第85話 キッチンの二人 ~これってもう夫婦だよね?~

「随分色々と買ってきてくれたんだな」


 四人が仲良くなったところで怜が冷蔵庫の扉を開けながら食材を確認する。

 豚肉や白菜、キノコ類等様々な食材が怜の知らないうちに追加されていた。


「材料的には鍋?」


「うん。病み上がりなら鍋が良いかなって。ちょっと多めに買ってきたから四人でも全然問題ないよ」


 蕾華の言う通り冷蔵庫の中身は種類も量も豊富であり、確かにこれだけあれば桜彩というイレギュラーがいても充分だろう。


「れーくんなら昆布とか鰹節とかありそうだから鍋の素は買ってこなかったけど……あるよね?」


 この辺りは勝手知ったる他人の家、というところか。

 怜の台所事情が良く分かっている。


「そりゃあな。あ、でも豆乳も余ってるから味噌と一緒に豆乳鍋にするか」


 その他の食材を確認しながらエプロンを着用した怜が提案する。


「豆乳鍋かあ。アタシ初めて食べるかも」


「オレもそれで良いぜ」


「桜彩は? 確か嫌いな物はないって言ってたよな?」


 この豆乳は怜が個人的に飲みたくて買った物だ。

 桜彩が豆乳を飲んでいるのを見たことはない為に一応確認しておく。


「うん、私は大丈夫だよ。怜の作るお料理はどれも美味しいから。嫌いな物なんてないし、もし嫌いな物があったとしてもすぐに好きになると思う」


「ああ……その、ありがと……」


 桜彩の答えに少し照れ臭そうにお礼を言う怜。


(怜がこういう照れ方するの珍しいな)


(サーヤの方も完全に好意全開オーラが出てるよね)


 普段ではあまり見ない怜の姿に陸翔と蕾華はそう呟き合う。

 自分達が同じことを言っても、怜は普通に『ありがとう』と返すだけだろう。

 一方で桜彩は自然に席から立ち上がってキッチンに掛けてあるエプロンを着用する。


「サーヤ、そのエプロン可愛い!」


 ワンポイントで猫のイラストの入っているエプロン。

 当然猫好きの蕾華が見逃すはずもない。


「いいなー、そのエプロン。どこで買ったの?」


「あ、いえ、これは先日の私の誕生日に怜がプレゼントしてくれたのです」


 桜彩の答えに陸翔と蕾華が『えっ』っと怜の方を見る。

 そしてニマニマとした視線へと変わっていく。


「そっかそっか。れーくんからのプレゼントなんだ」


「へー、確かに普段使う物だからな。良いんじゃないか?」


「はい。とても嬉しかったですよ」


 当時のことを思い出しながら桜彩が笑顔を浮かべる。

 あの時は本当に嬉しかった。


「そっかそっか。でもさすがれーくん。私もサーヤに似合ってると思うよ。サーヤ、可愛い!」


「あ、ありがとうございます。プレゼントをもらった時に着てみたのですが、その時に怜も可愛いって言ってくれました」


「ちょっ、桜彩、それは言わなくても良いから!」


「……あっ!」


 つい口が滑った桜彩が口元を抑えるが後の祭りだ。

 それをこの親友二人が聞き逃すはずもない。

 ニヤニヤと怜の方を眺める二人。


「へーっ、怜、お前そんなこと言ったのか」


「……ま、まあ」


「で、どうしたの? まさか可愛いのはエプロンだ、なんてこと言ってごまかしたわけじゃないよね?」


「あ、いえ、最初は私もエプロンを可愛いって言ってもらえたと思ったのですが、その後で怜が、その、『可愛いのは桜彩もだから』って言ってくれて……」


 焦りながら恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに当時のことを二人へと教える桜彩。


「だ、だから桜彩、そこまで言わなくてもいいって!」


「え? あ、ああっ!」


 まさかの連続した失態に桜彩の顔が赤くなってしまう。

 一方でそれを聞いた親友二人はますます目を輝かせてくる。


「えっ、れーくんそんなこと言ったんだ!」


「おいおいマジかよ! そこの所もっと詳しく!!」


「誰が言うか!」


 これ以上からかわれてはたまらない。

 そんなわけで怜は絶対にしゃべらないと心に誓ったのだが、当然二人がそれを許すはずもない。


「ふーん、まあいいや。れーくんが言わないって言うならサーヤに聞くから。ね、サーヤ、もっといろいろと教えて?」


「えっ、えっ?」


 いつものクールモードなど遥か彼方へと消え去って困惑して焦る桜彩。

 結局怜と桜彩は陸翔と蕾華に包み隠さず話すこととなってしまった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 尋問が終わったところで何とか気を取り直して料理の方に取り掛かる。


