第122話 その頃怜は……

 時は少し遡り、桜彩達がショッピングモールへと到着する少し前。


「よーし、それじゃあファミレスにでも行くか!」


「さんせーっ!」


「行こう行こう!」


 ゴールデンウィーク真っ只中の金曜日の午後、アルバイトを終えた怜は友人達と共にフットサルを楽しんだ。

 怜の自宅や領峰学園から離れた場所にあるフットサル場の備え付けのシャワールームで汗を流した後、この後はどうしようかという話題になった。

 時刻は十六時半程度。

 流れでファミレスに行こうという話になったのだが、この後怜には桜彩とその家族と話がある。


「光瀬君はどうするの?」


「一緒に行くでしょ!?」


 フットサルといっても今回のは楽しむのが目的のレクリエーション程度のものだ。

 その為男子だけではなく蕾華をはじめとした女子も何人か混じっている。

 何人かが怜も一緒に来てほしいというように期待を込めて誘ってくる。


「悪い、今日はこの後来客の予定があるんだ」


「えーっ、そうなんだ」


「残念だなー」


 断りの返事をすると、何人かの女子が落胆する。


「悪いな。また今度」


「うん。それじゃあ光瀬君、今度は参加してね」


「予定がなければ参加するよ」


「他の奴は参加大丈夫か?」


「あ、オレと蕾華はちょっと予定入ってるから」


「うん。ごめんね」


「二人も不参加か。他はいないよな?」


 陸翔と蕾華も予定がある為、怜を含めた三人を除いた皆でファミレスに行くことになった。


「それじゃーなーっ!」


「またなー!」


「それじゃ月曜日になーっ」


「さよならー」


 フットサル場から逆方向へと向かう皆と手を振って別れると、怜は親友二人と歩き出す。

 道すがら、予定より早く桜彩と会えることを考えて、つい顔がにやけてしまう。


「んー?」


 怜がニコニコとしていることに気が付いた蕾華が歩きながら怜の前へと体ごと乗り出して顔を覗き込んでくる。


「どーした蕾華?」


「ねえ、なんか今日のれーくん、気分良さそうだよね」


 少し不思議そうな顔をして、それでいて笑顔で聞いてくる。

 怜の気分が良いと、それ自体が蕾華にとっては嬉しく感じる。

 もっともそれは怜にとっても同様で、陸翔や蕾華が嬉しそうにしていると、それを見ている怜も自然と嬉しくなってくるのだが。


「それより蕾華、危ないからちゃんと歩けっての」


 怜の顔を覗き込みながら後ろに歩いている蕾華に軽く注意する。

 このような道路はちゃんと前を見て歩かないとお大怪我に繋がりかねない。

 そう思って注意したのだが、蕾華はそれを気にすることなく怜の顔を除きながら後ろ向きに歩き続ける。


「大丈夫だって。……あっ!」


「危ない!」


 言わんこっちゃない、道のギャップに足を掛けて倒れそうになる蕾華。

 陸翔がすぐさま手を伸ばして蕾華を支え、何とか蕾華は倒れずに済んだ。


「ありがと、りっくん」


「おう。怜の言う通り気を付けないとダメだぞ」


「うんっ! 本当にありがとね!」


 そう言って自分を支えてくれた陸翔に抱きつく蕾華。

 陸翔の方もそんな蕾華の頭を撫でて甘えさせる。


「……………………」


 それを特等席で呆然と眺めるしかない怜。

 蕾華が怪我をしなかったのは良かったのだが、だからといってそのままいちゃつかなくても良いだろう。

 しかもこのような外で。

 他者の通行を妨げるように邪魔になっているわけではないが、それでも道端でいちゃついている二人に通行人が微笑ましそうな視線や奇異な視線を向けている。


(…………親友と言えど、こういう時は他人のふりをしたいなあ)


 正直一緒にいるだけで恥ずかしい。

 だがこのまま周囲の人々の視線を集めたままにするわけにもいかないので、二人に声を掛ける。


「ほら二人共。道端でいちゃつくのはそのくらいにしとけって」


 その言葉に陸翔と蕾華は名残惜しそうに離れていく。


「全く、本当に人目を気にせずにいちゃつくよな。ここは外だぞ、外」


「いやあ、悪い悪い。蕾華があんまりにも可愛くてな」


「えっ、もうりっくんってばー」


 陸翔の言葉に嬉しそうにして腕に抱きついていく蕾華。

 それを見て再び周囲からの視線が集まってしまう。


(まあ、腕を組んで歩くくらいなら良いのかな……)


