第82話 親友からの追及 ~二人のこれまでについて~
「ニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤ」
「ニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤ」
「う…………」
「そ、その…………」
リビングのテーブルに座る四人。
先ほどまでは怜と桜彩が向かい合って座っていた椅子に、今は怜の横に桜彩、二人の正面に陸翔と蕾華が座っている。
時間をおいて混乱から復帰した親友二人は怜と桜彩を見ながらニヤニヤとした笑みを浮かべたままだ。
体調不良で心配していた親友が、彼女とプリンを食べさせ合っていた。
何はともあれ怜の体調がもう復調しているのなら二人にとっては一安心だ。
となれば当然、二人の興味は怜と桜彩の関係に移っていく。
(…………さて、どうやって説明しようかな)
(…………)
諦めにも似た感情で天を眺める怜と、緊張から下を向いたままの桜彩。
陸翔と蕾華はそんな二人をせかすでもなく、ただ話してくれるのをゆっくりと待ってくれている。
いや、ただ待ってくれているというのは語弊がある。
二人の関係を邪推しながらニヤニヤとしながら待ってくれている。
というか、ニヤニヤというのを口に出して言わないで欲しい。
(どう考えても勘違いしてるよなあ……)
まあ、勘違いするのも無理はないと思う。
年頃の男女が二人であーん、とプリンを食べさせ合ってるのだから当然だ。
逆の立場だったら怜も勘違いしないと言える自信はない。
「で、だ」
怜が話を始めようとすると興奮した様子で蕾華が身を乗り出してくる。
「うんうん。それでそれで?」
「蕾華、早い。ちょっと落ち着けって。それじゃあ怜、改めて続きをどうぞ」
「あ、ごめんりっくん。さあれーくん、続きをどうぞ」
まだ何も言っていないのに先走る蕾華とそれを止めながら楽しそうに先を促してくる陸翔。
桜彩は相変わらず顔を赤くして下を向いたままだ。
「その前に桜彩……渡良瀬」
「は、はいっ……!」
いきなり名前を言われてびくっと桜彩が震える。
一方で対面に座る二人がそれを聞き逃すはずがなく、怜の言葉に目を輝かせる。
「ねえねえりっくん聞いた聞いた!? 今、れーくん渡良瀬さんのこと桜彩だって!」
「おう、聞いた聞いた! そっかそっか。怜はクーさんのことそうやって呼んでるんだな」
「うっ……」
「えっ……」
「ってことはー、普段人目のある所では苗字で他人行儀な呼び方してて、二人っきりだと名前呼びなんだ。なんか秘密の関係って感じで良いよね」
「いやいや、感じじゃなくて秘密の関係そのままだろ」
とっさに訂正したのだが、この二人はそれを聞き逃してはくれなかった。
怜と桜彩が揃って顔を赤くして下を向く。
「いいっていいって。もうオレ達にまで内緒にすることはねーだろ」
「うんうん、りっくんの言う通りだから安心して。それにさ、二人であーんってプリンを食べさせ合ってる所も見ちゃったし」
「…………」
「…………」
その言葉でいったい何を安心しろというのか。
ニッコリ笑いながらの蕾華の指摘に怜も桜彩も答えることが出来ない。
ちなみに食べかけのプリンは今、二人の目の前に置かれたままだ。
「……桜彩、もう全部話すべきだと思う。大丈夫、この二人は本当に信用出来るから」
「……そう、だよね。うん、おねがい、怜」
これまでの怜と二人の関係から、陸翔と蕾華については信用出来る相手だということを桜彩は既に理解している。
桜彩も怜のことを名前で呼んだことに再度興奮する二人に、怜は桜彩とのこれまでのことを話し始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これで全部、以上」
一通り話し終えると、緊張が解けたのか一度大きく息を吐く。
怜の話を聞いた陸翔と蕾華は納得したというように笑顔で頷く。
「そっかそっか。でも驚いたぜ。まさか怜のお隣さんがクーさんだったなんて」
