第127話 クールさんの両親と怜③ ~怜の自室にて~
アパートへと戻り、怜と桜彩はお互いの鍵を取り出して自室の玄関を開ける。
その際にいつも通りお揃いのキーホルダーを見せあってクスッと笑い合う二人を葉月と舞は微笑ましそうに眺める。
「それじゃあ怜、少ししたらそっちに行くね」
「ああ」
そして桜彩は葉月と舞と共に一度自室へと戻って行った。
葉月も舞も一泊する為の荷物や先ほどのショッピングモールで買った物がそこそこあり、それを一度桜彩の部屋へと置いてしまう。
ちなみに空だけは近場のパーキングに自動車を停めに行っている為にまだここにはいない。
足首のことを心配した怜が自分も付いて行こうかと提案したのだが、怪我をした当初に比べてもう大分楽になったと遠慮された。
この後は怜の部屋でこれまでの二人についての話を桜彩の両親へと話す予定だ。
たった一か月程度の短い間ではあるが、怜と桜彩の間にはたくさんの思い出が存在する。
それこそ先ほどの夕食の席ではではとうてい話しきれないくらいに。
怜も自室へと戻り、フットサルで使った荷物や買い物で購入した荷物を片付けていく。
その後、キッチンで計五人分のお茶の準備をしているとインターホンが鳴った。
おそらく桜彩達だろうと思って確認すると、予想通り桜彩達四人だった。
「いらっしゃい。鍵は開いてるから入って来て」
「うんっ!」
いつも通り元気の良い返事と共にインターホンが切れ、すぐに玄関の扉が開く音がする。
普段、リビングやキッチンで待っている時に桜彩が玄関を開ける音を聞くと、桜彩と一緒の時間の始まりを実感して嬉しくなっていた。
そんな日常が数日の間をおいてやっと戻って来たことを、玄関の音を聞いて実感する怜。
(ほんと、たったの数日なのにな)
自分の部屋に桜彩が来てくれることがこんなにも待ち遠しく感じている。
(陸翔や蕾華といった親友ですらこんなことは思わなかったのにな)
昨年、陸翔や蕾華が帰った後は確かに寂しくなって、またすぐに来てほしいと思っていた。
だが桜彩の場合はその二人以上になんだか寂しく思ってしまう。
(いつも一緒に過ごしているからかな)
その理由を怜がそう理屈づけたところでリビングの扉が開き、意識をそちらへと引き戻す。
「『おかえり』、桜彩」
「『ただいま』、怜」
桜彩の元気な声がリビングへと響き、それから残りの三人もリビングに入って来る。
「お邪魔します」
「お邪魔しますね、怜さん」
怜の姿を見て頭を下げる空と舞。
「お邪魔するわね。それにしても『おかえり』に『ただいま』ねえ」
二人の挨拶を耳ざとく聞きつけた葉月がニマッとした笑みを二人に向ける。
「なんだかそれが当たり前のように違和感ないわね」
「え?」
「その『おかえり』と『ただいま』よ」
「ああ、そういうこと」
葉月の指摘に桜彩が納得したような顔をする。
『おかえり』と『ただいま』。
少し前まで『いらっしゃい』と『お邪魔します』だったのだが、家族のような関係を心地良く思う二人の間でそのように変えた挨拶。
数日ぶりのそれはやはり心地良く、先ほどの玄関の音以上にいつもの日常を怜に実感させてくれる。
「実はね、ついこの前までは私も『お邪魔します』って言ってたんだけど、なんだか違和感が出てきたんだ。ほら、さっきも言ってたけど私と怜ってなんだか家族みたいな関係だから『いらっしゃい』と『お邪魔します』じゃ嫌だなって。だからそんな他人行儀な挨拶は止めて『おかえり』と『ただいま』に変えたんだ」
「へーっ、そうなのね」
「うんっ!」
嬉しそうにそう葉月へと教える桜彩に、葉月は苦笑したような表情を向ける。
「まあ、そうなのね」
「ああ、そうだな」
一方でそれを聞いた舞と空は嬉しそうに二人を見る。
先ほど夕食の時に家族のような関係と聞いていたものの、実際にその場面を見ると本当の家族のように思えてくる。
実の家族としては多少なりとも複雑な気持ちもあるが。
「さて、それでは怜さん。先ほども言いましたが、桜彩の事、本当にありがとうございました。こちら、つまらない物ですが」
そう言って舞は紙袋からお土産を取り出して怜へと手渡す。
