第118話 クールさんと家族の団欒④ ~怜に挨拶しなければ~
「――なの」
これまでの怜との思い出を頭に浮かべながら説明する。
一通り説明を終えると両親はうんうんと満足そうに頷く。
「そうなのか。聞けば聞くほどに素敵な人なのだな」
「ええ。本当に素敵な関係ね」
「うん。なんていうかその、言葉で表すのは難しいんだけど、もう家族みたいな関係だよ」
先日、怜の言っていたことを思い出す。
『朝起きたらおはようって言って、一緒にご飯を食べて、一緒にリビングで過ごして、一日の終わりにお休みって言って。でもただの友人でも親友でも恋人でもない。言葉で定義出来ない、定義する言葉がない、俺と桜彩だけの特別な関係』
『おはようとおやすみ。この二つを毎日のように言い合えることは素敵なことなんだなって。朝起きたらおはようって言って、一緒にご飯を食べて、一緒にリビングで過ごして、一日の終わりにおやすみって言って。桜彩とそんな家族みたいな毎日を続けたいなって。うん、俺は桜彩と家族みたいになりたいって思ってる』
あの時は慌ててしまったが、こうして家族の元に戻ると怜の言ったことが良く分かる。
これまでは意識していなかった『おはよう』や『おやすみ』。
これを言い合うことが出来るのは本当に幸せなのだと。
そしてだからこそ確かにあちらにいる時の自分と怜は、まるで家族のように過ごしていることをより実感出来る。
それを聞いて三人が苦笑を浮かべる。
「家族みたいな関係、か。でもそれは少し寂しいわね」
「そうね。少し妬いちゃうわ」
「あっ、べ、別にみんなが家族じゃないって言ってるわけじゃないからね!」
慌てて桜彩が言葉を付け加える。
もちろんそれは三人にも良く分かっている為に、桜彩を安心させるように笑いかける。
「ええ。もちろんそれは私達も良く分かってるわよ」
「うん。葉月の言う通だな」
「そうね。でもね桜彩、少しいいかしら?」
そこで舞はこれまでとは少し違った真剣な表情に変わる。
いったい何だろう、と桜彩が姿勢を正して正面の舞の方を向く。
それを確認してゆっくりと話し出す舞。
「桜彩。そういうことはもっと早く言いなさい。確かにあなたと怜さんは良い関係を築いていることは分かるわ。その怜さんがあなたに優しくしたことに対して見返りなんて求めていないであろうことも私達にも良く分かるの。でもね桜彩、私達両親としての立場から考えれば怜さんに挨拶しないわけにはいかないわ」
「うん。舞さんの言う通りだ。桜彩、確かにその友人の考え方は素晴らしい方だと思う。でも例え相手が善意で桜彩を助けてくれたとしても、両親としては娘を助けてくれた相手にそのままというわけにはいかない。それは分かってくれるね?」
「う、うん……」
確かに二人の言う通りだ。
娘の交友関係に必要以上に口を出すのは両親といえどするべきではないし、二人もそれは分かっている。
しかし桜彩からの説明を聞けば、怜という人物は桜彩に対して多大な手助けをしてくれた相手だ。
逆に言えば、桜彩がかなりの迷惑を掛けた、という見方も出来る。
もちろん怜本人は迷惑を掛けられたなんて思ってもいないし、舞と空も桜彩の説明からそれはなんとなく理解している。
しかしそれほど娘のことを手助けしてくれた相手に対して両親から何もないというのはあまりに失礼だろう。
怜本人が迷惑と思うかどうかではなく、こちらの立場としてそうであるという話だ。
「私達もこの連休中であれば多少の無理はききますしね。早めに直接お礼を申し上げるべきでしょう。ねえ、空さん?」
「うん。最終日は厳しいかもしれないが、明日ならば問題ないな。桜彩、怜さんの予定は分かるかい?」
空は基本的に仕事で忙しい日々を送っている。
また舞もイラストレーターとしての仕事をしながら様々な面で空の手伝いをしている為、あまり手の空く時間がない。
だからこそ桜彩に付いて行くことが出来ず、一人暮らしさせることになってしまったのだが。
「えっとね、明日はお昼過ぎまでアルバイトが入ってるって言ってたよ。それと明後日はもしかしたら遅くまでアルバイトするかもしれないって」
明後日のバイトはなんでも状況次第で残業になるかもと言っていた。
詳しい話は聞いていないが。
「そう。それでは明日の夕方以降は空いているという事かしら。それなら善は急げという言葉もあるし、明日にしましょうか」
「うーん、しかしせっかく桜彩が帰って来てくれたのだしなあ」
「そうね。せっかく桜彩と会えたのに」
舞の提案に空と葉月が少しばかり難色を示す。