「本当にね。簡単に話をまとめると、渡良瀬さんはれーくんのお隣さんで、一人暮らしが初めて。で、そんな渡良瀬さんを見かねてれーくんがお世話を焼いたってことね」
「まあ、な」
「はい。その、お恥ずかしながら私にはまともな生活能力というのがありませんので」
目を伏せながら言う桜彩。
出会いから関わるきっかけとなったナンパ事件や大雨の日の食事、仲良くなるきっかけとなった不審者事件に双方の姉の訪問。
そして怜のトラウマ解決の猫カフェと怜はこれまでのほぼ全てを二人に話した。
唯一隠していることは桜彩のトラウマの内容である。
こればかりは自分が勝手に話すわけにはいかない。
「それで、渡良瀬さんはどうしてこっちに引っ越してきたの?」
蕾華の質問に怜と桜彩がびくっと体を震わせる。
その質問は無理もないだろう。
思わず桜彩の方を見る怜に、桜彩は決意したような瞳で怜に頷く。
その意図を理解して、怜が桜彩へと確認する。
「桜彩、良いのか?」
「うん。怜が信用している二人になら私は構わないから。でも、ね……怜、まだ少し不安だから、その、手を……握ってくれる……?」
顔を赤くした桜彩が怜にそうお願いしてくる。
怜も無言で頷いて、そっと桜彩の手を握る。
すると、桜彩は心から不安のようなものが抜けていく感じがした。
大切な友人がこうして手を握ってくれている。
それだけでなんでも出来そうな気がする。
決意を秘めた目で目の前の二人の方を向き、桜彩は過去のトラウマについて話を始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
桜彩の話を二人は黙って話を聞いていたのだが、話が終わると蕾華が憤慨して声を上げる。
「はあああああああああ!? なにそれ! 信じらんない! 渡良瀬さんは全然悪くないじゃない!」
「だよなあ。クソすぎだろ、そいつら」
陸翔も険しい顔で蕾華に同意する。
「え、えっと……」
二人が自分のことのように怒ってくれているのを見て桜彩が驚く。
蕾華は席を立ってそんな桜彩の横まで移動してその手を握る。
「でもね、アタシ達は絶対にそんなことないから! アタシもれーくんも、りっくんだって絶対にそんなことしないから!」
ずいっと顔を間近に近づけながら蕾華が強く言う。
「ああ。オレ達は絶対にそんなことしねーよ」
「は、はい。ありがとうございます」
二人の雰囲気に若干押されながらも桜彩は嬉しそうにそう答える。
そして二人は怜の方へと向き直る。
心なしか、二人の視線がなにか疑っているような気がしなくもない。
「それで、二人の関係ってのはこれで全部か?」
「まあ、大まかなのはこれで全部だな。家庭科部の新歓イベントで一緒にマドレーヌ作ったりとか細かいこと含めればそりゃああるけど」
他にも一緒にカラオケに行ったとかそういうこともあるのだが、さすがにそこまで詳しく話す必要はないだろう。
しかし陸翔と蕾華がより一層疑惑に満ちた視線を怜に向けてくる。
怜としては別にこれ以上隠し事などないのでそのような目を向けられる覚えなど一切ないのだが。
「二人共、何かあるのか?」
考えても分からないので聞いてみる。
すると二人は疑惑の眼差しをより強める。
というか、蕾華はいったん席に戻るべきだろう、と思っていたらそれが分かったのか蕾華は桜彩から離れておとなしく席に戻る。
それを確認して陸翔が呆れながら
「はあ、一番重要なことを言ってねえじゃねえか。で、いつから付き合ってんだ?」
「は? いやだから入学式の三日前だって。それ以前に俺は桜彩と会った覚えはないぞ」
念の為に隣を向くと桜彩もコクコクと頷き返す。
すると陸翔と蕾華は呆れたような視線を向けてくる。
「いや、そうじゃねえって。ごまかすなよ。いつから恋人になったかって聞いてんだよ」
「うんうん! ねえ、告白は!? 告白はどっちからしたの!? 何て言って告白したの!?」
「こ……恋人!?」
「こ……告白!?」
陸翔と蕾華の言葉に怜と桜彩が慌てる。
恋人も告白も、そもそも自分達はそんな関係ではない。
しかし二人はそれがさも当然とでもいうようにうんうんと頷きながら
