第91話 教室内のクールさんと蕾華
「おじゃましまーす」
「いらっしゃい」
一晩が経過して、とりあえずいつもの通りに気持ちを落ち着けた桜彩が怜の部屋を訪れる。
怜の方も気持ちを落ち着けていつも通りに桜彩を迎え入れる。
「おはよう、怜」
「おはよう、桜彩」
挨拶をしながらお互いに笑いかける。
「それじゃあ朝食を作るか」
「うん。でも怜、体調は大丈夫なの?」
少しばかり不安そうに桜彩が聞いてくる。
まあこの二日ばかり多少なりとも無理をしようとしていたので心配なのだろう。
「ああ、問題ない。熱も36.5℃まで下がってた」
「本当に? 嘘じゃないよね?」
「本当だって。ていうか、昨日の時点で熱は下がってたし。なんなら目の前で測ってみるか?」
「ううん、そこまで言うなら信じるよ」
顔色も良いし、どうやら本当に無理をしていないようだと桜彩が判断する。
そしていつも通り、二人で朝食の準備を始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「でもさ、やっとバレちゃったね。私たちの関係」
昨日の鍋の残りで作ったリゾットを食べながら、昨日のことを桜彩が思い出す。
怜と桜彩の秘密の関係。
怜のお見舞いに来た親友、陸翔と蕾華にその関係がバレてしまった。
「まあな。でも昨日も言ったけど結果的には良かったと思うぞ」
「うん。それは私もそう思ってる」
陸翔も蕾華も性格は最高だし、きっと桜彩の力になってくれるはずだ。
それにいざとなったら自分達の関係についてフォローしてくれることだろう。
「まあ、一つ懸念事項があるとすれば蕾華だな」
「え?」
怜の言葉に桜彩のスプーンを動かす手が止まってきょとんとした顔で怜を見る。
そんな桜彩に怜は苦笑して
「昨日特に感じたと思うけど、蕾華はあのハイテンションで接して来るからな。きっと今日から桜彩に対してこれまで以上にガンガン来ると思うぞ」
「そ、そうだよね……。まあそれが嫌ってわけじゃないけど」
「まあ蕾華のペースで色々と話が進むことになるとは思う。気が付くと流されてることも多いからな」
「う、うん、気を付けるね」
昨日、怜と桜彩の関係を知った蕾華は、そのままハイテンションで桜彩へとガンガン話しかけていった。
そのままの流れでお互いの呼び方まで変わることとなった。
気が付けば終始ペースを握られてしまう。
まあそれが心地良いのも確かだが。
「ま、なんにせよ桜彩が蕾華と仲良くなるのは俺も大賛成だ。学内でも人目を気にせずに色々と相談できる相手がいるってのは大きいと思う」
「うん、そうだね」
これまで桜彩が心を開いていた相手は怜だけであり、その怜とも二人の関係を公にしていないので、実質的に学内で人目を気にせずに何でも頼れる相手というのはいなかった。
だが蕾華と仲良くなったことで、きっと蕾華は桜彩が困った時に頼りになってくれるだろう。
「ま、何はともあれ絶対に悪いことにはならないって断言出来る」
「うん。それは私も信じてるよ」
そして朝食を食べ終えた二人は、しばらくのんびりした後一緒に登校を開始した。
といってもいつもの通り、アパートのエントランスで別れることになったのだが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おはよー」
教室に入りながらそう挨拶すると、すぐに何人かのクラスメイトが怜の下へとやってくる。
「おはよ。光瀬君、もう大丈夫なの?」
「よう。もう風邪は治ったのか?」
「大変だったね」
自分の身を心配してくれたクラスメイトへ返事を返しながら自分の席へと向かう。
その後も何人かのクラスメイトと話していると、アパートで別れた桜彩がクラスへと入ってくる。
「おはよう、渡良瀬」
「おはようございます、光瀬さん。もう体調は大丈夫なのですか?」
「ああ。ありがとな」
「いえ、大丈夫そうならよかったです」
いつものクールモードで怜を心配する言葉を掛ける桜彩。
この調子ならクラス内で怜と桜彩の関係がバレることはないだろう。
昨日、二人にバレたのはあくまでもイレギュラーだ。
すると陸翔と蕾華がいつもの通りに仲良く揃って登校してきた。
