第84話 二人の嫉妬 ~親友と仲が良いのは嬉しいんだけど、もっと自分とも……~

「とりあえず飯にしないか?」


 一段落したところで陸翔がそう提案する。

 時計を見ると確かにそろそろいい時間だ。


「ってかその言い方だと、二人共今日はここで食べるってことか?」


「おう」


「うん、そうだよ。れーくんが調子悪いんじゃないかって思って色々買って来たから」


 怜の問いに親友二人が即答する。

 そういえば二人は中身の入ったビニール袋を持ってきていたし、怜が二人のお茶を準備している時に冷蔵庫に色々と入れていた。

 こういった気遣いは本当にありがたい。


「あ、でも渡良瀬さん、アタシ達が一緒でも大丈夫?」


「はい。私は問題ありません」


 怜と桜彩が一緒に食事を食べているということを知らなかった蕾華が桜彩に確認すると、ようやく緊張の解けた桜彩はいつものクールモードでそう返事を返す。

 しかしそんな桜彩の返答に蕾華は首をひねる。


「んー、なんか渡良瀬さん、ちょっと固くない?」


「え? 固い、ですか?」


 きょとんと聞き返す桜彩に蕾華はうんうんと首を縦に振る。


「うん、固いって。だってれーくんと話すときはそんな感じじゃないじゃん。もっとくだけてるっていうかさあ」


「あ、それオレも思った」


「あ、えっと……」


 怜に対しては心を開いている為にくだけた口調で話す桜彩だが、それ以外の相手にはクールモードだ。

 蕾華と陸翔はそれが気になるらしい。


「……うん、そっか。ねえ、渡良瀬さん。アタシとりっくんはれーくんの親友。渡良瀬さんはれーくんととっても仲の良い二人だけの特別な関係! だからさ、とりあえずアタシ達、もっと仲良くなるべきだと思うんだ!」


「は、はい」


 良く分からない理論で勢い良く告げる蕾華に若干押される桜彩。

 慣れているはずの怜も陸翔もあまりのことに呆然としたままだ。

 とはいえ蕾華が桜彩がもっと仲良くなるのを否定する理由もない。


「ってことで、もっと仲良くなろ! 良いよね!?」


 そう言いながら蕾華は勢いよく椅子から立ち上がって桜彩に右手を差し出す。

 握手を求められた桜彩は驚きつつもその手を握り返した。


「は、はい。よろしくお願いします、竜崎さん」


 怜と陸翔がよかったなあ、と温かい視線を向けるのだが、手を離した蕾華は少し考えこむような仕草をする。

 ちゃんと友達になれたというのに、いったい何が不満なのだろうか。


「うーん、やっぱりその竜崎さんってのが良くないと思うんだ」


「え?」


「だって竜崎ってアタシのお姉ちゃんも竜崎でしょ? だからアタシのことは蕾華って呼んでね!」


「は、はい……。その、蕾華さん……」


 勢いに押された桜彩がおそるおそるといった感じで蕾華のことを名前で呼ぶ。

 しかし蕾華はそれ以上を要求する。


「蕾華で良いって」


「え? その……蕾華、さん…………」


「んー、さんが取れないなあ」


 桜彩の呼び方に蕾華が首をひねる。


「別にそこまで求めなくても良いだろ。少なくとも名前呼びにはなったんだから」


「んーそうだね。今日のところはそれでいっか」


 桜彩が困っているようなので横から助け舟を出すと、蕾華も納得したのか頷いてくれる。

 そしてふと怜の方へと視線を動かして、


「っていうか、れーくん、またちょっと機嫌悪い?」


「ああ、それオレも思った。なんか言葉にトゲがあるっていうか」


「え?」


 別にそんなつもりは無いのだが少し考えてみる。

 確かに蕾華が桜彩と仲良くなるのは怜にとっても嬉しい。

 嬉しいのだが――


「んー、機嫌悪いわけじゃないと思うんだけど。でもちょっと悔しいっていうかさ。俺はそんなに早く桜彩と仲良くなったわけじゃないから……。それに俺ももっと、二人以上に桜彩と仲良くなりたいって思ったっていうか……」


