第125話 クールさんの両親と怜① ~まさかの邂逅~
「怜? 偶然だね」
「久しぶりね、怜」
怜と空がお互いの素性に驚いていると、先に桜彩と葉月が声を掛けてくる。
「久しぶり、桜彩。お久しぶりです、葉月さん」
「どうしたの、こんな所で?」
「ああ、友達とフットサルに行って、その帰りに買い物でもしようかと思ってここに来たんだけど」
「そうなんだ。偶然だね」
「そうだな。凄い偶然だな」
数日ぶりに見る桜彩の笑顔。
スマホの画面越しに見るのとは違い、なんというか、より桜彩を感じられるし幸せな気分になってくる。
会いたくても会えなかった相手。
そんな桜彩に今日の夜にやっと会えると思っていたら、それよりも数時間ばかり早く再開出来た。
思いがけなかったサプライズに怜の胸が熱くなる。
(数日間会えなかっただけなのにな。なんか凄く久しぶりに感じる)
一方で桜彩の方も偶然の出会いに胸が躍る。
(まさかこんなところで怜に会えるなんて。予定より早いけど、嬉しいなあ)
こちらも予定より早く怜と再会できた嬉しさが顔に出る。
家族と共に過ごすのも心地好かったのだが、やはり怜と離れていることについての寂しさは桜彩にとっても大きかった。
そんな感じで笑顔で見つめ合う二人に、葉月は『はあ』と苦笑しながらため息を吐く。
(私のこと、完全に目に入っていないわね)
それについては少し悲しく思うのだが、大切な妹と怜が数週間前よりも仲良くなっているのを見て内心で喜ぶ。
「はいはい。再会を喜ぶのは良いけれどね。それより怜、私の父さんと知り合いなの?」
葉月の言葉に怜は再び空の方へと目を向ける。
やはりこの男性は桜彩の父親ということで良いのだろう。
しかしまだ空はポカンと驚いたままだ。
「さっき階段で色々とあって、それで少し話してたんですよ」
「階段で色々?」
怜の言葉を葉月が聞き返す。
いったい何があったのいうのか。
「まあ、なんというか」
先ほどの出来事について説明して良い物かと怜は少し考える。
階段で足を滑らせた男性。
怪我の手当てをしたお礼にコーヒーとケーキをご馳走してもらって、ついでに彼の悩み事について話して。
そんな男性が桜彩の父親だとは、怜は夢にも思わなかった。
(まさか、この人が桜彩の父親だったなんて……。偶然にもほどがあるだろ……)
一方で空の方も同様に驚いている。
(まさか、彼が娘の彼氏だったなんて……)
危ない所を助けてもらい、ついでに人生相談をしたら心を軽くしてくれた目の前の少年。
そんな彼が、娘の恩人で彼氏(と思い込んでいる)だとは夢にも思わなかった。
(ううむ……つまり先ほどの相談は、全て本人を相手にしていたというわけか……)
そんな感じで悩む二人の横で、大体の事情を察した舞が明るい口調で場の空気を変える。
「桜彩。紹介してくれる?」
「あ、うん。怜。こっちが私のお母さんとお父さんだよ」
目の前の男性はやはり桜彩の父親ということで間違いないらしい。
呆気にとられている空を尻目に舞が一歩前へと出て頭を下げる。
「初めまして。桜彩と葉月の母で、渡良瀬舞と申します」
流れるような丁寧なお辞儀。
こういったところで、やはり桜彩の育ちの良さがうかがえる。
本来会うのは夜のはずだったのでまだ心の準備は出来ていないのだが、何はともあれ偶然出会ってしまったものは仕方がない。
「こちらこそ初めまして。桜彩さんの……友人で隣に住んでいる光瀬怜と申します」
怜も舞に頭を下げる。
自分と桜彩の関係をどう説明しようかと悩んだが、当たり障りのない友人という言葉を使うことにした。
親友という表現でも良かったのかもしれないが。
「ほら、あなたも」
まだ固まったままの空を舞がかるく肘で小突く。