 その程度なら他にもやっている人達もいるので、それ以上の注意はしないでおく。


「まあホントに気を付けとけよ」


「うん。れーくんにも心配かけてごめんね」


「次からちゃんと気を付けてくれればいいって」


 それだけ言って再び三人で歩き出す。

 さすがに今度は蕾華も後ろ向きに歩くなどということはない。

 前を注意しながら怜の方をチラチラと見て話の続きを促す。


「それでそれで、さっきのれーくんはいったい何でそんなに嬉しそうにしてたの?」


 陸翔の腕に自分の腕を搦めながら歩く蕾華からそんな問いが飛んでくる。

 そういえばそんな話になっていたことを思い出した。


「嬉しそうにしてたか?」


「うん」


「そうだな」


 即答する親友二人。

 まあ先ほど桜彩が戻ってくることを考えていたので自然に笑顔になったのだろう。


「まあそうだな。実は今日予定より早く桜彩が帰って来るんだ」


「えっ?」


「マジ?」


 隠すことでもないので正直に告げると怜の言葉に意外そうに反応する二人。

 当初桜彩はゴールデンウィーク最終日の朝か、その前日の午後にこちらへ戻って来ると二人に伝えていた。

 それがいきなり早まったのだから驚くのも当然だ。


「でもそっか。それじゃあれーくんはサーヤと早く会えるから嬉しいってことだね」


「ああ。桜彩が実家に戻ってから朝と夜にビデオ通話してたんだけど、やっぱりちゃんと会いたいって気持ちはあるから」


「えっ!? 何それ初耳なんだけど!」


「マジかよ。夜は分かるけど朝も話してたのか!?」


 怜の言葉に驚く二人。


「ああ。二人にも言ったろ? 『おはよう』と『おやすみ』の二つを言い合えるって素敵だなって。だから夜に『おやすみ』って言って、朝に『おはよう』って伝える為に通話してる」


「……………………へー」


「……………………そーなんだー」


 嬉しそうに話す怜の言葉を聞いて半分呆れながら返事をする二人。

 道端で立ち止まり、怜に背を向けてこそこそと話し合う。


「ねえねえりっくん、今の話、どー思う?」


「ある意味平常運転だな。いつも通り、やってること完全に恋人だよな」


 先日の怜の体調不良の際に二人の関係を知ったのだが、それ以来怜と桜彩はことあるごとに恋人以上の付き合い方をしているのを何度も見ている。

 本当になぜ付き合っていないのか親友と言えど全く分からない。


「おいどうしたんだよ、二人共」


 少し先で立ち止まった怜が振り返って不思議そうに二人に問いかける。

 怜としては変なことを言ったつもりは全くない。


「いや、何でもない」


「うんうん。れーくんとサーヤ、相変わらず仲良いよね」


 何とかそれだけを口から絞り出す親友。


「それで、二人のことだからただ『おはよう』と『おやすみ』を言ってるだけじゃないでしょ? 他には何を話してるの?」


「む…………」


 蕾華の問いに怜の言葉が詰まる。

 話の内容的には別段変なことは話してはいないのだが、怜と桜彩はお互いに話の内容を秘密にする約束をしている。

 これは例え陸翔や蕾華が相手だっても話せない。


「悪いけど内緒」


「へーっ、内緒かあ」


「いったいどんな話をしてるんだろうね、りっくん」


 怜の返答に二人が頭の中で想像を広げてニヤニヤとした笑みを浮かべる。

 それに対してため息をついて


「別段変な話はしてないぞ。たださ、俺と桜彩の関係ってついこの前まで秘密だったわけだろ?」


「まあそうだね」


「それがどうかしたのか?」


 まあ厳密に言えば二人の姉や守仁は知っているのだが、そこはノーカンで良いだろう。


「その時の秘密の関係ってのがなんだか面白かったなって話をバーベキューの帰り道でしたんだ。で、せっかくだから何か一つ、新たに秘密の関係を作ってみようって話をしたんだ。それで寝る前に二人だけの秘密の話をしようってことになった」


 話をしていること自体は陸翔や蕾華に話しても良いが、その内容は絶対に秘密だ。

 そんな怜の説明に陸翔と蕾華は顔を見合わせてしまう。


「……………………へー」


「……………………そーなんだー」


 再び怜に背を向けてこそこそと話し合う。


「ねえねえりっくん、今の話、ど―思う?」


「完全に恋人同士の会話じゃねえかよ」


「おい二人共、いったいどうしたんだ?」


 そんな親友二人を不思議に思って怜が問いかける。

 それに対して二人はなんとも言えない顔を怜に向けるのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「それじゃあね、れーくん」


「じゃな」


「ああ、二人ともまたな」


 これまで桜彩と何度か訪れたショッピングモールより一回り大きい大型商業施設。

 陸翔と蕾華はその中にある映画館に映画を見に行くということで怜と別れる。

 一方で怜は目当ての物を探しにフロアを移動する。


(…………売り場は、この上の階か)


 いくつかの店で買い物をした後、次の店を案内板で探す。

 周囲に目を向けるとすぐ側に階段があった。

 たかが一階程度の移動であれば、エレベーターやエスカレーターを利用する必要も無いと考えて階段へと足を向ける。

 そのまま階段を昇っていき、踊り場を回るとちょうど上階から人が降りてくるところだった。

 年のころは四十代と言ったところで、服装も清潔感があり整っている男性だ。

 しかし何か悩み事でもあるのか浮かない表情で顔を落として階段を降りてくる。

 ぶつからないように注意してその横をすれ違った時、怜の耳にその声が届いた。


「あっ!」


 慌てて振り返って見れば男性が足を踏み外したのか、階段から落ちそうになっていた。

 スローモーションのように流れていく光景を怜は見ていることしか出来ない――

 ――というわけではなく、慌てて右手で男性の右手を掴み、左手で手すりを掴んで体を支えた。






【後書き】

 次回投稿は月曜日を予定しています

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