「じゃあ俺と桜彩で作っちゃうけど、それで良いよな?」


「うん、オッケー。れーくんの体調が悪いようならアタシとりっくんで作るけど、大丈夫だよね?」


「大丈夫、大丈夫。もう体調は戻ったから」


「そっか。まあそれならリハビリ代わりに怜が作ってくれた方が良いな。その方が美味いし」


「オッケー。それじゃあそうするよ」


 言って桜彩と二人で準備を始める。

 そんな怜を見ながら蕾華が羨ましそうに呟く。


「でもさ、アタシもたまーに料理するんだけど、一品作るだけで四苦八苦しちゃって。だから料理が出来るれーくんの偉大さが分かるようになったよ」


 怜に料理を学んでいる蕾華もそこそこ上手に作れているとは思う。

 が、やはり怜と比べればやはり色々なところで差が出てくるのを実感する。


「そんな言われるほど偉大でもないと思うけどな」


「そりゃあれーくんみたいに料理上手な人はそうだけどさあ」


「うん。私もそう思うよ」


 蕾華の言葉にコクコクと桜彩が頷く。

 怜と食事を共にするようになったばかりの頃は、次々と料理を作っていく怜はまるで魔法使いのように思えた。


「後は慣れだろ、慣れ。桜彩だって当初に比べれば充分に上達してるんだから」


 これまで二人で作った料理を思い出す。

 最初の時に比べれば、今の腕前は格段に上がっている。


「そういえば怜とは何回か煮込み料理を作ってるけど、お鍋は初めてだね」


「そうだな。まあそういうのに比べればそんなに難しくはないと思うぞ」


 言いながら出汁をとるために小鍋に水を張っていくと、桜彩が昆布の入った袋を手渡してくれる。


「はい、これだよね」


「ああ、サンキュー」


 受け取った袋から昆布を取り出して鍋へと投入し火にかける。


「後は味噌とお酒と……」


「あ、それじゃあその間に私は他の物を準備しちゃうね」


「分かった。あ、桜彩が買ってきたショウガ、全部摺り下ろしてもらえるか?」


「え、うん。ショウガもお鍋に入れるんだ」


「鶏ひき肉が余ってたから肉団子にしようと思って」


「わあ、楽しみ! うん。それじゃあそれも出しちゃうね」


「お願い」


「任せて」


 手際よく準備を進めていく二人。

 桜彩は料理を始めた当初とは違って、今では怜が料理をしやすいように上手にサポートしてくれる。

 おかげでもう怜が一人で作る時よりも早く作業出来るようになってきた。


「…………」


「…………」


 一方で手持無沙汰の陸翔と蕾華は、台所で一緒に仲良く料理している二人の様子をリビングから眺めている。


「ねえ、あれってもう完全に夫婦だよね?」


「恋人をとっくに通り越してるよな」


 呆れた様子でため息を吐く二人。

 そんな親友に気が付かずに怜と桜彩は料理を進めていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「「「「いただきます」」」」


 出来上がった豆乳鍋をテーブルへと運んで食事にする。


「わ! 初めて食べたけど美味しい!」


「だな! 味噌も効いてるし」


 さっそく箸を伸ばした蕾華と陸翔の感想を聞いて嬉しく思う怜。

 一緒に作った桜彩も怜の隣で誇らしそうにうんうんと頷いている。

 二人が美味しいと言ってくれたのを確認して桜彩も肉団子を口へと運ぶ。


「熱っ!!」


「大丈夫か? はい、冷たいお茶」


「あ、ありがと……」


 熱いまま食べてしまった桜彩が冷えたジャスミンティーを注いだグラスを受け取って一気に飲みこむ。


「熱いんだからちゃんと冷まさないとな」


「うん。ふーっふーっ。……うんっ、美味しい!」


「良かった」


 改めて肉団子を食べた桜彩の顔が幸せに染まる。

 そのまま今度は白菜を口に運び、頷きながら噛みしめる。


「こっちも味が染みていて……うん」


 普段の教室で昼食を食べる姿とは違ってとても美味しそうに笑顔で次々と口へと運んでいく桜彩。


「…………」


「…………」


 一方でクール系美少女としての姿しか知らない陸翔と蕾華は少しの間食べることを忘れて唖然として顔を見合わせる。

 普段からこういった桜彩の姿を見慣れているのは怜だけだ。

 親友二人のリアクションから、普段から自分に対してだけ桜彩が心を開いてくれていることを再認識して少し嬉しく思う。


(桜彩がこういった姿を徐々に見せていくのは良いんだけどな……でも、ちょっと複雑だ)