「あ、ああ……。その、桜彩と葉月の父親の、渡良瀬空です」
舞に促されて少しばかり居心地が悪そうに空も自己紹介をしてくれる。
「…………」
「…………」
しかしその後が続かない。
先ほどの会話はあくまでも一期一会の出会いという前提での会話であり、怜としては相手が桜彩の父親だとは思わなかった。
別に変なことを話したとは思わないが、それでもなんだか気まずいことに変わりはない。
そんな二人の空気の中、舞は優しく怜に笑いかけながら
「それではあなたのことを怜さん、とお呼びしてもよろしいかしら?」
「はい。えっと、私はなんとお呼びしたら……」
渡良瀬さん、では四人全員が渡良瀬さんだし、かといって初対面であり友人の母親をいきなり名前で呼ぶのもはばかられる。
「好きなように呼んでくれて構いませんよ。でもそうですね。桜彩と葉月の母ですので、お母さん、という呼び方でお願い出来ますか?」
怜のことを桜彩の彼氏と勘違いしている舞は、『いずれは本当にそうなるのだし、今の内から慣れていただければ』と頭の中でだけ付け加える。
「分かりました。それで、えっと……」
チラリと横の空へと視線を向ける。
その視線に空も怜の方を向くが、お互いに視線を交わしたまま会話が進まない。
(空さんのこともお父さんと呼ぶべきなのか?)
舞のことを『お母さん』と呼ぶのだからそれが良いとは思う。
しかしいかんせん、空は黙ったままなのでそれが正解かは分からない。
「もう……空さんも仕方ないですね」
黙ったままの空に代わって舞が口を開く。
「怜さん。空さんのこともお父さん、と呼んで下さって構いませんよ」
「わ、分かりました。それではお父さんと呼ばせていただきますね」
「う、うむ。では私も怜君と呼ばせてもらおう」
「は、はい」
「…………」
「…………」
再び会話が止まってしまう。
「でもまさか空さんが怜さんと一緒にいるなんて思わなかったわ。いったい何があったの?」
「ああ。私が階段から落ちそうなところを通りすがりの怜君が助けてくれたんだ」
「えっ? ちょっと空さん、大丈夫なの?」
今まではおっとりとした感じだったのだが、その言葉を聞いて心配そうに空を見る舞。
桜彩と葉月も驚いて空の方へと視線を向ける。
「うん。左の足首を少し捻ってしまったようだ」
「えっ!?」
「なっ!?」
「ちょっとお父さん、大丈夫なの!?」
空の言葉に三人が声を上げる。
まさか少し離れた間にそんなことになるとは思ってもみなかった。
「ああ、軽く捻っただけだから普通に歩く分には問題ないよ。それに怜君が手当までしてくれたからね」
そう言って怜に頭を下げる空。
怜としてはもうお礼を言ってもらったし、コーヒーとケーキまでご馳走になっている。
そこまで何度もお礼を言われてはむずがゆい。
「そうなの。ありがとうございます、怜君。私からもお礼を言わせていただくわ」
空と並んで舞も頭を下げてくる。
「い、いえ。お父さんにはそれに対してコーヒーとケーキをご馳走して頂いたので」
「あらそうなの?」
そう言って舞は頬に手を当てて少しばかり考えこむ。
そして名案を思い付いた、というように口を開いた。
「そうだ。怜さん、今日この後はお時間ありますか?」
「え? は、はい。この後は特に用事はありませんが」
元々、夜に桜彩の両親が尋ねて来る予定だった為に、この後はアパートに帰って桜彩達が来る前に夕食を食べてしまう予定だった。
それが予定よりも一足先に出会ってしまったので、特にやることもない。
「そうですか。それならば怜さん、私達に夕食をご馳走させていただけませんか?」
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