大切な愛娘や妹と久しぶりに会うことが出来たのに、分かれる日が早くなるのは少し、いや、かなり寂しくなる。
もちろんそれは舞も一緒だ。
「ですが怜さんに挨拶するのは早い方が良いでしょう。それに桜彩の住んでいる所は広いですからね。明日そちらに向かって一晩泊まった後、明後日の夜にでもこちらへと戻ってくればいいでしょう。そうであれば当初の予定通り桜彩と一緒に過ごす時間は取れますし」
「む、そうか。そうだな」
舞の提案に空が頷く。
自宅でゆっくりとすることは出来ないが、それでも当初の予定通り四日間桜彩と共に過ごすことが出来る。
ならばそれで充分だろう。
「ねえ、それってもちろん私も付いて行けるのよね?」
横から葉月が聞いてくる。
葉月としてももちろん久しぶりに会った大切な妹とすぐに離れるなんてことは考えられない。
「ええ、もちろん。桜彩の所にもお布団はあるから四人なら問題ないでしょう?」
「うん」
来客用の布団は二組しかないのだが、自分と葉月が一緒にベッドで寝れば良い為桜彩が頷く。
いざとなったら怜に貸してもらっても良いかもしれない。
「それじゃあ明日は向こうに移動するのね。何時位に出るの?」
「そうねえ。ゴールデンウィークということで道も混んでいるでしょうから、お昼は止めた方が良いかもしれないわね」
「というと朝早くからか」
「そうね。慌ただしいけれどそれで構わないかしら?」
舞の言葉に三人が了解の返事をする。
「それじゃあ桜彩、悪いけれど怜さんに挨拶させてもらえるかしら? いきなり尋ねていくのは迷惑になるでしょうから」
「うん、分かった」
怜と話せることを嬉しく思いながら桜彩がスマホへと手を伸ばす。
そんな嬉しそうな桜彩を、三人が穏やかな視線で眺める。
「まずはあなたが話してもらえる? 切りの良いところで私に変わってちょうだい」
両親がいきなり電話を掛けるよりも、先に桜彩にある程度説明してもらった方が話が早いだろう。
「うん…………あれ、出ないな」
コールしてしばらく待ったのだが通話モードへと移行しない。
不思議に思いながら一旦取り消すと怜からメッセージが届いた。
『どうかした?』
『ううん 怜 今時間ある?』
『急用?』
『ううん、急ぎじゃないよ』
『そっか 悪いけど今長時間手が離せそうにない 本当にごめん』
『ううん 気にしないで こっちこそごめんね』
そう言っていつもの猫のスタンプ(謝罪バージョン)を送る桜彩。
『でも夜は時間あるから いつもの時間に話そう』
『うん それじゃあね』
『それじゃあ』
ふと気が付くと三人が自分と怜のやり取りに注目していた。
「あら、残念ね」
桜彩が何を言うまでもなく、画面を見ていた舞が残念そうに呟く。
「ってお母さん!?」
今更ながら舞が覗き込んでいたことに気が付いて驚く桜彩。
慌ててスマホを自分の方へと引き寄せて画面が見えないようにする。
別に隠すようなことでもないのだが。
「何? そんなに驚いて」
「お、驚くよ、もう」
不満そうに口を膨らませて桜彩が抗議する。
「ふふっ、ごめんなさいね。でも仲が良いのね。夜は何を話してるの?」
「えっ?」
舞の質問に桜彩が少し口ごもる。
電話していること自体は公にしても問題ないが、話の内容は怜と桜彩の二人だけの秘密だ。
別に隠すような内容ではないのだが、『二人だけの秘密』ということ自体が二人にとって心地良い。
「えっと、内緒」
「あら、隠し事?」
くすくすと笑いながら舞が問いかける。
「へえ、そうなのね」
「親としてそれは寂しいなあ」
舞の発言に追従してからかう葉月と空。
家族三人からの問いに桜彩があわあわと顔を赤くして慌ててしまう。
「べ、別にそういうのじゃないからっ!」
ぷいっと顔を横に向けて拗ねる桜彩。
「ふふっ、ごめんなさいね。怒らないで、桜彩」
「むぅーっ!」
頭を撫でる葉月をまだ不満そうに軽く睨む。
もっとも葉月にとってはそんな桜彩も可愛らしいので逆効果だ。
「でもそうね。それじゃあ桜彩、悪いのだけれど、夜にお話しする際に明日尋ねて良いか聞いてもらえる?」
「あっ、うん。それなら問題ないよ」
「ありがとうね。それから私達両親が事前に挨拶出来ない事も謝ってもらえるかしら?」
「うん。でも怜なら気にしないだろうけど」
この数週間、怜と過ごしてきた桜彩にもそのくらいは分かる。
「ええ。でも礼儀としてね」
「分かった。それじゃあ夜に聞いてみるね」
「お願い」
そして桜彩達四人家族は団欒の時間へと戻っていった。
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