「おいっす。怜、体調は良いのか?」
「おはよー、れーくん。もう大丈夫?」
「ああ、昨日はありがとな」
陸翔と蕾華が自分の席に座っていた怜へと声を掛ける。
昨日の別れ際までは体調に問題はなかったことは二人も知っているが、念の為の確認だ。
怜の言葉に二人は安心して席へと着く。
「サーヤ、おっはよー!」
「おはようございます、蕾華さん」
自分の席に荷物を置くと後ろの席へと振り返ってテンション高く挨拶をする蕾華に、桜彩も笑顔で返事を返す。
いつもとは違う桜彩の表情に、理由を知る怜と陸翔を除くクラスメイトは会話を止めて驚いて見る。
まあこれまでのクールモードしか知らない人にとっては驚くのも無理はない。
「あれってクーさんだよな……」
「いつの間に竜崎さんと仲良くなったんだ?」
「渡良瀬さんが笑ってるところ、初めて見たかも……」
「昨日、何かあったのかな?」
昨日までとは明らかに違う二人の様子。
予想外の光景に驚きや憶測が小声で飛び交う。
「ま、予想はしてたけど」
「だよな。まあ良いんじゃねえの? これでクーさんももっとクラスに溶け込むんじゃね?」
予想通りの反応をするクラスメイトをよそに、怜と陸翔は苦笑しながら笑顔で会話を続けている隣の二人を横目で見る。
自分達男子まで桜彩と仲良くなったことがバレてはいらぬ憶測を呼び込む恐れがあるので、二人はこれまで通りの呼び方で呼んでいる。
「おっはよー! え、なに? なんかあったの?」
そこへ登校してきた奏がいつもと違う雰囲気のクラスに気が付いて怜の下へとやってくる。
その質問に怜は隣を指差しながら答える。
「蕾華と渡良瀬が今までより仲良く話してるのが意外だってさ」
怜の返答に奏も横の方を見る。
「へー、渡良瀬さんってあんな顔もするんだねー。あ、きょーかん、身体は大丈夫?」
「ああ。もういつも通りだ」
「そっか。良かった良かった」
にひひと笑顔を向けながら奏が怜背中を叩いてくる。
そして再び桜彩と蕾華の方へと顔を向けて
「それにしても蕾華、どうやったんだろ? あのクーちゃんをあんな顔させるだなんて」
「まあ蕾華はコミュ力化物レベルだからなあ」
「言っとくけど陸翔、お前もそうだからな」
陸翔の言葉に怜が突っ込むと、奏もうんうんと頷く。
実際に陸翔も同性相手だとかなりグイグイと行くことが出来るタイプだ。
「でもそっかそっかー。蕾華、クーちゃん、おっはよー!」
事情を大まかに理解した奏が早速二人に絡んでいく。
蕾華ほどではないがさすがに奏もコミュ力が高い。
「おはよー奏」
「おはようございます、宮前さん」
いきなり割って入って来た奏を嫌な顔一つせずに受け入れる二人。
「蕾華とクーちゃん、いきなりかなり仲良くなってない? いや、前々からそこそこ仲良かったけどさ」
先日、奏を含めた三人で猫カフェやカラオケで仲良く過ごしてはいる。
しかしその時も桜彩はクールモードを崩してはいなかった。
「昨日、蕾華さんと少し話す機会がありまして」
「うん。それで仲良くなったんだ!」
「そーなん? 何があったの?」
「えーっと……」
少し困ったように顔を見合わせる二人。
さすがに昨日のことはおいそれと他人には話せない。
「……内緒、です」
「うん、内緒! ゴメンね」
「ちぇっ。ま、いーか。それでさ……」
大して気にせずに次の話題へと移っていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はーい、みんな席に着いてー!」
しばらくすると担任の瑠華が教室に入ってくる。
その声にクラスメイト達が自分の席へと戻って行く。
「それじゃーね」
例に漏れず奏も自分の席へと戻って行った。
「みんな、おっはよー。それじゃーまず連絡なんだけどねー」
いつも通りに連絡を始める瑠華をよそに怜が左隣へと視線を動かすと、ちょうど桜彩も怜の方を見てくる。
お互いの目が合ってどちらからともなく笑顔になる。
「ふふっ」
「クスッ」
みんなの視線が教室の前方へと集中している中、怜と桜彩はお揃いのキーホルダーを見せあいながら静かに微笑み合った。
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