第87話 食後のデザート① ~からかいをトッピングして~
しばらく四人で話しているとキッチンからタイマーの音が聞こえてくる。
先ほど洗い物をするついでに作っていたデザートが完成したようだ。
「おっ、少し席外すぞ」
「あっ、私も手伝おうか?」
目当ての物を取りに行こうと椅子から立ち上がった怜を桜彩が追いかける。
「そうだな。それじゃあお願いするよ」
「うん、任せて。あっ、さっき私達が話してる時に、いったい何を作ってたの?」
「それは見てのお楽しみだな」
「分かった。それじゃあ楽しみにしてるね」
嬉しそうに怜の背を追いかけてキッチンに入っていく桜彩。
「桜彩は小皿を四人分用意してくれるか? あ、スプーンとフォークも一緒に」
「分かった。デザート用で良いんだよね?」
怜に確認しながら食器棚を開けて目当ての物を探す。
「ああ。棚の左側のやつ」
「うん。これでしょ?」
「そうそう」
桜彩にとってももう何度も使っている怜のキッチン。
怜に言われるまでもなく、すぐに食器を取り出していた。
桜彩が食器を用意している傍らで、怜も大皿を出してオーブンから目当ての物を盛り付ける。
この時点で香ばしい香りが漂ってくる。
「わあ、美味しそうだね」
「桜彩が買ってきてくれたフルーツを使ってみたんだ。ありがとな」
「ふふっ。それがこんなに美味しそう調理されるとは思わなかったよ」
「まだこれだけじゃないぞ。ここからさらにトッピングするからな」
言いながら冷凍庫を開けて目当ての物を取り出すと、それを見た桜彩が目を輝かせる。
「わあっ! 楽しみ!」
「それじゃあ食器を用意して待っててくれ。すぐに持っていくから」
「うんっ。先にリビングに戻ってるね」
怜のデザートを楽しみにしながら、人数分の食器と共に一足先に桜彩がリビングへと向かう。
そんな二人を陸翔と蕾華は微笑まし気に眺めている。
「なんていうかもうね……」
「本当になあ。もう完全に同棲してる彼女ってか新婚ほやほやの新妻ってか……」
リビングに座りながら、仲良く話しながら準備をしていた二人に暖かな目を向ける陸翔と蕾華。
二人とも素敵な笑顔を相手に向けて話している。
傍目から見ればどう見ても付き合っていないとは思えない。
リビングへと戻って来た桜彩が二人の視線に気が付いて、食器を持ったままきょとんとする。
「あれ、どうかしたんですか?」
「ううん、どうもしないよ」
「そうそう。二人共仲良いなーって思ってただけ」
「そ、そうですか。ありがとうございます……」
二人の言葉に桜彩が嬉しそうに照れてしまう。
その仕草に陸翔と蕾華は
「これで付き合ってないってのはないよなあ」
「ほんとだよねえ」
桜彩に聞こえないように小さな声でそう呟いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
準備が出来たので、リビングで待っている三人の下へと大皿に載せたデザートを運ぶ。
「はい、ローストアップルとローストバナナ」
「待ってました!」
テーブルの上に置かれた大皿を見て、桜彩が嬉しそうに目を輝かせる。
桜彩が持ってきてくれたリンゴとバナナを一口大に切って、リキュールを掛けてオーブンで焼いた物にシナモンと数日前に作った自家製アイス、砂糖を煮詰めたカラメルソースも添えて出す。
「「「「いただきます」」」」
早速桜彩がバナナをフォークに刺して口へと運ぶ。
「ふーっ、ふーっ……。うんっ、美味しい!」
息を吹きかけて少し冷ましてから口へと運ぶと幸せそうな笑顔が浮かぶ。
その笑顔を見た怜も嬉しそうな表情をする。
「サーヤ、凄い美味しそうに食べるよね」
「ああ。これなら怜としても嬉しいだろうな」
「うんうん。そんなに幸せそうに食べてくれると作った人としては嬉しいよね」
「はい。怜の作ってくれる食事もデザートも、全部美味しいです」
笑顔でそう言いながらリンゴを口へと運ぶ桜彩。
いつもの桜彩とのギャップに慣れていない陸翔と蕾華がまた目を丸くしてしまう。
こんな桜彩を早くから知っている怜は、そんな二人の仕草につい笑みが浮かぶ。
この桜彩をいち早く知っていたことに少し優越感を覚えるのと同時に、自分だけに見せてくれていた表情が他人にも知れてしまうことに寂しさも感じてしまう。
ふと胸に現れた良く分からない感情をごまかすように、怜もバナナへとフォークを運んだ。
「ふーっ。はいりっくん、あーん」
