第92話 親友との言い争いとクールさんの仲裁
怜が体調不良から復帰して数日後のゴールデンウィーク前日、クラスメイトの多くは明日からの大型連休について心を躍らせている。
放課後、早々に連休突入の空気を醸し出しながら意気揚々と帰宅するクラスメイトもいれば、教室内に残って明日からの予定を楽しそうに話す者もいる。
学内でもトップクラスに仲の良さを知られている怜と陸翔も後者に属する――
「……ッ!! っざけてんじゃねえぞ、怜!!」
――というわけではなく、放課後の教室内に陸翔の怒号が響き渡った。
まだ残っているクラスメイトも多く喧騒に包まれていたクラスがその一言でしんと静まり返って二人に視線が集まる。
普段の二人の仲の良さを知っているクラスメイトはあまりのことに驚いて言葉が出ない。
今、自分が見ている光景は現実の物か、等と考えてしまう者もいる。
それほどまでに今目の前で起こっているのは『ありえない』ことだった。
しかしそんな周囲の様子など全く目に入らない陸翔は勢いのままに乱暴に椅子から立ち上がり、椅子に座ったままの怜の胸倉を掴み上げる。
怒気に満ちたその顔を、胸倉を掴まれたまま怜は目を逸らさずに見返す。
「そんなもん認められるわけがねえだろうが!」
「認められる、られないなんて問題じゃない。それしか方法がないって言ってるんだ」
胸倉を掴まれたまま、毅然とした態度で怜が反論する。
「だからってそれはねえだろ!」
「何度でも言うぞ。現状で他に方法がない。文句があるなら代案を出せ」
「そもそもお前の提案する方法が方法じゃねえって言ってんだよ!」
「じゃあどうすんだ。もう時間なんてないんだぞ。このまま三人で困り果てろってのか?」
「今から頑張って作り直せば……!」
「んなもん無理に決まってんだろうが! やる気があれば何でも出来るなんて思ってんじゃねえぞ! 現実を見ろ!」
基本的に熱くなることの少ない怜の方もヒートアップして立ち上がり陸翔の胸倉を掴み返す。
普段から仲が良く喧嘩など全く考えられない二人の尋常ではない雰囲気に、クラスメイトは驚いてただ見ていることしか出来ない。
そんな中、周囲の様子が目に入らない二人は更に言い合いを続ける。
「だからってお前一人が泥かぶるようなことをだな!」
「それが一番合理的だって言ってんだよ!」
「何が合理的だ!」
「感情論で喚くんじゃねえっつってんだ!」
「ふっざけんな! だったら三人で困った方がまだマシだ!」
「あ!? 馬鹿な事言ってんじゃねえ! お前は俺の事より蕾華の方を優先して考えとけ!」
「ッ!!」
陸翔にとって蕾華は本当に大切な恋人であり親友であり幼馴染だ。
だからと言って蕾華と怜を秤に掛けて怜を無碍に扱うようなことは絶対にしない。
陸翔にとっては怜も大切な親友だ。
その親友の言葉を聞いて陸翔が本気で怒る。
思わず胸倉を掴む手と逆の方の手を強く握りしめる。
「二人共、少し落ち着いて下さい」
まさに一触即発という空気の中、二人が相手の胸倉を掴む手に更に力を込めたところで横から声が割って入った。
声の主は二人の親友である蕾華――ではなく、怜の隣の席に座る桜彩だった。
ちなみに蕾華は今教室から出ている為ここにはいない。
この空気の中、二人の間に桜彩が割って入ったことに他のクラスメイトは皆驚いている。
「さ……渡良瀬」
「む……」
突如として割って入った声に怜と陸翔の気が逸れる。
熱くなっていた頭が少し冷やされて冷静になっていく。
「周り、見て下さい」
淡々と告げられた桜彩の言葉で二人が周囲に目を向ける。
完全に忘れていたが、今はゴールデンウィーク前日の放課後の教室内だ。
周囲には何人ものクラスメイトがいるわけだが、完全に頭から抜け落ちていた。
当然ながら室内の空気は大型連休を前にした明るい雰囲気ではなく、皆が心配そうに二人を見ている。
「……悪い」
「いや、俺も」