「…………」


「…………」


 怜の言葉に陸翔と蕾華は目を見合わせる。


「あれ、もしかしてれーくん、嫉妬してる?」


「……嫉妬、か。ん、そうかも」


「なんだ、そこは素直に認めるんだな」


「……まあ、な」


 すると陸翔と蕾華は席を立って怜の下へと向かい、その頭を抱えたり体をバシバシと叩いたりする。


「そっかそっかー。れーくん嫉妬しちゃったのかー。でも大丈夫だよ。アタシもりっくんも、れーくんのこと大好きだから」


「そうそう。それに俺も蕾華もクーさんのことを奪ったりなんかしないから安心しろって」


「ええい、放せ!」


 普段見せない怜を可愛がる陸翔と蕾華。

 そんな三人を見て今度は桜彩が不機嫌そうに口をとがらせる。


「むぅ……」


「あれ、今度は渡良瀬さんが機嫌悪い?」


 隣の桜彩の空気を敏感に感じ取った蕾華が桜彩の方を振り返る。


「え? い、いえ、私、そんなんじゃ……」


「えー、そうかなあ?」


 疑惑の目を向ける蕾華に桜彩は少し考えこむ。


「……そ、そうですね。やっぱり三人は仲が良いなって思って。少し羨ましく思います」


「…………」


「…………」


 その言葉に陸翔と蕾華はまた顔を見合わせる。


「そっかそっかー。渡良瀬さんも嫉妬しちゃったのかー」


「えっ、嫉妬!? そ、そんなことは……えっと……そ、そうかもしれません……。私ももっと怜と仲良くなりたいって……」


「わ、こっちも素直に認めた!」


 桜彩の返事に蕾華が驚くが、すぐにまた笑顔に戻って桜彩の方へと向かって行く。


「大丈夫だって。渡良瀬さんだってれーくんとすっごい仲良いから! むしろアタシとりっくんが嫉妬するくらいだもん」


「え? そ、そうでしょうか……?」


「そうだって! ねえ、りっくん」


「そうだぞ。だってまだ付き合ってもいないのに『あーん』って仲良く食べさせ合ってる仲だからな」


「え……」


「あ……」


 陸翔の言葉で怜と桜彩は顔を赤くして黙り込んでしまう。

 そんな二人を陸翔と蕾華はニヤニヤと見つめる。


「うんうん。怜もクーさんも似た者同士だな」


「…………似てる」


「…………似てるんだ」


 陸翔の言葉に少し照れたように怜と桜彩がそう呟く。

 そしてお互いに顔を見合わせて小さくクスッと笑い合う。


(……そこで嬉しそうにするんだな)


(……似てるって言われただけであんなに頬が緩むんだね)


 陸翔と蕾華は目を見合わせながら小声で囁き合う。


「うんうん。れーくんも渡良瀬さんもそういったところ、よく似てると思うよ。…………あ、ちょっと待った!」


 蕾華も陸翔に同意した後、少し考えこむ。

 そしてパッと目を見開いて桜彩に顔を近づける。


「え、えっと……」


 驚く桜彩を気にせずに蕾華はずいずいと距離を詰めていく。


「私のことを蕾華って呼んでもらうのに、私が渡良瀬さんって呼ぶのはおかしいよね! うん、それじゃあ私も桜彩ちゃんって……あ、やっぱり待った! 桜彩って漢字、桜に彩って書くんだったよね? じゃあサーヤ! これからサーヤって呼んで良い!?」


「さ、サーヤ、ですか?」


「うん、ダメ?」


 可愛らしく首を傾けて桜彩へと問い返す蕾華。

 ちなみに桜彩がこういった事をやる時は天然だが、今の蕾華は桜彩が断りにくいように計算しての仕草だ。


「わ、分かりました。サーヤで構いません、蕾華さん」


「良かった! それじゃあよろしくね、サーヤ!」


 嬉しそうに桜彩の手を取ってブンブンと振り回す蕾華。

 一方で桜彩は蕾華の勢いに押されたまままだ困惑している。


「てかよ、なんで桜彩って素直に呼ばないんだ?」


 気になったので聞いてみる怜。

 蕾華はクラスメイトの女子、例えば奏などは名前で呼んでいる。

 別に名前で呼んでも構わないだろう。


「えー、だってさ、桜彩って呼んだられーくんが嫉妬しそうだったから」


「えっ!?」


 ニヤッといたずらっ子のような表情で怜を見ながらそう言う蕾華に怜は驚きの声を上げてしまう。

 それを受けて陸翔も


「じゃあオレもクーさんのことさやっちって呼ぶかな?」


 と蕾華に乗るようにして怜をからかう。


「え、えっと、さやっち、ですか?」


「やめとけって。人前で男子とそういう距離感は、今の桜彩にとって良くないだろ」


 面白くなさそうな顔をして慌てて怜がフォローを入れる。


「ま、そうだな。怜が嫉妬するから学校じゃ今まで通りクーさんで呼ぶわ。ついでにさやっちも俺のことは陸翔で良いぞ」


「は、はい」


「…………む」


 それはつまり、この四人だと陸翔は桜彩のことをさやっちと呼び、桜彩は陸翔のことを陸翔さんと呼ぶことになるだろう。

 怜にとってそれはそれで少し気になる。

 複雑そうな顔を浮かべる怜を陸翔と蕾華は楽しそうに眺めていた。

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