「あーん」
しばらくすると、対面の席では蕾華が息を吹きかけて冷ましたリンゴを陸翔に差し出した。
それを普通に受け入れて食べる陸翔。
「お、やっぱ美味いな。さすが怜」
「さすがって……。ただリキュール掛けて焼いただけだぞ」
「焼き加減とか色々とあるじゃん」
「そうそう。このトロットロのバナナとか最高だぜ」
「うん。私もそう思うよ」
三人の褒め殺しに少し顔が熱くなってきたのを自覚する。
美味しいと言ってくれるのは嬉しいのだが、怜としてはそこまで手間を掛けていないので褒められすぎるのは恥ずかしい。
「あ、れーくん照れてる?」
「あ、ほんとだ。顔が赤いぞ」
それに気が付いた蕾華が怜の顔を見ながらからかってくる。
指摘を受けてブンブンと顔を振っていつもの感じを取り戻そうとする。
「うっせ。馬鹿な事を言うなっての。それに顔が赤いのは目の前でいちゃつかれてるからだぞ」
まさに今、お返しに陸翔が蕾華にあーんと食べさせている姿を指差しながらそう答える。
この二人は基本的にTPOをわきまえず、人目のある所でもこんな感じでいちゃついている。
いや、正確には人目のある所では少しばかり自重はしているのだが、仲の良い相手しかいない場所ではリミッターが外れてしまう。
怜のツッコミに、しかし蕾華はニヤっと笑う。
「ふーん……。あ、れーくん嫉妬?」
「いや、別に嫉妬するようなことじゃないからな」
クラスメイトの彼女のいない男子族なら嫉妬の炎で悔しがるかもしれないが、怜にとってこの二人がいちゃついているのを見るのは微笑ましい。
多少恥ずかしいという思いもあるが。
「いやいや、別に隠さなくても良いって。ほらサーヤ! れーくんがあーんってやって欲しいって!」
「え、ええっ!?」
ちょうどバナナを食べようと口を開けた状態で桜彩が固まってしまう。
そのまま怜の方を向いて目を丸くする。
「桜彩、蕾華にからかわれてるだけだから」
いち早く冷静に戻った怜が呆れたようにフォローを入れる。
「え、か、からかっ……」
ボンッという音を立てたような勢いで桜彩の顔が赤くなってしまう。
「れーくん、別に照れなくても良いじゃん。あーんってやるくらい」
「照れてるわけじゃない」
「えーっ、だってれーくんとサーヤ、さっき二人であーんって食べさせ合ってたよね」
陸翔と蕾華、二人がお見舞いに着た瞬間、まさに桜彩と二人でプリンを食べさせ合っていた。
それを目撃された以上、どのような言い訳も通用しない。
「……忘れろ」
「……そ、それは」
怜と桜彩が顔を赤くして俯きながらなんとか言葉を絞り出す。
やはりこの二人に見られてしまったのは大きな失態だったかもしれない。
言葉に詰まる二人に蕾華はにやにやと笑いながら
「ほらほらサーヤ。やってあげなって」
「……はあ、そのくらいにしとけって。桜彩はそういうからかいに慣れてないんだから」
ニヤニヤとしながら煽ってくる蕾華の言葉に戸惑っている桜彩に、怜が助け舟を出す。
「ん-、まあそうだね。さすがにアタシ達みたいにふーって息で冷ましてあげるのはまだ二人には早いか」
なあ普通に考えればそうだろう。
あーん、だけでも恥ずかしいのに、更にそれが息を吹きかけて冷ましたものだというのであれば尚更だ。
普通に考えれば。
「あ、それはもうやったんですけれど……」
昨日のことを思い出しながらぽつりとつぶやく桜彩。
その言葉に固まる陸翔と蕾華、対照的に慌ててしまう怜。
「ちょっ、桜彩!」
「え? ……あっ!」
昨日のことを知らない蕾華としては当たり前の事を言ったに過ぎないのだが、そこで桜彩がまたもや口を滑らせてしったことに気が付いた。
とはいえもう既に後の祭り。
当然ながらそれを聞き逃す二人ではない。
「ちょっ、待っ、怜、今の詳しく!」
「えっ、まさか二人共、本当に!?」
慌てて身を乗り出しながら、目をキラキラと輝かせて食いついてくる。
自分達に話の鉾が向くのであれば、素直に陸翔と蕾華が二人の世界でいちゃついていてくれた方が遥かにマシだ。
「ちょっとちょっと、まだアタシ達に隠してることがあったのーっ!?」
「怜、素直に話せって」
「そうだよ! ねえサーヤ、詳しく教えてっ!」
もう話すまで絶対に諦めないであろう二人に、昨日の出来事を事細かに話す以外の選択肢は存在しなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます