第88話 食後のデザート② ~「はい、あーん」再び~
「……と言うわけなんです」
顔を赤くしたまま昨日の『あーん』について事細かく説明させられた桜彩。
怜も桜彩も恥ずかしさからずっと下を向いたままだ。
「わぁ、わぁ、わぁ!」
「おいおいおいおい! まさか昨日そんなことやってたのか!」
一方で話を聞いた陸翔と蕾華がテンション高く盛り上がる。
当然ながら怜と桜彩は赤くなって俯いてしまう。
「あの、怜。その、ごめんね……」
「いや、しょうがないって」
口を滑らせたことを謝る桜彩に、気にしないで良いとフォローを入れる。
相手がこの二人ならまだ御の字だ。
「うんうん。れーくんの言う通り気にしないで良いって」
「そうそう。オレ達もそれが聞けて良かったしな」
対照的に陸翔と蕾華は満面の笑みだ。
それは二人にとっては良かっただろう、二人にとっては。
頼むからこちらのことは気にせずに二人だけで存分にいちゃついていて欲しい。
「それじゃあサーヤ。ほら、れーくんにあーんってやってあげて」
桜彩に向かってそう勧めながら怜の方を向いてグッと親指を立ててくる。
目が『ほら、アタシってナイスアシスト』と言っているように感じるのは気のせいではないだろう。
決してそのようなアシストは求めていないのだが。
「え、えっと、その……」
困ったような目で怜の方を見る桜彩。
それに対してフォローを入れようとしたのだが、一足早く蕾華が桜彩の背中を押す。
「ほらほらサーヤ。アタシ、サーヤとれーくんがとっても仲の良いところを見せて欲しいなあ」
「えっ……私と怜の仲の良いところ……」
蕾華の言葉に桜彩が決意を固めたような表情をする。
一方でそれを見た蕾華はニヤッと意地の悪い視線を怜に向けてきた。
「そ、そうだよね。私と怜は仲が良いもんね……。だ、だからそうするのもおかしくはないだろうし……。え、えっと、ふーっ……。怜、あーん……」
意を決したようにフォークに刺したバナナに息を吹きかけて冷まして、遠慮がちにおずおずと差し出してくる。
「え、えっと……」
いきなりのことに戸惑う怜。
視線を動かしてみると、陸翔と蕾華がニヤニヤとしながら好奇心全開でこちらを見ている。
「その、怜……迷惑だった……?」
悲しそうな顔でそう問いかけてくる桜彩。
そう言われて怜に口を開ける以外の選択肢はなかった。
「あーん……」
「はい、怜」
口を開けるとバナナが入ってくる。
とろとろになった熱いバナナが桜彩によりちょうどいいくらいに冷まされて食べやすい。
「もぐ……うん、美味しい」
「う、うん。美味しいよね」
そのままモグモグとバナナを咀嚼する。
(……恥ずかしさで味なんて良く分からないって)
(……い、勢いでやっちゃったけど……うう……今、絶対顔赤くなっちゃってるよね)
二人共赤い顔のまま下を向いてしまう。
「じゃあ次はれーくんがサーヤに食べさせてあげる番だね」
「なっ!?」
「えっ!?」
蕾華の言葉に二人の顔が唐突に上を向く。
そしてお互いの方を向いて目を合わせた後、すぐにまた逆方向へと視線をそらしてしまう。
「もちろんやるよね! れーくんとサーヤ、とっても仲良いんだから!」
「え、えっと……怜、その……私にあーんってしてくれる?」
可愛らしい仕草で怜を見上げながら期待の混じった目で見てくる。
それを見て怜も意を決してフォークでリンゴを取る。
「わ、分かった。じゃあ、あーん……」
「ちょっとれーくん、それじゃダメでしょ!?」
フォークに刺したリンゴを桜彩の方へと差し出したのだが、そこで蕾華からダメ出しが入る。
そちらを見ると、蕾華が睨むような目でこちらを見ていた。
「駄目って何がだ?」
「そんな熱いの食べさせたらサーヤが火傷しちゃうじゃん。ちゃんと『ふー』って冷まさなきゃ!」
「いや、もうそこそこ冷めてるからな」
オーブンから出して時間が経っている為に、ちょうどいい温かさとなっている。
わざわざ息を吹きかけて冷ます必要は無いだろう。
「何言ってるの! そんなの問題じゃないって! サーヤがふーって冷ましてくれたんだかられーくんも同じようにやるのが礼儀でしょ!?」
ついに建前すら放り出したようだ。
というか、蕾華はそれを見たいだけだろう。
「いやだからな…‥」
「ねえ、サーヤもそう思うよね! れーくんが冷ましてから食べさせてほしいよね!?」
「ええっと、その……」
蕾華の勢いに桜彩が困ったように呻く。
しかし意を決して怜の方を向くと、先ほどと同じように瞳を煌めかせて期待するように聞いてくる。
「れ、怜、その……『ふー』ってやってくれない?」
そんな可愛らしい表情で可愛らしいお願いをされてはもう断ることは出来ない。
差し出したままのリンゴを自分の口元に引き寄せて息を吹きかけて冷ます。
「ふーっ、はい、あーん……」
「あ、あーん……」
小さく口を開ける桜彩は餌をねだる雛鳥を思い起こさせる。
そのつややかな唇に視線が吸い寄せられながらも、なんとかリンゴを桜彩の口へと運ぶ。
「もぐ……美味しい……」
「そ、そうか、良かった……」
「ニヤニヤニヤニヤ」
「ニヤニヤニヤニヤ」
陸翔と蕾華はそんな二人をニヤニヤとしながら眺めている。
