第93話 言い争いの原因 ~消えたデータと受け入れられない提案~

 怜と陸翔が揉めた放課後より少し前の昼休み。


「嘘っ!!」


 ボランティア部の部室に蕾華の声が響いた。

 同じ室内で作業をしていた怜と陸翔が驚いて手を止め蕾華の方を見る。


「どうした蕾華?」


「何があった?」


 二人の問いにパソコンを操作していた蕾華は青ざめた顔で二人の方へと振り向く。


「ポータブルディスクが読み込まれない……」


「えっ!?」


「マジか!?」


 蕾華の言葉に怜と陸翔が驚いて声を上げる。

 そしてパソコンの前で作業していた蕾華の後ろへと回り込み画面を確認する。


「うん……。何回やってもダメ、反応しない……」


「端子の繋ぎ直しは?」


「やった……。ポートも変えてみたけどダメ」


 怜と陸翔に見せるように、ポータブルディスクの端子を抜き差しする蕾華。

 しかし画面には先ほど蕾華が言ったようにポータブルディスクの接続は表示されない。

 怜と陸翔もその事実を認識して顔を青くする。


「……ってことは」


「明々後日の紙芝居のデータ、全部消えたか……?」


 怜の口から出た問いに答えを返すことの出来る者はこの室内にはいなかった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ボランティア部の活動の一環として、数日後に陸翔の両親が経営する虹夢幼稚園で紙芝居をすることになっている。

 ゴールデンウィークの中の平日というものは学校によって扱いが違う。

 怜達の通う領峰学園は私立校である為に、そこは完全に休みとなっている。

 一方で幼稚園の方はその日も運営されている為に、そこで紙芝居を実施しようということになった。

 ボランティアというのはそれだけで学園の活動として一つのアピールになる為に、今回の活動の際に学園側からも活動の写真を撮ったりすることが決まっている。

 それだけならいいのだが、それに加えて地域のローカル番組でボランティア部の学生による手作りの紙芝居の上映、という取材設けることになっている。

 当然これも学園のアピールの為だ。

 紙芝居は三人で自作したもので、作るのにかなりの時間と労力を必要とした。

 何事もそつなくこなす怜の数少ない苦手分野が絵画であり、陸翔と蕾華もそれは同様である。

 その為、一から作り直すとすればかなりの時間と労力が必要となってしまう。

 学園側だけならともかく外部にまで紙芝居を実施するという話が通っている以上、今からやっぱり出来ませんと言うわけにはいかない。


「ど、どうしよう……」


 頭が混乱したまま蕾華が呟く。

 目は完全に泳いでおり、焦点が合っていない。


「落ち着け蕾華。まず一つずつ出来る事から考えよう」


 パン、と両手を鳴らして比較的冷静さを取り戻した怜がそう提案する。

 ただでさえ時間がないのだから、これ以上悩んだまま時間を無駄にするわけにはいかない。


「蕾華はデータの確認を頼む。他のパソコンなら認識する可能性もあるし。あとパソコンのハードディスクにバックアップがないかも」


「う、うん、分かった!」


 怜の言葉に蕾華はすぐにパソコンへと向き直って確認を始める。

 バックアップの方を含めて正直期待は出来ないが、万一残っていた場合はそれで済む。


「俺と陸翔は個人の伝手つてを当たろう。誰か手作りで作れそうな相手がいれば何とか頼み込む」


「おう」


「学校の中だと陸翔の方が顔が広いからそっちは頼む。俺は校外の方を当たってみる」


「だけど自作の紙芝居をするって伝わってるんだろ? 他の学生ならともかく学外はまずいんじゃないのか?」


「そこはばれないように何とかするしかない。姉さんあたりに伝手があれば何とか……」


 自分たちの手作りだという話がメディア側まで伝わっている為に部員である三人以外の手に頼りたくはないのだが、事の重大性を考えれば綺麗ごとばかり言ってはいられない。


「分かった。そっちは頼むぞ」


 言いながら陸翔は部室を飛び出していく。


(……望みは薄いけどな。データは無し、頼れる相手も見つからない場合のことも考えておかないとな)


 最悪の状況を考えながら、怜はまず美玖へとメッセージを送った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「……ダメ、残ってなかった」


 昼休み終了の少し前、三人は教室に集合してそれぞれの状況を打ち明ける。

 とりあえずポータブルディスクは複数台のパソコンで試したが全てで認識されない上に、部のパソコンの方にもバックアップは残っていなかった。


「蕾華の家のパソコンにもないのは間違いないよな?」


「うん。あれ、ここでデータを取り込んだから家の方には絶対にない」


「原本はもう捨ててるしなあ……」


 紙芝居は紙で自作した後に、劣化や紛失のことを考えて部内のパソコンを使ってスキャンデータを取り入れた。

 その後、原本の方は特に必要ないだろうと考えて既に捨ててしまっている。


「俺の知り合いもダメだった。そもそも口が堅くて絵が描ける相手がいないって」


 美玖や守仁、バイト先の望にまで聞いてみたのだが良い返事は貰えなかった。


「オレの方もダメだ。美術部と漫研の知り合いにもあたったけどそもそも時間が短すぎるって」


「そうか……」


 項垂うなだれながら告げる陸翔の返答に怜も頭を掻いてしまう。

 とりあえず打てる手を打ったのだが、それは全て空振りに終わってしまった。


「二人共、本当にゴメン……」


 蕾華が申し訳なさそうに何度も謝ってくる。

 部内のパソコンにデータを入れておかなかったのは、自宅で作業をする可能性を考えた蕾華の発案だ。

 ポータブルディスクは蕾華の私物であり、データの紛失を自分の事のように感じているのは良く分かる。


「蕾華一人のせいじゃない。ポータブルディスクへの保存は俺達も賛成したんだし、バックアップを取ることも考えてなかった」


「怜の言う通りだぞ。だからあんまり思いつめるなって」


 怜も陸翔も蕾華を励ますように声を掛ける。

 だが蕾華は顔を曇らせたまま顔を横に振る。


「でも、データの管理はアタシの役割だし、そもそもポータブルディスクもアタシの物だし……」


「はいそこまで。今は反省よりもこれからのことを考えないと。とにかくもうすぐ授業が始まるからひとまず続きは放課後に」


「分かった」


「うん……」


 怜の言葉でそれぞれ自分の席へと戻って行く。


「あれ、三人共みょーに真剣な感じだけどどったの? なんかトラブルでもあったん?」


 すると三人の雰囲気を感じ取ったのか奏が声を掛けてきた。


「宮前か。宮前って絵は上手か?」


「え? えって美術とかで描くあの絵?」


「そう、あの絵」


 奏は不思議そうな顔で首を傾げたのちに、少しばかり考えこむ。


「んー、ぶっちゃけ苦手かなー」


「そっか……」


 ダメ元で聞いたのだがやはりそうだったか。

 頭を抱えて考える怜を疑問に思って奏が覗き込んでくる。


「てか一体何があったん?」


「ああ、実は……」


 事態を簡単に話し始める。

 隣の席では桜彩がいつも通りのクールな表情をしながら、怜の言葉に耳を傾けていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そして放課後。


「……授業中に考えた結果、一つ妙案が浮かんだ」


 授業終了後、蕾華がボランティア部の顧問を兼任している瑠華を尋ねに教室を出て行った後、怜と陸翔は二人向き合って紙芝居の件について話を進める。


「妙案? なんかあるのか?」


 現状のかなりマズイ状況を打破出来るのかと陸翔が顔を乗り出してくる。

 それに怜は一拍入れてから授業中に思い浮かんだ考えを話し始めた。


「ああ。AIを使う。あれならすぐに絵が描けるからな」


「AIって、あのAIのことか?」


「多分そのAIのことだと思うぞ」


 AI、人工知能。

 昨今のAIは優秀になってきており、命令文により様々な絵をすぐに描かせることが可能だ。

 もっとも細部はまだまだ改良の余地はあるし、様々な問題も残っている。

 しかし絵心のない三人が一から描くよりは遥かにまともに描けるだろう。


「けどよ、ちょっと前にニュースでやってたから俺も少しは知ってるけど、そういうのってすぐにAIが描いたってバレるんじゃないのか?」


「いや、今は疑心暗鬼になっていて本当に人の手で描いたものもAIが疑われる時代だ。ごり押し出来なくもない」


「だけどよ、AIの特徴ってのもあるんだろ? 自作って言ってる以上、それを気付かれたらマズイんじゃないのか?」


 AIと人間の手によって描かれた物にはいくつか特徴があるらしい。

 その特徴が修正されれば人の手によるものかAIによるものかは判別が難しいらしいが、怜も陸翔もその特徴を全て知っているわけではない。

 もしその道に長けた人が見た場合、一発でAIによるものだと証拠付きで暴露されるかもしれない。


「……命令文を入力するのは俺だ。一応自作と言えなくもない」


「お前だって分かってんだろ? それは完全に屁理屈だぞ」


「まあ分かってるけどな」


「そうするとリスクが高すぎるだろ。もしメディアで放送された後に実はAIで作成してました、なんてのがバレたら下手したら炎上するぞ」


 最近はネットの発達により様々な情報が即座に広がってしまう。

 今回の件は視聴率も低いであろうローカル放送の一部でしか使われないが、それでもSNS等で広がる可能性はゼロではない。

 もし怜たちが自作したと言っている紙芝居がAIにより描かれたとバレたらそれこそ言い訳などする暇もなくネットリンチに繋がるかもしれない。

 ヘタをしたらデジタルタトゥーとしてずっとネット上に情報が残る可能性も否定出来ない。

 陸翔は将来幼稚園の経営を継ぐ予定だし、蕾華はそこで働くと決めている。

 そんな二人にデジタルタトゥーが入ってしまったら、幼稚園自体が悪評に晒されてしまう。


「…………紙芝居の絵は全て俺が担当したことにする。そうすれば最悪バレたとしても幼稚園に迷惑はいかない」


 その言葉で陸翔の表情が怒りを含んだものに変わっていく。


「……おい、まさかとは思うが、いざって時は全部お前が罪を被る、なんて考えてんじゃねえだろうな?」


「まさかも何もそのつもりだ。別に俺はまだ将来を決めてないし、それが一番被害が少なくなる」


「……ッ!! っざけてんじゃねえぞ、怜!!」


 淡々と言った怜の言葉に陸翔は勢いのままに乱暴に椅子から立ち上がり、椅子に座ったままの怜の胸倉を掴み上げた。

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