クラスの雰囲気を悪くしてしまったことにバツの悪さを覚えながら、お互いに相手の胸倉を掴む手を放してそれぞれ椅子に座り直した。
「二人共、落ち着きましたか?」
「ああ、ありがとな、渡良瀬」
「悪い、クーさん」
桜彩に頭を下げる二人。
お互いに完全に我を忘れていた。
桜彩がいなければどうなっていたか分からない。
一方で桜彩の方も二人が落ち着いたのを見て、それ以上のことは言わずにいつも通りのクールモードで鞄を手に取る。
「それでは失礼します。さようなら」
「……ああ、また休み明けにな」
「じゃーな、クーさん」
(……び、びっくりしたあ。まさか怜と陸翔さんがあんな雰囲気になるなんて。でも二人共一旦落ち着いてくれたようで良かったあ)
表面上はいつも通りのクールモードなのだが内心では心臓がバクバクだ。
先日、怜と陸翔の仲の良さについて再認識したこともあり、この二人の言い合いは本当に驚いた。
(いったい何があったのかな? 夜、怜に聞いてみようか)
そんなことを考えながら、桜彩は教室を後にした。
桜彩が教室を出ると、それを見ていたクラスメイト達は怜と陸翔が落ち着いたことを安堵すると共に割って入って二人を落ち着けた桜彩に対して感心する。
まさかあの雰囲気の二人に桜彩が割って入るとは思わなかった。
「うわぁ……」
「凄かったあ……」
「クーちゃん、勇気あるぅ」
桜彩が出て行った後の扉を眺めながらクラスの中から口々に桜彩を称賛する声が上がる。
「ってか二人共どーしたの? 普段あんなに仲良いのに何で喧嘩?」
二人が一旦落ち着いたとはいえまだおそるおそる、奏が心配そうな表情で二人に問いかけてくる。
「喧嘩じゃねえよ」
「ああ、喧嘩じゃない」
即座に二人で奏の言葉を否定する。
「え?」
奏が驚くのも当然だろう。
今の雰囲気は外から見れば完全に一触即発状態だ。
だが怜も陸翔もそれを喧嘩とは思っていない。
「ただの意見の食い違いだ」
「そういうこと。俺も陸翔も別にお互いを嫌ってるわけじゃないからな」
「え?」
再び不思議そうな顔をする奏。
それに答えるよりも早く、教室のドアから蕾華が入ってくる。
いつも笑顔を絶やさない蕾華らしくなく、その顔色は青くなっている。
「え? どうしたの、この空気」
そんな蕾華だがクラス内の微妙な空気には気が付いたようで、座っている二人に問いかける。
「ちょっとオレと怜の言い合いがヒートアップしてな」
「そ。それでクラスの空気悪くしちゃった」
「え? それってどういうこと?」
それだけ言われても蕾華には分からない。
「まあ詳しい話は部室でするか」
「そうだな。部室行くか」
「え、うん」
三人で鞄を持って立ち上がる。
「じゃな、宮前」
「え、うん。それじゃ……」
「じゃーな」
「それじゃあね、奏」
ポカンとした表情で三人を見送る奏。
そして怜と陸翔は教室を出る前に皆に頭を下げる。
「みんな、さっきは悪かった。本当にごめん」
「悪かった。謝る。この通り」
頭を下げる二人にクラスメイトが一歩遅れて返事をする。
「あ、ううん。別にそれは気にしてないけど、ねえ?」
「うん。まあ二人が元通りなら良いんだけど」
「そうだな。でもさっきは心配したぞ」
等々、温かい言葉を掛けてくれる。
これは怜や陸翔が普段からクラスメイトに対して細々としたところで手助けをしていたりといったことの積み重ねだろう。
「それじゃあな、みんな」
「じゃな」
「またねー」
「さよならー」
「また今度な。まあ休み中に一緒にフットサルやるけどさ」
「そうそう。その時までには解決しとけよー」
「おう。またなー」
ゴールデンウィーク前の別れの挨拶をする三人に対してクラスメイトからいつも通りの調子で返事が返ってくる。
そして三人は話の続きをする為にボランティア部の部室へと急いだ。
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