 反面、自分だけが知っていた桜彩の可愛らしいところがバレてしまってそれはそれでモヤっとしてしまう。


「サーヤもれーくんと二人の時は、こんな感じで笑ってたんだね」


「桜彩は結構表情豊かだぞ」


「ああ、今それが分かった。さやっちって実はこんな感じだったんだな。普段がクール系なだけにスゲー意外。怜も最初は驚いたんじゃないのか?」


「いや、俺はむしろ最初の頃からこんな感じの桜彩を見てたからな。むしろ教室での桜彩の方が違和感がある」


「へーっ、そうなんだ」


 怜の言葉に蕾華が意外そうに頷く。

 例えばリュミエールでケーキを食べた時などは表情がコロコロと変わっていた。

 早いタイミングでそんな桜彩の姿を見ていたからこそ、むしろ怜にとって今の桜彩の方が自然である。


「怜の作ってくれる料理が美味しいからだよ」


「だってよ。良かったな、怜」


「うんうん」


 桜彩の返事に陸翔と蕾華が怜の方を向く。


「そう言うけどさ。俺が誰かに料理をふるまうことが好きになったのは間違いなく二人の影響だからな。去年、二人が俺の家でご飯食べると美味しいって言ってくれたから、それで俺も誰かに料理を作るのが好きになったんだ」


 当時のことを懐かしそうに思い浮かべる。

 気丈に振る舞っていたが、一人暮らしを寂しく思っていた怜を心配して陸翔と蕾華は結構な頻度で怜の家を訪れていた。

 その際に怜の作った料理をいつも美味しいと言って食べてくれた。

 それで元々料理が好きだったことに加えて、誰かに食べてもらうことが好きになった。


「あ、でも分かるなあ、それ。アタシもりっくんにお弁当作った時に、りっくんが美味しいって言ってくれたの凄い嬉しかったからさ」


「ははっ。そういえば蕾華も最初は野菜炒めすら満足に作れなかったからなあ。それなのにいきなり難易度の高いおかずに挑戦したいって言ってたし」


「そうだね。そんなこともあったね。結局れーくんのアドバイス通り、最初は簡単な物からにしたんだけど」


「あの時の卵焼き、美味かったぜ。今も鮮明に思い出せる。サンキュー蕾華」


「ありがとう、りっくん」


「どさくさでいちゃついてるよな、二人共」


 その怜の言葉に二人はジト目で怜を見る。


(…………無意識にさやっちといちゃついてるだろお前は)


(…………さっきキッチンでいちゃついてたよね、れーくんとサーヤ)


 怜のツッコミに対して怜にだけは言われたくないと思う二人。


「むぅ……」


 一方で桜彩は昔話をする三人を複雑そうな目で見つめている。


「あ、ごめんねサーヤ。仲間外れにしちゃって」


「いえ、それは構いませんが……」


 桜彩が少し拗ねながらそう言う。


「あ、クールモードに戻っちゃった」


「だな。おい、怜。フォローしろよ。さやっちが嫉妬しちゃったぞ」


「えっ……し、嫉妬って……わ、私はそんなんじゃ……」


 拗ねた桜彩を蕾華と陸翔ががからかうと、桜彩の顔が一瞬で赤くなる。

 期待通りの反応が返って来て蕾華も陸翔も満足げな表情だ。


「二人共、その辺にしておけって。仲良くなったとたんにイジり過ぎだぞ」


 見かねて怜がフォローを入れると慌てる桜彩を見ながら蕾華が席を立って隣まで移動して頭を撫でながら抱きしめる。


「えへへ、からかい過ぎちゃったか。ごめんね、サーヤ」


「も……もう、知りません!」


 桜彩はまだ赤い顔のまま、照れ隠しのように肉団子を口へと運んだ。


「おい陸翔、蕾華が浮気してるぞ。止めなくて良いのか?」


 怜もからかわれた意趣返しとして陸翔をそうからかってみる。

 が、今回のそれは悪手だった。


「お、そう言いつつ実は怜の方がさやっちを蕾華に奪られて嫉妬してるのか?」


「なっ!」


 ニヤニヤとしながら陸翔が怜を見返してくる。

 手痛いカウンターを受けた怜が隣に座る桜彩同様に顔を赤くしてしまう。


「そっかそっかー。怜も成長したなあ」


「…………ち、違うから! そんなんじゃないから! ……熱ッ!!」


 そう言いながら怜も肉団子を口に運ぶが慌てて食べたせいか冷ますのを忘れて火傷しそうになってしまう。


「あっ、怜、大丈夫!?」


 慌ててジャスミンティーが入ったグラスを桜彩が差し出す。

 それを飲み込んで口の中を冷ます。

 先ほどの桜彩と逆の立場だ。


(自然に自分の使ったコップを差し出したよね、今)


(しかもプリンの時と同じで二人共それに気が付いてないよなあ)


 先ほど慌てて間接キスをしてしまったのを忘れて同じ失態を繰り返す二人。

 顔を真っ赤にしながら鍋を食べる二人を陸翔と蕾華はニヤニヤとしながら楽しそうに見ていた。

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