」


「お待ちしております」


 話の途中、怜のアルバイトの話になりせっかくだから桜彩と葉月は翌日怜のアルバイト姿を見にリュミエールへと向かう予定だ。

 働いている姿を見られる恥ずかしさというものはあるものの、アルバイトしている人間としてそれを拒否することは絶対に出来ない。


「それじゃあね、怜。おやすみ」


「おやすみ、桜彩」


 最後に桜彩と『おやすみ』の挨拶を言い合い玄関の扉を閉める。

 桜彩が帰省する時には予想もしていなかった両親との邂逅。

 出会ってみると、桜彩同様に両親もとても素敵な人だった。

 そんなことを思いながら、怜は明日のアルバイトの為に体を休めに風呂へと向かった。






【後書き】

桜彩の両親との話はこれで終わりです。

(思った以上に長くなってしまいましたが)

一応次話からはデート準備編となります。

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