「私達の地元で評判なんです。お口に合えば良いのですが」
「ありがとうございます」
「それとこちらも。葉月が迷惑を掛けたお詫びとして受け取って下さい」
「分かりました。ありがとうございます」
断るのも相手に失礼なので、素直に受け取る怜。
「まあ立ち話もなんですので座って下さい」
そう怜が言ってリビングのテーブルへと視線を送る。
「まあ、ありがとうございます。それでは失礼しますね。……あら、猫?」
そちらを見た舞の寝み映るのは、椅子の上に座っている巨大な猫のぬいぐるみ。
リビングにある六脚の椅子の一つをそのぬいぐるみが占領している。
「ふふっ、可愛いでしょ?」
「ええ。とっても。桜彩から聞いていた通り、本当に怜さんは動物が好きなのですね」
リビングでお茶の準備をしている怜へ舞が視線を向けると、少しばかり恥ずかしそうに頬を掻く怜。
「あ、私もお手伝いするね」
三人をテーブルへと案内した桜彩が、一人だけ座らずにキッチンで準備をしている怜の元へと歩いて行く。
それを見た三人からすると、もう
しかしそれを見ても全く嫌な気持ちになることはない。
むしろそれだけ深い関係なのだなと微笑ましく思えてくる。
「はあ……。もう早いとこ付き合ってほしいんだけど……」
「そうねえ。怜さんが桜彩の彼氏なら私達も安心なのだけど。ねえ、空さん?」
「そうだな。怜君と話した時、桜彩の彼氏がこのような人であってほしいと思ったよ」
「ねえ葉月、なんであの二人はお付き合いをしていないのかしら?」
「それは私が聞きたいわよ……」
二人に聞こえないように小声で話す三人。
ショッピングモールから今に至るまで、二人の関係は恋人同士と言われても何の違和感もない。
むしろもうそれを通り越して夫婦のように思えてくる。
本人達は家族のような関係と言っていたが、もう家族そのものだ。
「お待たせしました」
「お待たせ―っ」
そんなことを話していると、お茶のセット一式とパウンドケーキを持って怜と桜彩がリビングへと戻って来る。
「何を話してたの?」
カットされたパウンドケーキの入った大皿をテーブルの中央に置いて、各人の前に小皿とフォークを準備しながら桜彩が聞く。
何を話していたのかは分からなかったが、ところどころこちらの方を見ながら小声で話しているのは見えていた。
「いやあ、二人が仲良いなって」
「ああ、そういうこと。うん。私と怜は仲が良いよ」
葉月の答えににっこりと笑う桜彩。
怜と仲が良いと言われるのはやはり嬉しい。
そうこうしているうちに怜も皆のカップへとお茶を注ぎ終わったので二人横並びで席に着く。
席の配置は猫のぬいぐるみの隣に怜、その隣に桜彩。
対面に空、舞、葉月となっている。
「ふふっ。なんだかこうして怜の隣に座るのって新鮮だね」
席に座ると桜彩が怜の方を見ながら微笑んでくる。
まあソファーに座る時は横並びに座って入るのだが、こうしてイスとテーブルを使う時は普段二人は向かい合って座っている為、こうして二人並んで座るのは珍しい。
前にこうして横に座った時は怜が風邪を引いた時、桜彩が陸翔と蕾華とバッティングしてしまった時以来か。
「だな。まあでもたまにはこういうのも良いんじゃないか?」
「うん。いつもは怜の顔を正面から見てるけど、こうして横から見るのも新鮮だな」
「確かにな」
そんな感じで家族を前にしても意図せず自然と仲の良いところを見せていく。
葉月たち家族にとってもそれはとても微笑ましい。
「あら、そのカップ、お揃いなのね」
怜と桜彩の使っているカップに目を向ける葉月。
お互いに同じタッチの猫のイラストが描かれている。
「うん。前に怜と買い物に行った時に買ったんだ」
愛おしそうにカップを両手で持って嬉しそうに桜彩が答える。
怜も桜彩もこのカップはとても大事な宝物だ。
「そうなの。その辺りの事を聞かせていただけるかしら?」
「うんっ! まずね、私が怜と初めて会ったのはね……」
そして桜彩は、引っ越し初日の怜との運命的な出会いについて話を始めた。
【後書き】
次回投稿は月曜日を予定しています
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