「でもそっかあ。れーくんの隣に住んでる年上彼女がまさか渡良瀬さんのことだったなんてねー」
「全く予想出来なかったよな。まあ確かに良く考えれば怜は一緒に猫カフェに行った相手は美玖の姐さんの知り合いって言っただけで、姐さんの同級生とは言ってなかったもんなあ。一応クーさんは姐さんと会ってはいるから知り合いってのも嘘じゃねえし」
「うんうん。まあ渡良瀬さんが年上ってところはある意味当たってはいたけど。れーくん誕生日まだだし」
腕組みをしながら頷いてそんな会話をする二人に怜と桜彩は慌てて訂正を入れる。
「ち、違うから! 俺と桜彩は告白とか彼氏彼女とか、そういう関係じゃないから!」
「そ、そうですよ! 私と怜はそんな関係じゃ……!」
慌てて反論するが、そんな二人を陸翔と蕾華は生暖かい目で見てくる。
二人の言うことなどまるで信じていない。
まあ逆の立場なら怜もそう簡単に信じられないであろうが。
「いや、ここまできて隠さなくても良いじゃねえかよ」
「うんうん。れーくんだって分かってるでしょ? アタシもりっくんも、そーいうのを面白がって言いふらしたりなんてしないよ」
「そうそう。全部吐いちまえって」
「そんなことは分かってる! 本当に違うんだって!」
怜の言葉に隣の桜彩もコクコクと首を縦に振って頷く。
すると二人の視線が生暖かいものから訝し気なものへと変化する。
「毎食、一緒にご飯作って食べてるのに?」
「…………食べてるのに」
「一緒に猫カフェに行ったのに?」
「………………行ったのに」
「それ、この前アタシが使おうとしたらもの凄い勢いで止められたカップだよね」
「……………………そうだけど」
桜彩の前に置かれたハニージンジャーミルクが入ったカップを指さす蕾華。
先日、蕾華が怜の部屋へ遊びに来た時のことを思い出す。
猫好きの蕾華が可愛いカップだと興奮して使いたいと言ったのだが、怜は自分と桜彩以外の相手にはたとえ親友だろうと使われたくなかったので断ったのだ。
「そんなペアカップ使ってるのに?」
「…………………………使ってるのに」
「一人暮らしの異性の看病なんてしてるのに?」
「………………………………してるのに」
「お互いに『はい、あーん』なんて仲睦まじくプリンを食べさせ合いっこしてるのに?」
「……………………………………してるのに」
陸翔と蕾華はただ事実を列挙しているだけだ。
しかしそのどれもがただの友人ではありえないような事なのは怜と桜彩にも良く分かる。
そのため、陸翔と蕾華の指摘が進むにつれて、怜と桜彩の声は小さく、顔は赤く、視線は下を向いていく。
「さっきの渡良瀬さんなんて、クラスで全く見せないような幸せそうな顔してたじゃん」
「え、えっと、それは、それは、単に怜と仲が良いからで……」
「いやいやいや、そんなレベルじゃなかったって。もう完全にとろけきってるくらい幸せそうな顔してたし」
「と、とろけきってって……」
いったいどんな表情をしていたのだろうかと顔を触ってしまう桜彩。
確かに先ほど怜とプリンを食べさせ合っている時は、恥ずかしいながらも本当に幸せを感じていたのだが。
「毎食怜の部屋で一緒にご飯作って食べに来るなんて完全に通い妻、いや、この場合は通われ夫か?」
「……いや、なんだよその単語」
初めて聞く単語に怜が突っ込みを入れる。
「そこまでの関係なのに、付き合ってないってのか?」
「れーくんの言ったことをまとめるとさ、一緒にご飯作って食べて、一緒に猫カフェに行って、お揃いのキーホルダーを買って、お揃いのカップも買って、一人暮らしの異性の看病して、あーんって食べさせ合いっこまでして、でも恋人として付き合ってないってことだよね。マジ?」
「マジだ。俺と桜彩は本当に付き合ってない」
「は、はい。私と怜は本当にそのような関係ではありません」
陸翔と蕾華を真っ直ぐに見返しながらそう宣言する。
二人の答えに陸翔と蕾華は顔を見合わせる。
そして怜と桜彩へと向き直り同時に口を開いた。
「「なんで?」」
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