しかし怜も桜彩もギャラリーの二人を気にする余裕は失われている。
「も、もっと食べるか……?」
「う、うん……」
今度はバナナを刺して桜彩に差し出す。
「ふーっ……。あーん」
「あーん。はふっ、美味しい。じゃあ今度は怜だね。はい、あーん」
「もぐ……。じゃあ次は桜彩だな。今度はアイスをトッピングするぞ」
最初は二人共戸惑っていたが、何度かするうちにもう周りのことを忘れてしまい、そのまま『あーん』で食べさせ合う。
アイスをトッピングしたり、カラメルを掛けたり味を変えて差し出す。
「あっ、悪い。カラメルが口の周りに付いちゃった」
「えっ、どっち?」
慌ててハンカチで口の周りを拭う桜彩。
「どう? 取れた?」
少し顔を突き出して聞いてくる桜彩の口元に視線が移る。
可愛らしい唇の横には、まだカラメルが付着していた。
「いや、まだ付いてるな。ちょっとハンカチ貸して」
「うん」
ハンカチを受け取ると、桜彩が身を乗り出してこちらへと顔を向けてくる。
借りたハンカチで壊れ物を扱うように丁寧に桜彩の口についた汚れを拭う。
薄い布越しに桜彩の唇の感触を感じてしまい、なんだかいけない気持ちになってきそうだ。
「取れたよ」
「ありがと。じゃあ次は怜に食べさせてあげるね。何が良い?」
「そうだな。それじゃあ……」
お互いに食べさせ合う怜と桜彩。
正面の席では陸翔と蕾華が呆れたように顔を見合わせる。
「……なんか、途中からオレ達の存在忘れられてないか?」
「……完全に二人の世界に入っちゃってるよね」
蕾華に煽られて勢いのまま『あーん』をやってしまった二人。
恥ずかしさをごまかそうと互いに食べさせ合っているうちに、だんだんといつもの二人の空気に戻ってしまった。
桜彩に食べさせた後、フォークを戻そうとする怜。
二人とも焦りと恥ずかしさ、そして楽しさからか陸翔と蕾華の存在を頭の片隅へと追いやってしまっている。
すると対面からパシャッという音が聞こえてきた。
驚いてそちらへと視線を動かすと、蕾華がこちらに向かってスマホを構えている。
ということは、今の音は紛れもなくシャッター音だろう。
それに気が付いて、怜と桜彩が驚きに身体を震わせる。
「ちょっ蕾華っ! な、な、なにやってんだ!」
「ら、蕾華さんっ! ま、まさか、今の……!」
「え? 写真撮っただけだよ」
笑いながら全く悪びれずにそう返してくる。
「「――ッ!!」」
言葉にならない声を上げる二人。
というか、シャッター音が鳴るまで目の前の二人の存在を完全に忘れていたことに今更ながら気が付いてしまう。
「ほらほらりっくん。良く撮れてると思わない?」
「おーっ良いじゃねえか!」
スマホの画面を眺めながらはしゃぐ二人。
「消せ、蕾華!」
スマホを取り上げようと席を立って手を伸ばす怜。
しかし蕾華は椅子を少し後ろに傾けながら怜の手から逃れてその画面を二人に向ける。
「えー、消すのもったいないじゃん。あ、手が滑ってクラスのグループメッセに投稿しちゃいそう」
「ちょっ、お前、それマジでやめろよ!」
蕾華からスマホを奪おうとするが、陸翔が立ち塞がって阻止をする。
「まあそれは冗談なんだけどね」
怜が慌てる様子を見てニマニマとした笑みを浮かべる蕾華。
「そうそう落ち着けって。お前だって蕾華が本当にそんなことやるなんて思ってないだろ?」
「まあそれは分かるけど!」
蕾華はこれでも怜の周りでは比較的常識的な人物だ。
怜が本気で嫌がるようなことはそもそもしない。
からかうことはするが。
桜彩の方を見ると、こちらを見ながらまだあわあわとしている。
「ってわけで蕾華、あーんの写真、オレにも送ってくれよ!」
「うん、分かった。送るねー。あ、二人にも送るよ」
そう言いながら蕾華がスマホを操作すると、三人のスマホへと写真が送られてきた。
「蕾華、消せよこれ」
送られてきた写真を眺めながら蕾華へと抗議する怜。
「えーっ、消さなきゃダメ?」
「そこで駄目以外の選択肢があると思うなっての」
怜の言葉に可愛らしく頬を膨らませながらふてくされる蕾華。
相手が陸翔ならばそれで折れたかもしれないが、さすがに怜には通じない。
「どーしてもダメ?」
「駄目に決まってるだろうが。桜彩もそう思うだろ?」
同意を求めて桜彩の方へと振り返ると、桜彩は少し嬉しそうな顔でスマホの画面を眺めていた。
怜の言葉に桜彩がこちらの方へと顔を向ける。
そしておずおずと
「あの、この写真って消さなきゃダメ?」
悲しそうな目をしながら上目遣いでそう問いかけてくる。
「これも私と怜の大切な思い出の一つだから。だから私は消したくないな。ねえ、ダメかな……?」
期待するような目で見つめられながらそう言われては怜も頷くしかない。
「……分かった。残してもいいから」
「やった、ありがとう、怜」
嬉しそうに小さくガッツポーズしながら喜ぶ桜彩。
そのままスマホを操作して写真を保存する。
「くくっ、怜も形無しだな」
「ホントにね。いやあ、今日は驚きの連続だよね」
「……いや、二人はちゃんと消せよ」
もちろんこの親友二人が写真を消すことはありえなかった。
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