隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった【第五章後編 ダブルデートと恋心の自覚】
第126話 クールさんの両親と怜② ~これまでのお礼と二人の関係の説明~
第126話 クールさんの両親と怜② ~これまでのお礼と二人の関係の説明~
舞の提案で、怜は渡瀬家の皆と夕食を食べることになった。
向かったのは先日美玖が来た時に訪れたうなぎ屋。
夕食はどこにしようかと悩む舞に対し、それだったら先日訪れたうなぎ屋が良い、と桜彩が提案した為だ。
怜としてはそんなに高級な物ではなくファミレスでも良かったのだが、相手の立場上そう言うのも困らせるだけかと思い、素直に甘えることにした。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。すまないね」
駐車場に停めた車から降りる空へと手を貸す。
本人としては問題ないと言っているのだが、やはり気を付けた方が良いだろう。
ちなみに車の運転に関しては左足に負担はかからないので問題ないとのことだった。
「いらっしゃいませ」
「先ほど電話で予約した渡良瀬ですが」
「渡良瀬様ですね。お待ちしておりました。お席にご案内いたします」
「ありがとうございます」
店員に案内されたのは個室の一室。
ゆっくりくつろげる掘りごたつタイプなのも嬉しい。
「ほら、怜さん。座って座って」
「は、はい」
舞に勧められながら席に腰を下ろす。
そしてその隣に桜彩、更にその隣に葉月。
正面に舞と空の二人という配置だ。
注文を終えて店員が部屋を出て行くと、舞と空は真剣な顔つきへと変わる。
そしてそのまま怜に頭を下げる。
「怜さん。まずは桜彩がお世話になったことについて、お礼を言わせて下さい。本当にありがとうございました」
「私からもお礼を言わせてほしい。本当にありがとう」
隣に座る桜彩と、その向こうの葉月からの視線を受けながら、怜も両親二人に頭を下げる。
「いいえ、私は世話を焼いたなんて偉そうなことが言える立場ではありません。あくまで友人として、桜彩……さんと過ごしていただけです」
話の流れから危うく『桜彩』と呼んでしまいそうになって、慌てて付け足す。
「ふふっ、そんな他人行儀な呼び方ではなく、私達の前でも『桜彩』と呼んで下さって結構ですよ」
「そ、そうですか。それならここからは『桜彩』と呼ばせていただきます」
両親の前で異性の友人を呼び捨てで呼ぶのはまずいのでは、と思ったが、この二人、少なくとも舞の方は特に気にしないらしい。
チラリと隣に視線を向けると、桜彩が嬉しそうに微笑んでくれる。
怜としてもいつも通りの呼び方の方が呼びやすい。
「ありがとね、怜」
「どういたしまして、てお礼を言われることでもないんだけどな」
「ふふっ、そうだね」
そんな仲の良い二人の様子を三人は穏やかな目で見る。
舞と空は話には聞いていたとはいえ、あの人間不信だった桜彩がこうして他人と笑顔で楽しそうに話している姿を実際に見ると感慨深い。
「うふふ。とても仲が良いのですね」
「は、はい……」
桜彩との仲を両親に見られていると思うとなんだか恥ずかしくなってくる。
隣の桜彩も先ほどよりも少し顔が赤くなっている。
「それで怜さん。話を戻しますが、謙遜なさらないでください。桜彩がどれだけ苦しんでいたのかは、それまで最も身近にいた私達両親が一番よく理解しています。そんなこの子が、今こうして幸せな日常生活を取り戻してくれた。それはとても素晴らしい友人に恵まれたということです」
「光栄です。ですが、友人に恵まれたのは私も同じです。私も桜彩に助けられました。過去のトラウマを、桜彩のおかげで乗り越えることが出来ました。そして、私が上手な絵を描けなくて困っている時に、私の代わりに桜彩が勇気を出して絵を描いてくれました。ですので、とても素晴らしい友人に恵まれていたのは私の方です」
自嘲交じりに怜が偽らざる本音を口にする。
その言葉に舞と空は不思議そうに首を傾げた。
ふと怜も横を見ると、桜彩が嬉しそうな顔を向けてくれる。
それに対して怜も桜彩に笑顔を返す。
そんな二人の様子に緊張の解けてきた空も自然と表情を崩す。
「謙遜、というわけではないようだな」
「ええ、そうですね」
顔を見合わせてそう呟く両親。
そして再び怜の方へと向き直る。
「それでしたら『桜彩を助けてくれた』ということにではなく、それによって『私達家族を幸せにしてくれた』、そういった意味から感謝を受け取って下さい。桜彩が日常生活を取り戻してくれたことに対する感謝ではなく、それにより、私や空さん、葉月といった家族が味わった幸せについて感謝を受け取って下さい。それではいけませんか?」
そこまで言われてはそれ以上首を横に振ることは出来ない。
逆にそれは桜彩の家族に対して失礼になるだろう。
「分かりました。そういう事でしたら」
その言葉に舞と空は安堵したように胸を撫で下ろす。
「また、葉月があなたを訪ねた時に、大変失礼な態度をとったことについて謝罪させて下さい」
そう言って申し訳なさそうに頭を下げる。
親としての立場で考えると、桜彩を助けてくれた相手に対して(演技だったとはいえ)妹を誑かしただのなんだの色々と言ったことは大変申し訳ない。
恩を仇で返したようなものだ。
「い、いえ、私もそこは気にしていませんので。葉月さんが桜彩を大切に想う気持ちは良く分かりますから」
「そう言って下さるのは嬉しいのですが、だからと言って怜さんに対して失礼な態度をとったことに変わりはありません。お詫びいたします」
「あ、いえ、頭を上げて下さい。それに私の姉の方も桜彩に対して失礼な態度をとったようですので」
実は美玖が桜彩のことを疑っていたというのを聞いた時は本当に驚いた。
その後で怜も珍しく美玖に対して怒ったが。
「ですので私も弟として姉が失礼な態度を取ったことをお詫びいたします」
怜も頭を下げる。
お互いに頭を下げあって、そして同時に頭を上げる。
「……分かりました。それでは私達の立場で言うのもなんですが、お相子ということでよろしいでしょうか」
「はい。そうして下さると、私の方も気が楽になります」
とりあえずお互いの姉の件はお互いさまということにした。
横で聞いている葉月は肩身が狭そうにしていたが。
「それに加えて、桜彩の生活の面倒を見て下さったことに対しても感謝を。昨日、桜彩がカレーを作ってくれたのですが、とても美味しかったです。聞けばそれも怜さんに教わったとのこと。まさか料理が出来なかったこの子が人並みの料理を作れるようになるなんて想像すら出来ませんでした」
「それについては本人の努力によるところが大きいです。私としてもやる気のない相手に対して色々と教えるようなことはしませんし、それに何より桜彩本人が皆さんに料理が出来るところを見せたい、という目標の元、一生懸命頑張ったのが一番ですよ」
「怜……」
隣に座る桜彩が驚いたような顔で怜のことを見る。
(そんな風に思ってくれてたんだ。ありがとう、怜)
そして先ほどと同様に嬉しそうに笑って恥ずかしそうに下を向く。
「それに私の方も助かっていますから。一人で作るよりも二人の方が効率が良いですし、なんなら食費に関しても桜彩の方に多く支払ってもらっている状態ですので」
「それは教わる側として当然のことです。ですがそう言って下さると嬉しいですね。それに図らずとも桜彩の花嫁修業まで出来ているのだから」
「お、お母さん!」
慌てて桜彩が声を荒げる。
「まあ、花嫁修業は必要なかったかもしれませんが。あなたのような素敵な人が娘の彼氏で良かったです。これで桜彩の将来も安泰ですね。怜さん、これからも桜彩のことをよろしくお願いいたします」
「そうだな。娘の彼氏が君のような良い人であってほしいと願っていたが、本当に君が彼氏だとはね。嬉しい誤算というものだ」
「「えっ!?」」
上品に笑う舞とそれに同意する空。
桜彩から話を聞いた時はどのような人物かと不安もあったのだが、その不安を吹き飛ばすくらいの好印象を怜に抱く二人。
しかしその言葉に怜と桜彩は驚いてしまう。
これは確実に誤解している。
(そういえば、さっきお父さんの方は娘に彼氏が出来たとか言ってたな……。娘ってのが葉月さんってことは文脈を考えれば違うだろうし……。ってことは、やっぱり俺が桜彩の彼氏と思われてるのか!?)
喫茶店での空との会話を思い出して焦る怜。
「でも本当に心配だったのですよ。人を信用出来なくなった桜彩がちゃんと生活出来ていけるのかと。困った時に助けてくれる相手が側におらずどうしようかと。そんな桜彩を助けてくれた方ですもの。娘の彼氏として何一つ不満などありません。これからも桜彩のことを末永くよろしくお願いいたします」
「うん。本当に桜彩の相手が君で良かったよ」
怜と桜彩の驚きに気が付かず、笑顔を向ける舞と空。
しかし怜と桜彩は慌てて首を横に振る。
「ちょ、ちょっと待って下さい! おれ……私と桜彩は付き合っているわけではありません……!」
「そ、そうだよお母さん、お父さん! 私と怜さんは付き合ってなんて……」
「「え?」」
怜と桜彩による否定の言葉に舞と空は首を傾げる。
そしてその言葉の意味を一度頭の中で整理する。
「あの、まさか怜さんは桜彩とお付き合いされていないのですか?」
「は、はい……! 私と桜彩はそのような関係ではありません!」
「う、うん……。私と怜はその、あくまでも友達っていうか、親友っていうか、家族みたいな関係っていうか……」
「……………………」
「……………………」
二人の返答に舞と空は黙って考え込む。
桜彩と葉月から聞いている二人のエピソード。
どう考えても恋人同士として違和感がない。
むしろそうでない方が不自然だ。
「えっと、二人共? 別に私も空さんも二人がお付き合いしていることに反対しているわけじゃないのよ?」
もしかして『両親は内心では反対している』、と二人が思っているのではないか。
そんな考えが頭に浮かび、若干焦りながら言葉を付け足す舞。
だが怜も桜彩も慌てたまま首を横に振り続ける。
「そ、それは分かっています。ですが本当なんです」
「う、うん! ほ、本当に付き合ってないから!」
「……………………」
「……………………」
ちらりと葉月へと視線を送る両親。
それに対して葉月も目を閉じてやれやれといった感じで首を振った。
その反応にどうやら本当に自分達が勘違いしていたのだと理解する。
「そ、そうなの。ごめんなさいね、早とちりしてしまって」
「う、うむ……」
勘違いしたことに対して舞と空が頭を下げてくるが、怜としても逆に申し訳ない。
『一緒にご飯作って食べて、一緒に猫カフェに行って、お揃いのキーホルダーを買って、お揃いのカップも買って、一人暮らしの異性の看病して、あーんって食べさせ合いっこまでして、でも恋人として付き合ってないってことだよね。マジ?』
先日蕾華に言われたことを思い出す。
自分と桜彩の行動は確かにそう勘違いされてもおかしくはない。
桜彩がどこまで話したのかは分からないが。
そして怜は両親に自分達の関係について、思っていることを口にする。
「先日私と桜彩のことが親友にバレた時にも言ったことですが、私と桜彩の関係は、友達とか親友とか恋人とか、既存の言葉や関係に当てはめる必要なんてありません。朝起きたらおはようって言って、一緒にご飯を食べて、一緒にリビングで過ごして、一日の終わりにお休みって言って。でもただの友人でも親友でも恋人でもない。言葉で定義出来ない、定義する言葉がない、私と桜彩だけの特別な関係。私も桜彩もそれで良いと思っています」
「うん。私と怜の二人は私と怜だけにしか当てはまらない、表す言葉のない私達だけの特別な関係なんだ。そして私も怜も、それをとっても素敵なことだと思ってる」
二人揃って舞と空にそう宣言する。
その言葉に二人は少し考えていたが、ふっ、と表情を崩す。
「そうなのね。ええ、確かにそれは素敵なことだと思うわ」
「そうだな。すまなかったな、変な勘違いをしてしまって」
「い、いえ……。桜彩がどのような話をしたのかは分かりませんが、客観的に見てそう勘違いしてもおかしくないような関係であることは、その……私も分かっていますから」
「う、うん……。なんていうか、もう『家族』みたいな関係だからね」
二人共少し恥ずかしそうにそう説明する。
「そうなのですね。家族、か」
「あ、ああいえ、その、家族みたいなものというか、その、えーっと……」
まさか桜彩の本当の家族に対してそのような説明をすることになるとは思ってもみなかった。
これは下手をしたら気分を害してしまうのではないか。
しかしそんな怜の心配とは裏腹に、舞は口に手を当ててくすくすと笑う。
「そんなに慌てなくても構いませんよ。私も空さんも、葉月も怒ってはいませんから。ねえ?」
「ええ。それだけ桜彩を大切にしてくれているってことだからね」
「ああ。むしろ嬉しいよ。葉月の言う通り、君がそれほどに桜彩を大切にしてくれて。本当にありがとう、怜君」
「ど、どうも、恐縮です……」
何と言っていいか分からずにそんな言葉が口から出る。
「ふふふ。ですが、いずれ本当の家族になってもらっても私達は構いませんからね」
「えっ!?」
「ちょ、ちょっとお母さん!?」
そう言って笑う舞に怜と桜彩は本格的に慌ててしまい、桜彩が言葉を発しようとしたところで個室の扉がノックされる。
「はい、どうぞ」
「失礼いたします」
舞が返事をすると扉が開き、従業員が顔を覗かせる。
「お待たせいたしました」
注文したうなぎが運ばれてきた為、桜彩の言葉は行き先を失ってしまった。
「ふふっ。それではいただきましょうか」
なんというか、この人には頭があがらなそうだな、なんてことを思う怜。
その後はうなぎを食べながら談笑し、お互いの住むアパートへと戻って行った。
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